福島原発事故、「現代の田中正造」は何を訴える 1審だけで9年、「井戸川裁判」傍聴記(後編)
東洋経済オンライン / 2024年10月25日 7時40分
〇〇は井戸川が30歳過ぎに東京から帰郷し、双葉で創業した水道設備会社だ。町や東電から工事を受注するまでに成長した地域の優良企業だった。井戸川の町長就任後は妻が社長となり、事故後は長男が福島県内を拠点に営業を続けている。
あなたは(家族を通じて)事実上賠償を得ている。「踏み絵」に応じたではないか――東電の弁護士は暗にそう指摘していた。
傍聴者に恐怖感を与えるのが目的か?
訴訟を起こさなくとも、直接請求という手段を用いれば、中間指針に定められた額の賠償金が支払われる。だが井戸川は個人としては直接請求をしていない。司法の場に訴え出るのには損害賠償訴訟という道以外になかったのだ。しかし生きてゆくには、生活資金が必要だ。東電の弁護士は巧みにそのジレンマを突いた。
あくまでも会社と井戸川は別人格だ。そもそも人は霞を食っては生きていけない。果てしない闘いを家族に支えてもらうのをどうして非難できよう。
裁判の結果、井戸川が手にする賠償金が中間指針で定められた額を下回ることはまずないし、万が一、この尋問によって賠償金が減額されたところで、それが東電の経営を助けるような成果にはならない。
結局のところ、井戸川の人格を貶め、傍聴者に恐怖を与える以外にこの尋問の意義は見えない。そこに償いの意思など微塵も感じられない。
国の代理人はほとんど質問しないまま、午前と午後で計3時間に及ぶ尋問が終了した。裁判長は2025年2月5日の次回口頭弁論で結審し、同年7月30日の判決を言い渡す方針を表明した。提訴からちょうど10年での一審判決となる。
閉廷後しばらくして井戸川が東京地裁前の歩道に現れた。足取りはおぼつかず、目は充血して真っ赤だ。疲労もあるだろうが、公開の法廷で自身の家族や生活に土足で踏み込まれて動揺しない人間はいない。
それでも井戸川は尋問を傍聴した30人ほどの支援者に向かって呼びかけた。
「私に反論されるから、彼らはゴミみたいな話をずっと私にさせました。ガッカリしたら大間違いですよ。あれで裁判所が被告を勝たせるようなら、日本は法律のない国ですね。これに懲りず来年2月5日に向けてご支援いただければと思います」
田中正造と井戸川克隆、その共通性
精一杯の強がりに聞こえた。井戸川は司法に絶望したに違いない。
井戸川が裁判に求めたものは、字面だけの勝訴判決でもないし、残りの人生で使いきれないほどの巨額の賠償金でもない。井戸川が求めていたものは、国策の誤りを満天下に示し、偽りの復興をたたきのめす闘技場だった。だが井戸川の真摯な望みを収めるのに、法廷は小さすぎた。
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