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東武日光線「合戦場から樅山」駅名何と読むのか? 特急が通過する「難読駅区間」地名に深い歴史

東洋経済オンライン / 2024年10月30日 6時30分

「合戦場駅は東武宇都宮線の野州平川駅とも近く、栃木市内や宇都宮方面、また都心へと通勤する方も少なくありません。その後は北に行くごとに少しずつのどかになってゆく、という感じですね。お隣の家中(いえなか)駅も周辺は住宅地です」(佐藤駅長)

家中駅はちょっと変わった構造で、ホームは1面。駅の東西とホームとの間は跨線橋で結ばれているのだが、改札口(というか簡易IC改札機)があるのはホームの上。つまり、東西を結ぶ跨線橋は自由通路を兼ねている。なかなか変わっているが、駅の周囲はそこそこに開けた住宅地で、このあたりまでは栃木の市街地が続いている。

家中駅と東武金崎駅

そして、お次が東武金崎(かなさき)駅だ。この駅は、佐藤新鹿沼駅長が預かる駅の中では数少ない有人駅。古いながらも立派な駅舎が駅の東側にあり、駅前には自販機が並んでいる商店、またかつて貨物を扱っていた時代の名残だろうか、大きな蔵も線路沿いにあった。

ホームは島式が1面だけだが、特急列車の待避駅になっていて、駅構内は“複々線”。颯爽と特急列車が駆け抜けていった。

「いまは栃木市に合併されていますが、かつては西方町の中心だった駅です。少し東に歩いた思川の河川敷は春になると桜の名所。東武日光線が思川を渡る橋のたもとにはかっぱ広場もあって、撮影の名所になっているようですよ」(佐藤駅長)

思川は古くから舟運でにぎわった。そうした川の流れる町にはかっぱ伝説はつきものということなのだろうか。取材で訪れた時にはちょうど雨。なので足が鈍って思川までは足を運ばなかったが、もしかしたらかっぱに会えたのかもしれない……。

開業記念碑が建つ楡木駅前

などという冗談はともかく、東武金崎駅を出てからは、いよいよ“日光”の気配が近づいてくる。佐藤駅長も「思川の鉄橋を渡ると、どんどん山が近づいてくる印象ですよね」と話してくれた。

東武金崎駅のお隣は楡木(にれぎ)駅。ここまで来ると、西も東も山が近づいてきている。駅の周りは田園地帯。線路沿いのソーラーパネルは、かつて貨物扱いをしていたスペースの再活用だろうか。

そんな楡木駅の駅前には、ポツンと記念碑が建っていた。「東武鉄道楡木駅開設記念碑」といった文字が読み取れる。初代根津嘉一郎の揮毫とのことで、開業の頃からこの地に建っているようだ。

「楡木駅から樅山(もみやま)駅にかけては、もののみごとに一直線に線路が通っているんです。楡木駅のホームからも、目をこらせば樅山駅が見えるくらいです」(佐藤駅長)というくらいの直線を抜けて、樅山駅へ。

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