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インドの沙漠で痛感した日本人のヤバい「劣化」 電気まみれの生活で日本人が失ったものとは

東洋経済オンライン / 2024年12月31日 9時30分

「そうか、こんなに暗い闇の中でも、君らにはラクダの場所がわかるっていうんだな。だったら、僕がこれから指示するので、一斉にラクダのいる場所を指差してみろよ。そうしたら信じてやるよ」

と僕は偉そうな口を叩き、カウントダウンをはじめた。

エーク、ドー、ティーン!(1、2、3!)

すると彼らは、前述の「ヌーンキー・ツリー(チンコの木)」がある方角に近い、バス道に向かう方向の少し右に逸れたあたりを一斉に指差し、ほらみろ!と、これでもかというほど見事なドヤ顔を決めた後、大笑いを始めた。

僕はというと、指を差されたとて、それが正解なのかどうかわからない。あまりに悔しいので、バッグから双眼鏡を取り出し、注意深く地平線を眺めた。地面と大地が混ざり合う、その微妙な境界線にはうっすらと光の差異が見られ、双眼鏡ならラクダを見つけられるだろうと思ったからである。

しかし、それでも僕は、ラクダの姿を捉えることができなかった。その日以来、僕は「ラーティンドー(夜に目が見えなくなるヤツ)」というあだ名がついた。

失敗ばかり繰り返す僕は、夜どころか日中ですらちゃんとモノ(の道理)が見えていないヤツ、といった意味合いだろう。いや、まさしくその通りだ。

ちなみに彼らは、翌朝になってから、まさにその指差した方向に向かい、ラクダの足輪を外して、あっさりと連れ戻してしまった。彼らの目には、赤外線レーダーでもついているのだろうか。

彼らの目の良さは、狩りでも絶大なる力を発揮した。そう、言うのを忘れていたが、彼らは本来「狩猟採集民」として(そして有事には王族の歩兵隊として)生計を立てていた部族だ。つまり、狩人・猟人だったのだ。

数百メートル先の茂みの中が見えている?

その血は、生業としての狩猟をとうの昔にやめてしまった子孫たちの中にも、しっかりと息づいていた。

違法所持しているライフルを片手に、夜中から未明まで漆黒の闇を走り回るシカや、飛び回るウサギや穴に逃げ込むオオトカゲの捕獲、投石器を使ったムクドリの狩猟など、それは多岐にわたっていた。彼らは暇を見つけては、「おい、今日やるか」と目の中の炎をたぎらせて、仲間内でひっそりと夜の狩猟活動に心を躍らせるのだ。

かくいう僕も、随分と付き合わされた。日中の太陽ですっかり疲弊した僕の身体にとって、肌寒い夜の沙漠を太陽が昇るまで歩き、走り続ける猟は、それはそれは過酷なものだった。

「おいコーダイ、そっちに行ったぞ! 回りこめ!」

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