特集2017年3月25日更新

「原則禁煙」どこまで?受動喫煙対策法案の現状

東京五輪を見すえた受動喫煙対策をめぐり様々な声があがっています。厚生労働省による「飲食店内は原則禁煙、悪質な違反者には過料」という「健康増進改正法」の原案に対し、「小さな飲食店には死活問題」と関係業者だけでなく自民党内からも反対意見が出る事態となりました。「世界最低レベル」と言われる日本の受動喫煙対策事情もあり、これまで以上の深い論議が必要となりそうです。

30万円以下の罰金も 「健康増進改正法」の原案公開

厚生労働省は3月1日、健康増進法改正案の原案を公開した。同案を巡っては、今年1月に厚生労働省が”飲食店内は原則として禁煙”という受動喫煙防止対策を盛り込んだ案を自民党の厚生労働部会に示した時にも大きな話題となったが、今回は延べ床面積「30平方メートル以下」のバーやスナックなど小規模な酒類提供の店舗を除く飲食店の禁煙と悪質な違反者に対する”30万円以下の過料”が明確に示されたことで、再び議論が盛り上がり始めている。

今回の(ほぼ)全面禁煙化に向けた法整備の先には、2020年の東京オリンピックがあります。IOC(国際オリンピック委員会)とWHO(世界保健機関)は「タバコのないオリンピック」を目指していて、「公共の場での全面禁煙」は基準になっているのです。

受動喫煙対策が「世界最低レベル」の日本

政府は、世界中から注目を浴びる2020年の東京オリンピック・パラリンピックに向けて、世界の中で最低レベルにある日本の受動喫煙対策を問題視。厚生労働省によれば、調査した世界188カ国のうち、公共の場所すべてに屋内全面禁煙義務の法律があるのは49カ国であり、屋内全面禁煙義務の法律がない日本は、世界最低レベルの水準にあることが判明したのです。

「愛煙家の権利を守れ」から「喫煙は危害を加える行為」に

今回提出される法案は、喫煙に対する考え方が従来とは180度変わっています。これまで喫煙は愛煙家の権利であり、一定程度は周囲も受忍する必要があるとの考え方が主流でした。
 しかし、今回の法案では、近年の司法判断を受け、喫煙は他人に危害を加える行為であるとの位置付けが明確になっています(原則禁煙という理屈はここから導き出されています)。

「たばこ議員」による対案は?

他方、厚生労働省案に対抗して、自民党たばこ議員連盟が、3月7日、対案を発表した。「喫煙を愉しむこと」は憲法に定める幸福追求権だと主張し、対案では、飲食店は禁煙・分煙・喫煙から自由に選ぶことができ、表示を義務化する。

しかし、この対案に対し、受動喫煙に詳しい弁護士は「今回の法案の必要性を全く理解していない」と厳しく指摘しています。

自民党たばこ議員連盟は、「喫煙を愉しむこと」は、憲法に定める幸福追求権だと主張しています。しかし、最高裁昭和45年9月16日判決は「喫煙の自由は、あらゆる時、所において保障されなければならないものではない。」とし、仮に権利であるとしても制限に服しやすいものにすぎない、と解釈されています。たばこ議連の主張は、最高裁判例の趣旨を正しく理解せず、人々に誤解を与えるものです。
また、たばこ議連の議員は、「法律で締めつけるのではなく、マナーで解決すべきだ」などと主張しているようですが、これも、今回の法案の必要性を全く理解していないといえます。現行の健康増進法や労働安全衛生法の「努力義務」規定では限界があり、依然として飲食店や職場等での受動喫煙が多いため、厚労省は、今回の法案で罰則(喫煙者:30万円以下の過料、管理者:50万円以下の過料)を導入しているのです。

各方面からの意見、見解は

一般の人の反応は

1000人アンケートでは「全面禁煙」賛成が約7割

ガジェット通信が「飲食店の全面禁煙に賛成? 反対?」というアンケートを実施したところ…

1000人から回答が寄せられ、
・全面禁煙に賛成 690票 (69%)
・全面禁煙に反対 310票 (31%)
……と、約7割が賛成という結果となった。

5万8500人回答のニコニコアンケートでは…

Q11 政府はたばこを吸わない人がたばこの煙を吸い込む受動喫煙を防ぐため、
   飲食店や駅・空港構内も原則禁煙とする健康増進法改正案を今国会に提出します。
   あなたは、この禁煙強化に賛成ですか、反対ですか。

   1.賛成だ                        :59.0%
   2.反対だ                        :27.9%
   3.わからない                      :13.1%

また、ニコ生で配信された番組のアンケートでも、賛成派優勢との結果が出ています。非喫煙者でも「反対」が多めですが、出演者はこれもある意味「より積極的な全面禁煙推進派」なのではないかと推測しています。

小飼:
 僕はもっと「賛成」が多いかなと思ったけど。意外と反対出ましたね。
山路:
 喫煙者が「原則禁煙」に反対するのは分かるんですけどね。非喫煙者でもけっこう反対意見が多いですね。
小飼:
 え、非喫煙者でも反対に回るの?
山路:
 (分煙を含めない)「原則」全面禁煙に、反対ってことでしょ。

飲食店の反応は

これまで喫煙を認めていた飲食店からは、全面禁煙になることによって客が来なくなり売り上げが減ることを懸念し「自由に選択できるのがサービス業の本質」「一律規制は相応しくない」と反発の声も出ています。

 利用者自らが多様化するサービスを見極め、自分の嗜好に合わせて行くか行かないかを自由に選択できるのがサービス業の本質ともいえるため、飲食業界を中心に「公共性の高い施設とは大きく異なる。一律規制は相応しくない」と反発を強めている。愛煙家・嫌煙家ともに大切なお客さん。喫煙・分煙・禁煙の飲食環境は、あくまで事業者側の経営判断や、客層に応じた自助努力に任せるべきとの主張だ。

厚生労働省の健康増進法改正案が出る前の2月に、東京で中小規模の店舗の経営者たちが「分煙への理解」を求める署名活動を行っています。

「当店は完全個室なので、お客様のニーズに合わせることができます。しかし、小規模店舗の場合、新たに喫煙室を設置するとなると、テーブルや椅子の数を減らさなければならない。これまで分煙促進で東京都は助成金を出してきたが、それではまかない切れません。いきなり目の前に絶壁が現れたようなものです」

また、地方の焼き鳥店店主と名乗る匿名ブロク「東京だけでやれ」が話題になりました。

なんで東京でやるオリンピックのために地方も屋内禁煙に巻き込まれなきゃならんわけ?頭おかしいだろ役人ども。
客の6割~7割を喫煙者が占めるんだからうちの店は大打撃っすよ、絶対近くの喫煙室設置するだろう大型飲食店に客が流れるよ…ただでさえチェーン店出典と消費税増税やらで経営が苦しいのに…廃業か!?
という書き出しで始まる、2月27日にアップされたエントリー。地方都市には東京五輪の恩恵はないと語る店主、法律が通っても守らない、見せしめに逮捕してもらってもいいと主張。

政治家からも賛否両論

政治家にも愛煙家は少なくないため、上のほうでも紹介しましたが、自民党には「たばこ議員連盟」という全面禁煙に反対するグループも存在し、対案を発表するなど、賛否両論出ています。

「石破茂さんは国会内の喫煙所でよく吸っていますが、“総務会に法案があがってきても、通さない”と息巻いていました。官邸では、喫煙者の萩生田官房副長官が法案提出に抵抗しています。“喫煙所の交流が人脈を広げるのに”と」(党関係者)
 また、同日には自ら愛煙家だと公言する竹下亘議員(国会対策委員長)もこの問題に触れ、こうこぼした。
〈全エリアで禁煙と言われたら俺はどうやって生きていけばいいのか、という思いを持っている。(厚労案が)国会に出てきて法律ができれば従わなければならないと覚悟しているが、できれば出てきてほしくないというのが私個人の本音〉

自身が愛煙家かどうかはともかくとして、改正案の内容については現状、自民党内でも慎重な意見が多く、9割以上が反対とのこと。

 FTは、麻生財務相が喫煙と肺がんの因果関係について国会で疑問を呈したことを紹介。日本のタバコ・ロビー団体も同様の考えを持っているとし、彼らの意見をサポートする政治家は自民党内に100人はいると述べる。

全面禁煙で売上は減る?増える?

「影響はない」「むしろプラス」派

業界団体が懸念している飲食店における減収懸念についても、あまり根拠があるとはいえない。多くの調査結果が「売り上げに影響なし」となっている。
日本の成人喫煙率が20%を切っていることや、高所得層になるほど喫煙率が下がる傾向などを考えれば経済的な影響はないと考えるのが妥当だろう。喫煙者が喫煙可能な飲食店を探すのと同じように、喫煙できる飲食店を明確に避けて店選びをする層も一定以上存在するからだ。

居酒屋チェーン「ワタミ」の創業者で自民党の渡邉美樹氏も、自身の経験から10坪以下の店は禁煙の対象外にすべきだと発言しています。

 渡邉氏はかつて自身が経営していたワタミにおいて禁煙を導入したものの、1年足らずで断念したという経験を持っています。こうした経験から渡邉氏は「現実問題として10坪以下の飲食店で禁煙にしたら、間違いなくお店は潰れます」と断言しています。また渡邉氏は「煙草をくゆらせながらお酒を飲むことは、人によってはストレス解消」であり、「心の健康増進になる」とも主張しています(ちなみに渡邉氏自身は、現在はたばこを吸わないそうです)。

しかしこの意見に対しても、今は時代が違うという反論も出ています。

全面禁煙化により外食ビジネスは伸びるという見方もある。
国内の事例をひもとくと、かつて居酒屋チェーンの「和民」が2005年に全面禁煙を実施した際には、ファミリー層の利用者は増加したものの、一般サラリーマンや宴会需要が減少。売り上げがマイナスとなったため、分煙化へと舵を切った経緯がある。
しかし当時に比べ現在では成人喫煙率は10%も低下した。一貫して喫煙率が低下し続けていることを考慮すれば、社会的な影響は少ない。
そのうえ、“全面的に”禁止になるのだから利用者に選択肢はない。どの店に入ろうと店内ではたばこを吸えないのだから。

「影響ある」「マイナス」派

 富士経済の試算によると、現時点における受動喫煙法案が成立した場合、外食産業全体に及ぼす影響は約8400億円となり、このうち「居酒屋」「バー・スナック」への影響は約6500億円と全体の8割近くを占めています。
 居酒屋の顧客のうち53.8%が喫煙者となっており、店舗面積が50平方メートル未満の小規模店舗は居酒屋全体の71%に達します。原則禁煙になった場合、居酒屋の約73%が、客数が減少すると予想しています。
「外食産業は巨大市場とはいえ、個人経営店を中心に年々減少しており、受動喫煙防止法案が法制化されると、さらに減少推移に拍車がかかることが想定されます。
 新規業態の開発を活発に行える大手チェーンとは異なり、新規客の取り込みも容易ではなく、客数が戻らないと感じている店舗も多いことから中小規模の外食店にとっては一層厳しい状況になると見られます」(富士経済・東京マーケティング本部の調査担当者)

実際に受動喫煙防止条例が施行されている神奈川県では、売り上げの落ち込みがあったとのこと。

「神奈川方式」の導入は飲食業界に大きな影響を及ぼしたようだ。市場調査会社の富士経済が、条例施行後の2010年6月からの半年間、神奈川県内にある約3000軒の飲食店に聞き取り調査をしているが、禁煙や分煙の措置を採った居酒屋などの飲食店の売り上げは平均15~20%下落。最大で30%落ち込んだ店もあったという。

「30平方メートル以下~」の例外規定について

1日に厚労省が発表した健康増進法改正案の骨子では、飲食店は原則禁煙としながらも、30平方メートル以下のバーなどに限って喫煙を認めるとしている。FTはこのサイズの飲み屋や飲食店は日本に無数にあるだろうと指摘。ウェブ誌『クオーツ』も、会社帰りのサラリーマンでにぎわう狭い焼き鳥屋や居酒屋なども含まれてしまうとして、中途半端な案に疑問を呈している。
日本禁煙学会は以下のような緊急声明を出している。
30平方メートル以下のキャバレー・バー・スナックなどを受動喫煙対策の例外とするとしています。これは、なし崩し的に法案を意味のないものとするだけではなく、IOCとWHOの協定に違反し、これをIOCが受け入れることは無いと思います。 (『健康増進法改正案の改悪についての日本禁煙学会緊急声明』より)

厚労省が「全面禁煙」を諦めたのは「財務省の圧力か?」と推測する海外メディアもあるようです。

 全面禁煙については、売り上げへの影響を恐れる外食産業からの抵抗も強いが、もともと全面禁煙に賛成していた厚労省が例外を設けたのは、財務省の影響があると海外メディアは報じている。クオーツは、禁煙が広がらない理由の一つとして、JT株式の33%強を所有する政府の既得権益を上げている。

海外の喫煙・禁煙状況は

中国・韓国・日本を除けばすべて禁煙を法制化

グローバルに目を向ければ、すでに50カ国近くで公共の場および飲食店での禁煙を法制化している。さらにG20という枠組みでみると、バーやナイトクラブといった日本では”禁煙では営業が成り立たない”と想像されがちな場所も含め、ほとんどの国で禁煙、あるいは一部禁煙が法制化されている。中国・韓国・日本を除けばすべて法制化されている実態があり、「欧米では禁煙が当たり前」という言い方は決して大げさではない。

2015年に強力な「禁煙法」が施行された韓国

1998年の時点で66.3%という先進国の中でトップレベルの喫煙率だった韓国は近年、政府が“喫煙との戦争を宣言”するなど強烈な禁煙キャンペーンを実施。タバコ価格の大幅な値上げや禁煙法の施行などで喫煙率の抑制を図っています。2015年に施行された禁煙法により、公共施設はもちろん、飲食店やゲームセンター、ホテルなどが全面禁煙となっているようです。

喫煙大国だった中国も北京五輪を機に禁煙ムード

 なんせ、喫煙大国であった中国ですらも、北京五輪では例外なく禁煙が決まり、また最近では公共の場所での禁煙が義務付けられるなどそこそこ面倒なことになってます。

「室内全面禁煙」を9割以上が支持

中国喫煙抑制協会は23日、「室内公共スペース全面禁煙に対する10都市住民の意見に関する報告」を北京で発表した。これによると、間接喫煙が健康に悪影響を及ぼすことを知っている市民は全体の95.2%に達し、92%が、「室内公共施設、室内の職場、公共交通機関を全面禁煙とする」ことを支持していた。

社会全体が「タバコがないこと」になじんできたカリフォルニア

1995年にカリフォルニア州ではレストランやバーなどでの喫煙が禁止されたが、懸念のような事態には至っていない。建物の入り口から20フィート(約6メートル)以上、離れた場所でなければたばこが吸えないというルールも加えられているが、施行から20年以上経過して、当たり前のこととして認識されている。
(中略)
カリフォルニアでは喫煙所の設置さえ認められていないため、すなわちその地域ではたばこを吸う人間がいないということだ。ホテルはどこの部屋を取ってもたばこの臭いに悩まされず、禁煙のレストランで“吸いたくてソワソワする”人もいない。全面禁煙も20年以上経て、社会全体がたばこがないことになじんでくる。

今回の改正案の議論の中心になっているのは「全面喫煙で飲食店の売り上げがどうなるのか」という点。ページ内で紹介したように神奈川では売り上げが下がったというデータも出ているようですが、一方で海外で売り上げは下がらなかったというデータもあるようです。いずれにせよ、より活発な議論でより建設的な禁煙・分煙対策をしてもらいたいところです。