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【役員37人抜きで就任】損保ジャパン・白川儀一社長が考える「本当に顧客のためになる損害保険」とは?

財界オンライン / 2022年5月18日 7時0分

白川儀一・損害保険ジャパン社長

「最も大事なのは『人』」─損保ジャパン新社長の白川儀一氏はこう話す。今、デジタルを活用した新たな仕組みづくりを進めているが、その中でも重要なのは「人」だと話す。例えば自動車保険で難しくない事案をデジタル化で効率化する一方、難しい事案の解決に「人」の力を充てることを考えている。白川氏の原点には入社5年目、ある船会社での体験があって……。

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経験や勘だけではビジネスは成り立たない
 ─ 白川さんは社内の役員の中で37人抜きの社長就任ということで話題になりましたね。改めて抱負を聞かせて下さい。

 白川 私自身、最も大事なのは「人」だと思っています。その「人」とは、お客様であり、代理店さんであり、従業員です。我々企業がいい仕事ができるのも、やはり従業員の力のおかげだと常々思っていますから、まずそこをベースにしていきたい。

 私は現在、従業員1人ひとりに「MYパーパス(存在意義)」を考えてもらい、それを中心とした対話を重視する1on1ミーティングに取り組んでいます。これを通じて、1人ひとりの自律的な働き方を支援し、働きがい、生産性の向上に取り組んで行きます。

 ─ デジタル化が進むなど、事業環境の変化が激しいですね。

 白川 ええ。変化の激しい時代ですから、過去の成功体験に基づく経験や勘だけでは、ビジネスは成り立っていきませんから、過去のやり方、常識を一旦捨てる必要があります。その新しい仕組みづくりにチャレンジしていきたいと思っています。

 ただ、あくまでも向き合う目線はお客様であり、私どもの保険販売の大半を担っていただいている代理店さんです。ここは全く変わりません。

 目線はブラさずに、デジタルなどの新しい技術も取り入れながら、お客様にとって最高品質の商品、サービスをお届けしていく。これはこれまでも私どもの使命ですが、これをより実現していきたいと考えています。

 ─ デジタル技術は他社も研究していると思いますが、どう差別化していきますか。

 白川 私の立場で他社と比較してということはありませんが、例えば、代理店さんにとって最も使いやすいデジタルとは何なのか? ということを、よく考えています。

 代理店さんが保険を募集する時に、どんなにいいデジタルツールであっても、デスクに置くパソコンでしか使えないとなると使い勝手がよくありません。しかしそれがスマートフォンで使えるようになれば、お客様の前で活用できるようになります。

 私どもは21年2月に「モバイル! SOMPO」というAI(人工知能)を活用した代理店システムの提供を開始していますが、今も機能の充実を進めています。

 ─ 代理店の営業担当者がいつでもどこでも機能を使えるようになったと。

 白川 ええ。お客様から代理店さんに質問が来たとします。今までであれば、代理店さんが保険会社の営業店に電話をして、その質問に回答したり、一旦持ち帰ってから回答という形でしたが、このシステムであればAIが搭載されていますから、スマホに話しかけると回答が導き出されます。お客様のご質問にすぐにお答えできるということが価値につながっていくと思っています。

AIと「人」の関係をどう考えるか?
 ─ 今、世界ではロシアのウクライナ侵攻など予想外のことが起きていますが、これも踏まえた今後の経済見通し、損保の役割をどう考えますか。

 白川 まず、私どもの損害保険事業の中で、ウクライナで起きていることが直接的に業績などに与える影響は限定的だと考えています。

 ただ、今後原油価格のレベルがさらに上がって、これが長期化すると、私どもにとっては後追いで影響が出てきます。個人消費に悪影響を及ぼしますし、それによって企業活動が停滞することになれば、私どものトップライン(売上高)にも悪影響になります。

 保険会社が戦争に何か介入できるかというと難しい。ただ、原油価格が高騰し、ガソリン代が上昇する今、例えば中小企業の社有車の燃料費にも大きな影響が出てきます。

 そこに向けて、できることがあるとすれば、私どもの持つデータで安全運転、燃料消費量を減らすことを意識したエコドライブとはどういうものかを分析し、お客様にソリューションを提供することです。それによって、お客様の事故が減れば保険料は減り、エコドライブになれば燃料にかかる費用も減る。さらにCO2削減につながって地球にもいいと。

 保険は事故を補償するためにありますが、事故が起きない方が私どもにとってもいいわけです。そうしたことにつながるソリューションの開発に、今一生懸命取り組んでいます。

 ─ データやAIを活用していますが、冒頭に「人」が大事だという話をされました。AIと「人」との関係をどう考えていますか。

 白川 保険事業の中で最も早くAI、データの機能が発揮できる分野は、事故の保険金支払いだと思っています。

 例えば自動車事故の場合、少し擦ったというような難しくない事案もあれば、複雑に絡み合った事案もありますが、圧倒的に多いのは前者です。現状はここに相当な人的リソースをかけてお支払い対応をしているというのが実情です。

 こうした難しくない事案ほどAI、データを活用した自動確認が進んでいくと見て、現在開発中です。AIで人的リソースが浮けば、この人達が持つ丁寧さや専門性を難事案の方に振り向けることができます。それによって、私どもの事故対応品質が、さらに向上すると考えています。

船会社の社長が号泣する姿に…
 ─ ところで、大学を卒業した時に損害保険会社を志望した理由は何でしたか。

 白川 私のパーパスみたいな話になりますが、就職活動の際に持っていた唯一の思いは「人に信頼される人間になりたい」というものでした。

 人に信頼されるには、何か困った時に手を差し伸べるというのが、一番早いのではないかと。そうなると保険という発想になりましたが、損害保険は個人、企業の活動に対して、何か手を差し伸べることができ、自分を鍛えてもらえるのではないかという思いを持ち、損保業界の門を叩きました。

 ─ 心に残っている仕事にはどういうものがありますか。

 白川 入社5年目ぐらいのことです。当時はあまり景気がよくない時だったのですが、お客様の中に船を1隻所有して、家族経営で船会社を営んでいる企業がありました。私は船舶保険の営業を担当していたんです。

 保険対象物の価額よりも設定している保険金額を少なくする「一部保険」というものがありますが、お客様と協定をしていれば普通に行うもので、100の価値に対して7割、8割で保険を付けるんです。

 ただ、この時に船会社のお客様は、景気が悪化する中で保険料を下げるために一部保険にして欲しいという話をしてこられました。できないのであれば、他社に切り替えるとおっしゃるのです。

 ─ どのように対応をしたんですか。

 白川 私は営業担当でしたから、仕方がないなという思いで実行しました。そうしましたら数カ月後に、1隻しかない船が沈没をして全損になってしまいました。

 船を造る時には銀行さんから融資を受けることがほとんどですが、保険金が残債に全く足りない状態でした。そこで、その会社の社長さんが個人破産をされたんです。

 私どもは、お客様との契約の中で、決められた保険金をきちんとお支払いしたのですが、社長さんは私の胸ぐらをつかんで「なぜ、あの時俺を殴ってでも満額の保険を付けさせなかったんだ」と号泣されました。もちろん、ご自身から言い出されたことをわかっていておっしゃっているんです。

 当時の私はまだ若く、お客様の保険料を下げて欲しいという要望に応えることも寄り添うことだと思っていました。しかし、その時に真にお客様に寄り添うというのは保険の効果、重要性をきちんとご納得いただけるように説明の努力をすることだと思い知らされました。

 一方、事故があったから、こういう言い方ができますが、では事故がなかった場合にはどうだったのだろうか、と思い返すこともあります。

 これ以降、自分の中で保険の重要性、存在意義をブラさずにやっていこうと心に決めました。会社人生の中で頭の中から離れない出来事の一つです。

 ─ 逆に嬉しかったことはどんなことですか。

 白川 今、お話した出来事以降、お客様に寄り添うことを徹底してきたこともあってか、お客様に可愛がっていただいて、いろいろな経験をさせていただいてきました。

 これはご契約という意味もありますが、いろいろと大きな仕事をさせていただく中で、自分の経験もどんどん高まっていきますし、そうした一つひとつ経験させていただいたことの積み重ねにつながっています。これが今振り返るとよかったことだなと感じます。

ソフトテニスに打ち込むため一度退社、そして復帰へ
 ─ 白川さんはソフトテニス(軟式テニス)に打ち込んできたそうですが、いつから始めたんですか。

 白川 小学生からです。大学まで続けて全国大会、世界大会で3位に入ることもできました。

 ─ このソフトテニスに打ち込むために、一度会社を辞めたそうですが、これは非常に難しい決断でしたね。

 白川 そうですね。ありがたいことに実業団チームに誘っていただいたんです。2003年のことでした。当時の人事課長が、今の損害保険ジャパン会長の西澤敬二だったのですが、当時その西澤と3日間にわたって話し合いを続けていました。

 私は「辞めます」と言い、西澤が「何で会社を辞めるんだ」という会話の繰り返しでした。最後、私は「実業団でソフトテニスの選手としてやっていきます」ということで会社を辞めていったわけです。

 ただ、残念ながら実業団に入った後、左足首を怪我してしまい、選手として競技を続けていくことができなくなってしまったのです。

 ─ そこから、もう一度会社に戻ることになるわけですが、誰かに相談しましたか。

 白川 いえ。ただ、自分の中には、先程申し上げた「人に信頼されたい」という思いは変わらずありましたし、「世のため人のための事業に携わりたい」という信念を持っていました。

 また、会社は辞めましたが、安田火災、損保ジャパンの人材力、上司や先輩、同僚、後輩にいい人が多いということには惚れ込んでいました。最後にはありがたいことに、ある方から「会社に戻ってきなよ」と誘っていただいたのがきっかけでした。

 一度、会社を辞めた人間を呼び戻すという度量の大きさを感じました。そうであれば戻らせてもらおうと。

 もちろん、自分のワガママで辞めていきましたから、どんな顔をして戻るんだ、といった恥ずかしさは少しありました。しかし、一定の勇気を持って戻ることができたことは、その時もそうでしたし、今考えてもありがたいですし、嬉しいですね。

 ─ 人生の縁が感じる話ですね。ちょうど働き盛りの時に会社に戻ったわけですが、どういう気持ちで仕事に向かいましたか。

 白川 当時、会社に再入社して配属されたのが富山支店でした。その支店長を務めていたのが西澤だったんです(笑)。

 ─ 面白い縁ですね(笑)。何か言われましたか。

 白川 いえ、ほぼ何も言われていないに近いですが、一言「戻ってきたんだな。仕事頑張れよ」ということを言われたと記憶しています。

 ワガママを言って辞めて、また戻していただいたことを仕事、結果でお返ししなければいけないという思いで、一生懸命に取り組んできました。

 ─ 社員に向けて、どういうメッセージを送っていますか。

 白川 まず担当者は1人ひとりの個性、強みをさらに磨いて欲しいと言っています。そしてマネージャークラスは、その個性、強みを束ねて生かすためのマネジメントを学んで欲しいと。

 私は『里見八犬伝』と同じだと思っています。「仁・義・礼・智・忠・信・孝・悌」と、1人ひとりキャラクターは違いますが、この8つの玉を持った人達の個性を生かして、1つの目標に向かう。私どもも、みんなの個性、強みを生かして、目標に向かっていきたいと思います。

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