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息子の3年の不登校で外科医が転職を決断した訳 レール上を歩いてきた父親が"正論"を手放すまで

東洋経済オンライン / 2024年11月13日 11時0分

「中学3年になってからは、このままではダメだと思ったのか登校し始めたんですが、次第に五月雨登校になり、定期テストを受けた後に『このまま皆といっしょに受験するのは無理だ』と本人が結論を出しました」

「実は再登校したのを見て、『うまくいけば普通に受験できるかも』と親の淡い期待が出てしまったんです。でもダメでした。息子の決断を聞いて『そうか、わかった。それでいい』と、私もそこで初めて不登校を完全に受け入れた気がします」

この時に大澤さんは「不登校脱出と再登校は同義ではない」と思ったと言います。つまり、学校に行くかどうかにとらわれず、子どもが自分の人生をひとつひとつ決めていくことが大切なのだと感じたのです。こうして約2年かかった長い道のりにひとつの区切りをつけられました。

その後は、夏休みに家族で沖縄に旅行に出かけたり、ハイキングやサッカー観戦に行ったり、息子さんと行動を共にすることで本音を出し合う機会が増えたとか。

凝り固まっていた人生観が広がった

今、息子さんは私立の通信制高校に通っているそうです。

「受験シーズンが終わり、中学校の卒業式までの約1カ月は毎日通学しました。自分なりに中学生活に区切りをつけようとしたんでしょう。各学年の時の担任の先生に挨拶に行き、お礼を伝えたらしいです。友人たちも久しぶりの登校にもかかわらず普通に接してくれたようで。ありがたいですね」

「高校は通信制ですが、制服もあって週5日の授業もあります。少数ですが気の合う友達もできたようです。精神的な波はまだありますが、以前なら心が折れていたようなことも自分なりに消化しているように感じます。絶望の中でもがいていた頃が想像できないくらいになりました。今は息子の自主性に任せ、相談があれば応じることにしています」

息子さんの不登校を振り返り、大澤さんはご自身の価値観の変化についても話してくださいました。

「私は学校生活で挫折を味わったことがなく、レール上を歩いてきた人生でした。でも、息子のことで価値観が変わりました。当初、通信制高校に通うなど頭の片隅にもありませんでしたが、今の時代、いろいろな道があるんですね。凝り固まっていた人生観が広がりました」

【ランの視点】

冒頭にも述べたように、私の講座に参加されるのは圧倒的にお母さんたちです。そのなかで多いのが夫婦間の意見の食い違い。ご主人が子どもの不登校の原因を「おまえが甘やかすからだ」と妻のせいにする例をいくつも見てきました。妻であるお母さんは「どうしたら夫の理解を得られるでしょうか」と心を痛めています。

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