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文化勲章に「ちばてつや」が選ばれた納得理由 「まっ白に燃えつきた」を知らない人はいない?

東洋経済オンライン / 2024年10月30日 9時20分

なぜ、ちば作品はこれほど愛されるのか。どこがすごいのか。

まずは、大友克洋も参考にしたというコマ割り、構図の巧みさ。人物の位置関係、誰がどこにいて何をしているのかがひと目でわかる俯瞰(上から見下ろす視点)の構図を随所に織り込み、コマ割りで動きを見せる。手描きのマンガならではの独特のパース(遠近図法)で、人間の視野に近い自然な空間を作り出す。学園マンガ『おれは鉄兵』(1973~1980年)で主人公の鉄兵が仲間たちと寮の部屋から食堂に向かう場面などはその典型だ。

空撮のような大都会・東京のビル群から、うらぶれた下町を歩くジョーの姿へとズームインしていく『あしたのジョー』のオープニングもまた名シーンとして語り継がれている。ジョーのプロテスト合格を祝おうとドヤ街の人々が集まって宴会をする場面では、画面の隅っこのモブキャラまでが生き生きと描かれているのに驚かされる。

しかし、そうした作画技術やストーリーもさることながら、ちば作品が愛される最大の理由は、やはりキャラクターにあるだろう。ジョーにしても鉄兵にしても、『のたり松太郎』の主人公・松太郎にしても、決して優等生ではない。というより、悪たれでダメな部分のほうが多い。そんな“はずれ者”たちを、愛情を込めて描く。

彼らはしっかり食べるしトイレにも行く。髪やひげや爪が伸びたり切ったりもするし、時間の経過とともに年を取る。つまり、ストーリーのための手駒ではなく、作品世界の中で生きている。一人ひとりの生活者としての姿が見えてくる。だからこそ、読者は彼らに人間的な魅力を感じるのだ。

老境を楽しむかのように綴る『ひねもすのたり日記』

大家族ドラマ『1・2・3と4・5・ロク』(1962年)では庶民の生活を描き、ピカレスクロマン『餓鬼』(1970年)では人間の業を描く。ちば作品には珍しい恋愛劇『螢三七子』(1972年)の叙情も忘れがたい。ゴルフマンガ『あした天気になあれ』(1980~1991年)の主人公・向太陽の「チャーシューメーン」の掛け声は、ちょっとした流行語にもなった。現在連載中の『ひねもすのたり日記』では、物忘れが多かったり体が思うように動かない自分を包み隠さず、むしろ老境を楽しむかのように綴っている。

そうした多彩な作品を描く一方で、2012年からは日本漫画家協会の理事長、2018年からは会長を務める。マンガ界を代表する立場として、表現規制問題についても先頭に立ち、90年代の有害コミック騒動時には『――と、ぼくは思います!!』と題した作品でも意見を表明した。満州からの引き揚げ体験をもとに、戦争の悲惨さを伝えることにも尽力する。大御所中の大御所でありながら、少しも偉ぶるところがない。

手塚治虫が「マンガの神様」なら、ちばてつやは「マンガの天使」とでも言うべきか。とにかくマンガ界になくてはならない存在であり、文化勲章だけでなく人間国宝に指定してほしい。少なくとも120歳ぐらいまではお元気でいてほしい――というのが、マンガに関わる人間すべての願いだと思う。

南 信長:マンガ解説者

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