軍事専門家が説く、情報分析の「罠の罠」の正体 分析対象に接近すればするほど陥りやすくなる
東洋経済オンライン / 2024年11月25日 15時0分
情報はいくらでも入ってくる。だからこそ、情報をどのように見極め、理解し、まとめたらいいのかが難しい。
ロシア軍事・安全保障の専門、小泉悠さんによる「情報分析力」アップのための入門講義を3回にわたって紹介します。
(本稿は『情報分析力』から一部を抜粋・再構成したものです)
ミラーイメージの罠
1970年代のアメリカ海軍では、仮想敵であるソ連海軍が何を目指しているのかを巡って部内論争が存在していました。
当時のソ連海軍は、それまでの主力であった潜水艦だけでなく巡洋艦や駆逐艦などの大型水上戦闘艦艇を次々と建造し、空母建造にも手をつけ始めていました。大陸国家であるソ連がどうして巨大な海軍を作ろうとしているのか。これが焦点になったのです。
アメリカ海軍主流派の意見は、「彼らは我々と同じことをしようとしているに違いない」というものでした。有事にアメリカ本土から欧州に向けて送られてくるアメリカ軍の増援をソ連は遮断しようとするに違いない。そのために洋上でアメリカ海軍主力に決戦を挑み、制海権を得ようとしているのだ、というのです。
あるいはこうして制海権を握ることにより、世界の海に潜むアメリカの弾道ミサイル搭載原潜を狩り出したり、自国の原潜が自由に航行できるようにするつもりなのだ、とも考えられました。
なぜならば、この「制海」というのはまさにアメリカ海軍のドクトリンそのものなんですね。アメリカの提督たちにとってみれば、海軍というのはそのために存在するはずだろう、ということが自明の前提とされていました。
これに対して海軍情報部のソ連専門家たちはまた別の解釈をしていました。ソ連の軍事ドクトリンの中には、世界の海で制海権を握ろうとする発想はない。ソ連にとっての海軍とは、あくまでも陸上の作戦を支援することに存在意義がある。
しかも、ソ連の原潜は主に自国近海の防護された海域(要塞)をパトロールする方向にシフトしている。だから、ソ連が巨大な水上戦闘艦艇を建造しているのは、この要塞海域からなるべく遠いところでアメリカ海軍を迎え撃ち、対潜部隊を接近させないようにすることが主眼にある。これがソ連専門家たちの分析でした。
アメリカ海軍の提督たちがソ連海軍を自分たちとそっくり同じ存在として、つまりミラーイメージで捉えていたのに対して、ソ連専門家たちは「彼らには彼らなりの論理があるのだ」と主張して論争になったわけです。
現在では、正しかったのはソ連専門家たちだったことがわかっており、ソ連海軍の要塞戦略ということも当たり前に言われています。しかし、海軍の主流派がこの結論を受け入れるにはかなりの時間がかかりました。ソ連海軍が独自の論理を持っているように、アメリカ海軍にだって独自の論理があるからです。
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