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禅僧が勧める「起きてすぐ不安が消える」朝の習慣 ジョブズが毎朝鏡の前でしていた「問いかけ」

東洋経済オンライン / 2025年1月28日 7時0分

ジョブズが鏡を通して語りかけていたのは、心のなかにいるもう1人の自分、すなわち「本来の自己」です。

本来の自己とは、どんなものでしょうか。例えるなら、それは仏様のように清らかな心のことです。

「一切衆生、悉仏性有(いっさいしゅじょう、ことごとくぶっしょうあり)」。仏教では、人間は誰しも仏様のように一点の曇りのない心を持って生まれてくると考えられています。禅ではそれを本来の自己、あるいは仏性、真如などと、さまざまな呼び方をします。

「心のメタボ」を脱ぎ捨てるために

ところが人間はしばしば、生まれ持った仏性を忘れてしまいます。なぜなら、人間は生きているうちに、さまざまな煩悩にとらわれるからです。

妄想、執着、不安、怒り、妬みといった負の感情がまるで「体脂肪」のように心を覆い、本来の自己が望む人生を見えなくしてしまう。私はそれを「心のメタボ」と呼んでいます。

裏を返せば、仏教が煩悩を手放すことをすすめるのは、心のなかの仏様ともう一度出会うためとも言えます。白隠禅師も「衆生本来仏なり」という言葉を残しました。私たちはもともと仏なのです。そのことを忘れてはいけない。

おそらくジョブズは鏡を通して語りかけることで、自分のなかの仏様(本来の自己)を見つめ直し、嘘偽りのない人生、悔いのない人生を生きようとしていたのでしょう。

ジョブズほどの偉人であっても、仏様との語らいの時間がなければ、心のメタボにとらわれ、自分が望むこと、その日やるべきことを見失ってしまうのだとするなら、いわんや私たちのような凡人をや、です。

私たちは「人生は一度切り」であることを忘れ、今日と同じ明日がやってくるものと信じ込んでいます。かといって最期の日がいつ訪れるかもわかりません。私たちにできるのは、今日という1日を悔いなく生きることだけ。

そうして「今日で終わりでも構わない」と思えるような1日を積み重ねた果てに「やるべきことはやった。人生を生き切った」という納得が訪れるのでしょう。

だからこそジョブズは、毎朝自分に問いかけずにはいられなかったのだと思います。おまえは自分の人生を生きているのか。限りある命の1日を、生き切る準備はあるのかと。ジョブズにとって、「本来の自己」との語らいは自分の生き方を問い直す大切な時間でした。

ひるがえって、あなたはどうでしょう。あなたには、「本来の自己」と向き合う時間があるでしょうか。

心のなかにいる仏様は、私たちが生きていくための拠り所であり、心強い相談相手でもあります。あなたの心のなかにいる仏様は、今のあなたの生き方を見て何を思うでしょう。

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