老い先短い男がこの世に残していた、唯一の未練 「源氏物語」を角田光代の現代訳で読む・橋姫⑥
東洋経済オンライン / 2024年12月29日 14時0分
輝く皇子は、数多くの恋と波瀾に満ちた運命に動かされてゆく。
NHK大河ドラマ「光る君へ」の主人公・紫式部。彼女によって書かれた54帖から成る世界最古の長篇小説『源氏物語』は、光源氏が女たちとさまざまな恋愛を繰り広げる物語であると同時に、生と死、無常観など、人生や社会の深淵を描いている。
この日本文学最大の傑作が、恋愛小説の名手・角田光代氏の完全新訳で蘇った。河出文庫『源氏物語 6 』から第45帖「橋姫(はしひめ)」を全7回でお送りする。
光源氏の死後を描いた、源氏物語の最終パート「宇治十帖」の冒頭である「橋姫」。自身の出生に疑問を抱く薫(かおる)は、宇治の人々と交流する中でその秘密に迫っていき……。
「橋姫」を最初から読む:妻亡き後に2人の娘、世を捨てきれない親王の心境
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色恋めいた扱いは、かえってよくない
中将は、大君からの返事がたいそう好ましく、おおらかであるのに心動かされて見ている。八の宮にも、中将からこのような便りがあったと女房たちが報告して見せたところ、
「いや、何。色恋めいたお扱いをするのも、かえってよくないだろう。世間によくいる若者とは違うご性分のようだから、私が亡くなったあとのことなども、一言それとなくお願いしておいたこともあるので、そのようなつもりで気に留めてくださっているのだろう」などと言うのだった。八の宮自身も、いろいろな贈りものが山寺にあふれるほどあったことの礼などを書き送ったので、中将は宇治に行こうと思う。そういえば三宮(さんのみや(匂宮(におうみや)))が、こんなふうに奥まった山里あたりに住む人が、じつは意外にすばらしかったりしたらさぞ興趣もあろうと、想像をめぐらして、そのように言っていたので、この話をして心を騒がせてやろうと思い、静かな夕方に宮を訪ねた。
いつものように世間話をお互いに話すついでに、中将は宇治の八の宮のことを話しはじめ、このあいだの夜明けの有様などをくわしく言っていると、宮は切に興味を持ったようである。その様子を見て、思った通りだ、とますます気持ちが傾くように中将は話し続ける。
「それで、そのお返事などはどうして見せてくれないんだい。私だったら見せるのに」と宮は文句を言う。
「そうですね。あなたはずいぶんたくさんのお手紙を見ているでしょうに、片端でも見せてくれないではないですか。この方々は、私のような冴えない男がひとり占めしていいような方々でもないから、ぜひ見てほしいと思うけれど、いったいどうしてあなたが宇治まで尋ねていけましょう。気軽な身分の者こそ、恋をしたければいくらでもできる世の中です。人目につかないところでいろいろやっているのでしょう。それ相応に魅力のありそうな女で、もの思わしげな人が世を忍んでいる住まいなども、山里あたりの目立たないところにはよくあるそうですよ。今話している方々は、まったく世間離れした聖(ひじり)みたいで、洗練されたところのない人たちなのだろうと今までずっと馬鹿にしていて、噂も耳にも留めていなかったのです。けれどほのかな月明かりで見た、その通りの器量だとしたら、非の打ちどころもないと言えます。その物腰も容姿も、あのような方々のことを理想的だと言うのだと思います」などと話す。
高貴な身分であることが厭わしいほど焦れったく
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