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松下幸之助の成功の根源にあった独自の死生観 「命をかける」の「命」に対する見方が一般とは異なる

東洋経済オンライン / 2024年11月1日 15時0分

3年前の姿を、私はありありと覚えております。そのときには、ともすれば、思うものができないので、坂本君は責任を痛感いたしまして、なんとかしてこれをより立派なものにしあげたいということを、神かけて念じておった姿を私は見ておるのであります。その姿の尊さに、私は頭の下がる思いをいたしたのであります」

事業部長は、幸之助が自分の名前を出して賞賛してくれたのを耳にし、ハンカチを出して泣いた。事業部長の苦しみを知る周囲の人も、もらい泣きしたという。

このエピソードは、努力は報われるという美談のようにも受け取れるが、幸之助は事業部長に対して、命をかけるほどの真剣さを求めた。そして実際、周囲から見れば命が削られているのではないかと思えるほど、事業部長は精神的重圧に苦しんだ。けれども幸之助が容易に妥協を許さなかったのは、事業を通して社会に貢献するという松下電器の使命を果たしていなかったからである。

体から血が流れっぱなしやったら、どうなる?

もう1つ、元社長の谷井昭雄氏がビデオ事業部長を務めていたときの話を紹介したい。

谷井氏は1972年に同事業部長に就任したものの、当時、ビデオテープレコーダーの市場が未成熟で発展途上のうえ、石油ショックも重なって赤字が続いていた。1970年代前半の段階では、将来への投資ともいえる事業だったので、上層部は多少の赤字には目をつぶってくれるものかと思っていると、ついに幸之助に呼び出される。

「きみ、ビデオはどうや?」と質問され、「がんばっているのですが、赤字です」と返答したところ「そうか、たいへんやな」とねぎらってくれた。ホッとするのも束の間、「きみな、赤字というのは、人間の体で言うたら、血を流してるのと一緒や。体から血が流れっぱなしやったら、どうなる? 死んでしまうわな」と言われる。

いくら再建計画を立て直しても黒字化する見込みがない。ならば理屈抜きで改革を断行するしかない――。谷井氏は販売から、製品開発、人事まですべてにわたって必死の改善に取り組んでいるうち、事業部は10カ月後に黒字化した。

幸之助から「きみ、ご苦労やな。しばらく面倒見たるからがんばれよ」などと励まされていたら、ずっと黒字化は実現しなかったという。「投資的事業だから赤字はやむをえない」という生半可な気持ちで経営をしていたら、血を流し続ける人間のように、事業部はやがて滅びてしまうし、ひいては会社全体に大きなダメージを与えるのだ。

「命をかける」ほどの真剣さで「天分を生かし切る」

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