特集2017年9月25日更新

最後の最後まで迷走した「東芝メモリ」争奪戦

9月20日、東芝が半導体子会社「東芝メモリ」の売却先を決定しましたが、決定ギリギリまで「日米韓連合」か「日米連合」かで揺れていた様子が伝えられていました。この迷走っぷりや東芝が抱える今後の課題などをまとめてみました。

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目次

東芝が半導体事業売却先を「日米韓連合」に決定

9月20日、取締役会で決議 売却額は2兆4000億円規模

東芝は20日、取締役会を開き、半導体子会社「東芝メモリ」を、米投資ファンドのベインキャピタルを軸とする「日米韓連合」に売却する方針を決議したと発表した。近日中に契約するとしている。売却価格は2兆円で、日米韓連合の資金拠出額は設備投資負担を含めると、計2兆4000億円規模となる予定。

近日中に契約 来年3月末までの売却完了を目指す

10月下旬に開催予定の臨時株主総会での承認や、各国における競争法審査など必要な手続きを経て、来年3月末までの売却完了を目指す。

東芝メモリ売却先候補だった3陣営

ついに東芝メモリの売却先が決まりましたが、決定の直前まで売却先候補と東芝の間で激しい駆け引きが繰り広げられていました。
その経緯を振り返る前に、今回の売却劇の“登場人物”、つまり売却先候補だった3つの陣営を見ておきましょう。

米べインキャピタルと韓国SKハイニックスが中心の「日米韓連合」

「日米韓連合」の主なメンバー

・ベインキャピタル(アメリカの大手投資ファンド)
・SKハイニックス(韓国の半導体大手メーカー)
・産業革新機構(政府系ファンド)
・日本政策投資銀行(政府系政策金融機関)

当初の最有力候補 一時は劣勢を伝えられるも…

「日米韓連合」は8月下旬に後述のウエスタンデジタル陣営が急浮上してくるまで「本命」と見られていました。

東芝は6月21日、政府系ファンドの産業革新機構、米大手投資ファンドのベインキャピタル、日本政策投資銀行からなるいわゆる「日米韓連合」を優先交渉先に決めた。
(中略)
決定直後、綱川智社長は6月28日の定時株主総会までの契約締結に自信を示していたが、終着点が見えないまま9月に入ってしまった。

ウエスタンデジタルが中心の「日米連合」

「日米連合」の主なメンバー

・ウエスタンデジタル(アメリカの大手半導体メーカー)
・コールバーグ・クラビス・ロバーツ(アメリカの大手投資ファンド)
・産業革新機構
・日本政策投資銀行

なお、「日米連合」と表現していないメディアも散見され、「ウエスタンデジタル陣営」「ウエスタンデジタルを中心とした連合」といった表現を使っているところも。ちなみに「日米韓連合」は、ほぼすべてのメディアがその表現を使っています。

当初は東芝の係争相手も…途中で最有力候補に

東芝と協業しているウエスタンデジタル(WD)は当初、東芝メモリの売却に「待った」をかけ、国際仲裁裁判所に売却差し止めを求めるなど、東芝との関係悪化が伝えれていました。

WDは自社の同意なしに東芝が合弁持ち分を売却することを「契約違反」と反対。5月14日には国際仲裁裁判所に、6月14日にはカリフォルニア州上級裁判所に売却の差し止めを申し立てた。優先交渉先決定に対しても「自社の権利を主張し続ける」と強硬姿勢を崩していない。

台湾の鴻海精密工業が中心のグループ

主なメンバー

・鴻海精密工業(台湾の電子機器受託生産企業で世界最大手)

提示金額は大きいが…技術流出に懸念

シャープの買収劇でおなじみの鴻海に関しては、「提案額はトップ」「最大3兆円」という情報が伝えられていたものの、技術流出を懸念した日本政府が売却に厳しい条件を突きつけているという報道がされていました。

経済産業省関係者は「鴻海だけは100%ない」という。金額だけでは鴻海が頭ひとつ抜けている格好だが、技術流出を懸念する経産省や首相官邸周辺から聞こえてくるのは「シャープの二の舞だけは避けたい」との声だ。

このように鴻海陣営は「大穴」といった扱いで、最終盤では名前が挙がる頻度も減り、実質的に「日米韓連合」と「日米連合」の争いになっていました。

「迷走劇」の裏で動いた“バイプレーヤー”たち

ここまで見てきた3陣営は“登場人物”のいわば「主役」たち。一方で、今回の売却劇には迷走を演出した「バイプレーヤー」も存在しています。

迷走の主因? 産業革新機構と経済産業省

東芝メモリの売却に関しては、日本を代表する企業、東芝の命運がかかっていることや日本の半導体技術の流出も懸念されることから、国の意向が強く反映されることになり、経済産業省やその傘下の産業革新機構が裏で動いていたといわれています。
このことは、「日米韓連合」と「日米連合」の双方のメンバーに産業革新機構の名前があることからも分かると思います。

産業革新機構とは?

産業競争力強化法に基づき、15年間限定で2009年7月から運営開始。格安航空ピーチ・アビエーションやフォークリフト会社ユニキャリア、半導体大手ルネサスエレクトロニクスなどの再建を手掛けた。支援を決めた案件は114件、投資総金額は9846億円にのぼる。
投資能力は約2兆円だが、政府の出資が9割以上で、技術の国外流出を懸念する国の思惑で受けた案件も少なくない。
投資に当たっては、機構内に設置する産業革新委員会が評価を行い、最終的な投資対象を決定する。しかし「物事を決めるときには経済産業大臣のご意見をいただく」(同関係者)ことなどから、経産省の思惑が少なからず影響することは否めない。

経産省の意向と人事異動が交渉に影響?

下の記事では、東芝問題を担当していた経産省の安藤久佳氏が7月に異動し、寺澤達也氏が新たな担当者になった点に言及。それに連動して、優先交渉先が日米韓連合から日米連合に入れ替わった様子が伝えられています。

東芝は6月21日、東芝メモリの売却について、日米韓連合を優先交渉先に決めた。「週刊文春」(文藝春秋/7月13日号)は、内幕について「交渉先は東芝が決めたことになっているが、経産省の意向に従った」との東芝幹部の言葉を用いて、安藤氏が働きかけたと報じている。
困難な状況を打開するため、経産省はWDと和解する方針に転換。新局長となった寺澤氏が、綱川氏にWDと交渉するよう働きかけた。
経済産業省の人事異動が、交渉の先行きに影響を与えたと複数の交渉関係者は指摘する。7月人事で新たに担当になった幹部は、英語に堪能なこともあり、WDのスティーブ・ミリガン最高経営責任者(CEO)と「意気投合」(東芝関係者)。WDと契約するよう東芝の背中を押したとみられている。

3陣営と東芝を揺さぶったAppleの存在

上に挙げた3陣営のほかに、アメリカのIT大手・Appleも東芝メモリの買収に興味を示していることが伝えられ、資金力も業界への影響力も大きい企業だけに、3陣営と東芝を揺さぶる存在となっていました。

3陣営のいずれとも連携の可能性を示唆

8月下旬から9月上旬にかけての報道では「WDとの連携に関心」「日米韓連合に参加(資金提供)」「鴻海も陣営に参加するようにアプローチしている」といった報道があり、東芝が売却先を決められない要因のひとつにもなっていたようです。

東芝の半導体事業には、三つのグループが買収に名乗りを上げたそうですが、そのいずれにもアップルは資金提供者の一つとして名を連ねていたそうです。アップルは、東芝の半導体事業の最大の顧客ですが、アップルにとっても、iPhone などに必須な半導体の安価で安定した供給はとても重要であり、「どこが買収するにせよ口は出したい」と考えたのだと思います。

結局、日米韓連合に参加する形に

日米韓連合にはベインや韓国半導体大手SKハイニックスや、アップル、デルなど米IT大手4社が優先株で参画、東芝メモリは東芝の持ち分法適用会社になる。

「東芝メモリ売却」に至った経緯

売却劇の登場人物を紹介したところで、東芝が東芝メモリを売却することになった経緯を軽くまとめておきましょう。

2006年、ウェスチングハウスを買収

06年、当時社長だった西田厚聡氏は、半導体と原子力を事業の2本柱に位置づけ、米大手原発メーカー、ウェスチングハウス(WH)の買収に乗りだしました。東芝が提示した買収額は、当初予想の2倍を超える54億ドルでした。

このウェスチングハウス(WH)の買収が、今日に至る「東芝転落」の始まりとなりました。

「のれん代」という重荷を背負う

東芝は06年にWHを5400億円で買収し、のちに出資額は6600億円に増加。当時のWHの純資産は2000億円程度とみられ、差し引き3500億円相当を東芝は「のれん代」として計上した。東芝が採用している米国会計基準では、毎年減損テストを行い、価値が簿価を下回ると減損することになっている。

のれん代は長期にわたって償却していく必要があるものの、東日本大震災の原発事故の影響でWHの純資産価値が大きく低下。巨額なのれん代の減損処理に追い込まれていくことになりました。

2015年、不正会計で1回目の「東芝ショック」

5月8日、東芝は過去に不適切な会計処理が行われたとして、2015年3月期連結決算の公表を6月以降に延期すると発表した。15年3月期の業績予想を取り消し「未定」とし、期末配当の見送りを決めた。期末の無配は10年3月期以来5年ぶり。東芝は第三者委員会を設置し、調査を進める。不適切な会計処理を理由に決算発表を延期するのは、異例のことだ。

歴代3社長が辞任へ

第三者委員会の調査で、不適切な会計処理による修正額は2008年度から14年度で1518億円、業績の下方修正額は2130億円に及ぶことに。この影響で、3代にわたる歴代の社長が引責辞任に追い込まれました。

不適切な会計処理をめぐり、第三者委員会から「組織的関与があった」という認定を受けた東芝は7月21日、田中久雄社長と佐々木則夫副会長、元社長の西田厚聡相談役の歴代3社長が辞任することを発表した。

2016年12月、WHがらみで2回目の「東芝ショック」

東芝が再び、危機を迎えている。昨年12月末、東芝は米ウェスチングハウス社(WH社)が買収したCB&Iストーン・アンド・ウェブスター社(S&W社)について、当初の想定を大幅に超える数千億円規模ののれんを計上する可能性を示唆。債務超過に陥る危険が生じている。

17年3月、WHが破産法適用を申請

WHが16年に行った買収によって巨大な損失を抱えることに。

暮れも押し迫った2016年12月27日。東芝は「巨額損失の計上の可能性」を発表した。監査委員会の佐藤良二委員長は「調査中である」として奥歯に物が挟まったような物言いに終始したが、2015年12月に米原発子会社ウエスチングハウス(WH)が買収した米原発建設子会社ストーン&ウェブスター(S&W)のせいで巨額損失が出るということだった。

17年3月期の最終損失は9656億円に

8月10日、東芝が遅れに遅れていた2017年3月期決算を発表した。最終損益は9656億円と1兆円に近い赤字。リーマン・ショック後の2009年3月期に日立製作所が計上した7873億円を上回り、製造業では過去最悪だ。債務超過も5529億円と空前の規模である。

債務超過解消の切り札が「東芝メモリ売却」

今年の3月末時点で5529億円という巨額の債務超過に陥っている東芝は、2018年3月末までに債務超過を解消できなければ上場廃止となります。

上場廃止になれば一気に倒産の可能性も

「上場廃止になれば東芝の信用力は低下し、資金調達が難しくなる。そして、事業解体も行き詰まり、会社更生法など法的整理の可能性が高くなる」(経済誌記者)という最悪のシナリオが待っている。

なんとしても上場廃止を阻止したい東芝

上場廃止を阻止するには、来年3月末までに債務超過を解消する必要があり、それに向けた巨額の資金を確保するための切り札が「東芝メモリの売却」だったわけです。

赤字約1兆円、債務超過5529億円は上場企業の決算として「正常」ではない。病人に例えれば心肺停止で「生きているのが不思議」なレベルだ。
この状態を脱するために必要不可欠なのが、2兆円以上の資金調達を見込む東芝メモリの売却だ。

「デッドライン」に向けて二転三転した攻防戦

「8月いっぱい」がデッドラインだった

上場廃止を回避するために債務超過を解消する期限は「来年3月末」ですが、日本で言うところの独占禁止法の審査期間などを勘案すれば、売却先の決定は「8月末がデッドライン」とされていました。

売却交渉を完了するには、各国独禁当局の承認がいる。この手続きには半年以上かかるとされており、2018年3月末が期限とすると8月末が実質的なデッドラインとなる。

9月20日まで繰り返されたデッドラインの先送り

結局、9月20日に決まったことからも分かるように、「デッドライン」は8月31日から9月13日、さらに20日に次々と先送りされる事態となりました。
実は独禁法以外にもデッドラインの基準があり、それは東芝の主力取引銀行からの圧力でした。9月に入ると、「早く決めてくれ」「我慢の限界」といった圧力が非常に強かったことを各メディアがしきりに伝えていて、主力銀行の融資枠の期限は9月末で、その更新のためには「20日がギリギリ」だったようです。

東芝は8月末までに売却先を決めるように主力行から要請されているが、すでに決定を2回先送りしている。東芝の綱川智社長が12日、三井住友銀行など主力取引行を回って選定状況を説明し、さらに1週間の猶予を求めたもようだ。

こういった「デッドライン」があったことで売却先をめぐる攻防は激しさを増し、また二転三転することにもなりました。
そこで、東芝メモリ売却の話が具体化した2月頃から売却先決定の直前まで繰り広げられた各陣営の駆け引きや攻防戦の情勢などを振り返ってみましょう。

経産省の主導で「日米韓連合」結成

先述のとおり、東芝メモリの売却には国の意向が反映されることになり、経産省主導でまず「日米韓連合」が結成されました。

東芝は2月14日に東芝メモリの売却先を募り、米国の投資ファンドや中国、韓国の半導体メーカーがこぞって手を挙げた。
日本の技術流出を憂慮した経産省は革新機構や政投銀を通して東芝救済に動き出した。経産省は当初、東芝メモリの買収をオールジャパンで行おうとしていた。ところが東芝以外の日本の大手電機メーカーは、ことごとく半導体事業に失敗して撤退した苦い思い出がある。
そこで革新機構と政投銀が特別目的会社(SPC)を設立し、外資も含めて出資を求めた。当初はKKRとの日米連合が検討されたが、課題が山積している東芝メモリの買収には消極的であった。そのようななかで手を挙げたのが、SKハイニックスと米投資ファンドのベインキャピタル。この2社を取り込み、日米韓連合が結成された。

5~7月、WDと東芝の対立が泥沼化

東芝と協業しているWDは、東芝メモリの売却計画について国際仲裁裁判所などに差し止めを求めて訴訟を起こし、対する東芝も対抗策をとるなど、両社の対立が深刻化していきました。

WDは5月に国際仲裁裁判所に仲裁を申し立てていたが、6月14日に米カリフォルニア州の上級裁判所に売却差し止めの訴訟を起こし、東芝を追撃した。東芝が、革新機構陣営に優先交渉権を与えることを決めたことを受けて、「東芝は我々の拒否権と進行中の2つの法的手続きを無視している」と激しく批判する声明を出した。
一方、東芝は「WDが東芝メモリの売却を妨害し、東芝の信用を棄損している」として東京地方裁判所に1200億円の損害賠償を求めるなどの裁判を起こすとともに、WDに対して開発データへのアクセスを遮断してしまった。

6月、「日米韓連合」と優先的に交渉するも…2カ月空費

6月21日に日米韓連合と優先的に交渉する方針を決め、6月28日までに合意する方針を掲げたものの、交渉は行き詰まり2か月を空費。その間、WDとの対立は深まり、事態は深刻化した。

SKハイニックスの議決権要求で交渉難航

もともと買収によってBainCapital、産業革新機構、日本政策投資銀行の3社が議決権を握る形態を模索していたが、本来は融資のみということで参加していたSK Hynixが議決権要求へと傾いたため交渉が難航しているという話が、7月に入ってから聞こえてきた。

8月24日、「日米連合」と優先的に協議する方針へ転換

東芝は8月24日、社内外の取締役による会議を開き、月内の売却契約締結に向けWD陣営と優先的に協議することを決めた。

「デッドライン」を前に互いが譲歩

東芝とWDはTMCの売却を巡り対立し、法廷闘争に発展した。ただ、来年3月末までにTMCの売却完了し債務超過の解消を迫られている東芝と、東芝との関係悪化が決定的になった場合のマイナスの影響が大きいWDがともに譲歩。

日米韓連合との交渉がストップした原因のひとつとして、産業革新機構などが「WDとの係争が解決するまで契約できない」と主張したことが挙げられていて、これが方向転換の理由にもなったとか。このことから経産省と主力取引銀行は、早期決着するためにも訴訟リスクのないWD陣営との交渉を強く働きかけたということです。

ウエスタンデジタル側からの謝罪も

米ウエスタンデジタル(WD)のスティーブ・ミリガンCEO(最高経営責任者)が8月11日付で東芝の綱川智社長に書簡を送り、一連の法的措置関係によって両者の関係を悪化させたとし、謝罪したことが明らかになった。

8月末、日米韓連合が「Apple参加」を提案

東芝の半導体メモリー事業の売却で、優先交渉先に選ばれていた「日米韓連合」が、新たな買収提案をしていたことが30日明らかになった。複数の関係筋によると、米アップルが加わり、総額2兆円超の買収資金を確保する。

この新たな提案が次の「見送り」につながる要因のひとつになったようです。

8月31日、東芝が売却先決定を見送る

売却先については、東芝が8月31日に開催した定例取締役会で決定される見方が広がっていたものの、結局、何も決定されず「交渉継続」が発表されるだけでした。

東芝は、2017年8月31日に開いた取締役会を受け、「引き続き3陣営(ウエスタン・デジタル=WD=陣営、日米韓連合、鴻海精密工業)と交渉を続ける」と発表した。
事前報道では「WDと大筋合意した」「WDに対し独占交渉権を付与する」などと、WDへの売却決定を強くにおわせる記事が飛び交い、ようやく決着するとの安堵感も関係者に広がっていたが、ふたを開ければ拍子抜けする内容にとどまった。

9月上旬、3陣営がそろって追加提案

デッドラインを過ぎた「延長戦」では、3陣営がそれぞれ東芝に対して追加提案を行なったことが報じられていました。

日米韓連合は「設備投資など買収額上積み」案

「日米韓連合」が、TMC買収で総額2兆4000億円の資金拠出を計画していることがわかった。TMCの買収額2兆2000億円に加え、設備投資2000億円を負担する。複数の関係筋が9日明らかにした。
日米韓連合による当初の買収金額は1兆9400億円。

日米連合は「WDの買収資金の拠出を見送る」案

一部報道では、KKRと産業革新機構、日本政策投資銀行の3組織が総額約2兆円を拠出して東芝メモリを買収し、WDはこの時点で資金拠出を含む買収行為には直接関与しない。一方で、将来に東芝メモリが上場した際には新規発行分の16%程度の株式を取得して議決権を得るという手法だ。
これは、東芝メモリ買収に際して世界の関連機関の承認を得やすくするためのもので、早期決着を必要とする東芝に一定の配慮を行った結果だ。

鴻海は「日本勢の出資比率アップ」案

鴻海も、傘下に置くシャープの出資比率を当初の10%から15%に引き上げてソフトバンクグループや東芝を合わせた「日本勢」の出資比率を35%程度とし、鴻海の25%を上回るようにする案を新たに提示。メモリー技術の海外流出防止や雇用の国内維持を求める政府の意向を踏まえ、日本勢優位をアピールする内容だ。

ただ前述のとおり、鴻海の動向を伝えるニュースは9月上旬を過ぎるとめっきりと減り、戦線から離脱した形に。以降は(ニュースを見る限り)「日米韓連合」と「日米連合」の一騎討ちといった感じになりました。

9月13日、またも決定見送り&「日米韓連合」が再び浮上

12日には「日米連合に売却へ」報道もありつつの急展開

多くのメディアが「9月13日の取締役会で決定する見通し」と伝えていたり、一部メディアでは「日米連合に売却する方針を固めた」と報じるなど、「13日に決定」は既定路線と思われていましたが、この日の取締役会でも「決定」はなく、代わりに「日米韓連合」との覚書が交わされました。

東芝は9月13日、半導体メモリ事業子会社東芝メモリ(TMC)の売却について、投資ファンドの米ベインキャピタルと、9月下旬までに同社を軸とした企業連合とTMC株式譲渡契約の締結を目指して協議していくという覚書を結んだ。

東芝は「優先交渉権」ではないと強調

東芝は「覚書に法的拘束力などはない」(広報)とし、「ベイン連合を排他的な交渉先とする定めはありません」(プレスリリース)と強調する。メモリ事業の製造設備の投資で合弁パートナーの米ウエスタンデジタル(WD)、電子機器製造受託の世界最大手、台湾の鴻海精密工業との交渉も継続するからだ。

「驚きを禁じ得ない」WDは批判声明を発表

この「日米韓連合が有力候補」と思わせる発表に対して、当然のようにWDはすぐに声明を出し、「極めて遺憾」と批判しました。

声明の中でウエスタンデジタルは、今回の東芝の決断は、サンディスク系子会社の持つ同意権を無視したものであると主張。「東芝がサンディスクの同意なしに韓国のSK Hynixおよびベインキャピタル・ジャパンが率いる連合との取引を継続しようとしていることに驚きを禁じ得ません」とコメントしている。

9月19日、「WDが議決権全面放棄」日米連合が新たな案を提示

「日米連合が優勢に」との報道も

「東芝メモリ(TMC)」の売却交渉で、米ウエスタンデジタル(WD)が議決権の保有を全面的に放棄し、産業革新機構(INCJ)と米系ファンドのコールバーグ・クラビス・ロバーツ(KKR)、日本政策投銀行(DBJ)などで構成する新「日米連合」が新たな提案をしていることが明らかになった。
複数の関係筋によると、この新提案が優勢になっており、東芝は19日から20日にかけてステークホルダーと最終調整に入っている。

8月下旬に「日米連合が優勢」となった中で交渉がまとまらなかった原因は、東芝メモリへの経営関与を強めたいWDと議決権比率をめぐって溝が埋まらなかったことにあります。そんな中での「議決権全面放棄」はWD側の大幅な譲歩といえ、再び日米連合が「優勢」と報じられたのも無理はありません。しかし…

9月20日、売却先を「日米韓連合」に決定

「日米連合」の新提案が検討される中、東芝が銀行団に約束したギリギリのタイムリミットである20日を迎え、冒頭でお伝えしたように、東芝は取締役会で「日米韓連合」への売却を決議しました。

日本勢で「議決権50.1%」…経営の主導権確保

東芝メモリの議決権については、ベインキャピタルの49.9%に対し、東芝だけで40.1%を確保。さらに東芝を含めた日本勢で議決権の50.1%を握り、経営の主導権を確保するとのこと。

WD「非常に残念」

売却先が「日米韓連合」に決まったことに対し、“敗北”した形のWDはコメントを発表。

「われわれはすべての利害関係者のためになる合意を目指していたが、それにもかかわらず、東芝がこのような行動に出たのは非常に残念だ」

日米韓連合の勝因は?

対WDで東芝と共闘する姿勢を打ち出す

今月8日に行った最終的な買収案についての説明で、WDに対する共闘姿勢を強調したことが決め手になったといいます。

「プロジェクト・パンゲア」──。約3億年前に地球上に存在したと考えらる巨大な大陸にちなんで付けらたコードネームを持つ買収プランは、東芝が抱えたWDとの係争で、べイン・SK連合が東芝と共闘することが盛り込まれていた。
べインとSKグループ関係者は、その点を最大のポイントとして強調。対WDへの徹底抗戦を呼びかけた。

ちなみに、このプロジェクト名「パンゲア(Pangea)」は東芝メモリの株式を譲受する会社の名称として使われています。

強力な援軍としてAppleなどが参戦

3陣営や東芝を終盤戦で揺さぶったAppleが、最終的に日米韓連合についたことも決め手のひとつになったようです。

設備投資負担を含めた買収額を上乗せし、革新機構などの出資分をWDとの係争が片付くまで肩替わりする、米アップルが一部の資金提供を行う、などの新提案で形勢をひっくり返した。
銀行側から最終期限とされた8月31日が接近しても、対WDの交渉は決着しなかった。
交渉関係者によると、その時、べイン・SK陣営に強力な援軍として登場したのが、アップルや複数の米IT大手企業だった。
INCJやDBJが資金拠出できない間は、アップルなどが6000億円近い資金を供与するというスキームが出来上がった。

WDとの交渉が決裂した理由

東芝で高まった「WDに対する不信感」

一時は「最有力」とされたWDとの話し合いがうまく進まなかった原因を指摘する記事では、必ずといっていいほど、WDが将来の出資比率で主張を譲らなかったことと、東芝社内の「WDへの不信感」に触れられています。中には「ビジネスと感情は切り離すべき」という声を伝える記事もありましたが、そんな声も届かないほどに、どうしてもぬぐえない根強い不信感があったことがうかがえます。

WDが将来持つTMCの議決権比率や、三重県四日市市の工場で生産されるメモリーの配分割合で「主張を譲らなかった」(関係者)という。
東芝とWDは交渉を続けたものの溝は埋まらなかった。東芝社内では、半導体部門を中心に「WDへの不信感が高まって行った」(関係者)という。
「WDのスティーブ・ミリガンCEOが譲歩を約束したのに、彼らが出してきた契約書のドラフトではそれが反映されていないことがあり、東芝側は不信感を募らせた」(関係者)。

19日の新提案は不信感と「時間切れ」で不採用に

9月20日の取締役会直前に提示されたWDが大幅に譲歩する日米連合の新提案は、産業革新機構主導で進めたもので、20日未明には「日米連合が優勢に」と報道されるほどの起死回生の案でしたが、WD側の同意書面が届いたのは20日午前4時前という取締役会の数時間前だったとか。東芝は、WDへの不信感と精査する時間がなかったという理由でこの案を採用しなかったといいます。

「山場はむしろこれから」東芝が抱える課題

紆余曲折を経てようやく売却先は決まりましたが、売却に向けた課題はいまだに多く残っています。「山場はむしろこれからだ」と指摘する記事もあり、東芝の経営再建への道はまだまだ前途多難と言えそうです。

WDによる「訴訟リスク」

先述のとおり、今年5月、WDは国際仲裁裁判所に東芝メモリの売却差し止めを申し立てていて、売却にはWDの同意が必要、製造設備を拡張する際にはWDが参加する権利があるなどと訴えています。
この申し立ての判断によっては売却が頓挫する可能性や、設備投資の判断の遅れなどの懸念が伝えられています。

今秋から本格化する仲裁裁の審理の結果次第では、売却が白紙に戻る可能性がある。
東芝経営陣は、上場廃止を回避するため、強硬姿勢を続けるWDとの和解を探る交渉に並行して取り組まねばなるまい。
巨額投資を続けるライバルの韓国サムスン電子に対し、東芝メモリは他陣営への売却差し止めを狙った米ウエスタンデジタル(WD)による訴訟の影響で、最先端の半導体メモリー生産設備への投資判断が遅れた。日米韓連合は投資負担を申し出ているが、訴訟リスクを抱えながら投資が円滑に実行できるのかという不安要素もある。 

2兆4000億円の売却額を満額確保できない可能性

ある関係者は「日米韓連合の提案は、まだ、煮詰まっていない」と指摘し、提案の詳細を検討し、契約書の締結に至るには、かなりの曲折を要するとみている。
また、WDとの訴訟を抱えたままで、銀行団から6000億円の融資を得るのは難しく、2兆4000億円の規模を維持できない可能性があると指摘する。

売却先決定直後には新たな差し止め請求も

「売却先決定」が報じられた直後には、WDがメモリ工場の増産投資をめぐる差し止めを新たに申し立て、訴訟合戦の泥沼化をさっそく匂わせています。

米ウエスタンデジタル(WD)は20日、東芝が三重県四日市市の半導体メモリー工場で進める増産投資を差し止めるよう国際商業会議所(ICC)の国際仲裁裁判所に申し立てたと発表した。
WDは東芝が半導体子会社「東芝メモリ」を競合相手が参画する「日米韓連合」に売却する方針を決議したことに強く反発しており、今後の製品調達が滞る懸念から新たな強硬手段に出た格好だ。

独占禁止法の審査が間に合うか?

各国の独禁法審査を見越したデッドラインの「8月いっぱい」を過ぎた決着であるため、残された時間はギリギリです。

独占禁止法の各国当局の審査は、半年以上かかるケースが少なくない。同業のSKハイニックスが加わることで、難航する恐れも指摘されている。来年3月末までぎりぎりのタイミングだ。

カギは中国の審査 「長引くリスク」あり

特に中国当局の審査には「最低6カ月はかかる」とされていて、この6カ月もあくまで目安でしかないといいます。

独禁法審査は中国がカギだ。丸紅の米ガビロン買収では、中国大豆市場への支配力を強めるおそれがあると中国当局が指摘し、審査に1年2カ月かかった。キヤノンの東芝メディカルシステムズ買収では、特別目的会社や新株予約権などを使う複雑なスキームを中国当局が問題視して9カ月かかっている。
中国の独禁法に詳しい神戸大学の川島富士雄教授は、「(半導体で同業の)WDやハイニックスが出資する場合、少数株式の保有であっても中国では審査が長引くリスクがある」と指摘する。
将来時点の出資比率増加や出資への切り替えは、その時点で審査するのが制度上の立て付けではあるが、「転換社債の取得でも、今回の買収時点ですでに株式を取得したものと扱われるおそれがある。融資契約でも将来の株式保有の計画などを約束していたら、介入や審査長期化のリスクとなる」(同)。

上の東洋経済オンラインの記事では、昨年に東芝メディカルシステムズを売却した際の東芝の“前科”に触れ、中国以外の各国からも厳しい見方をされる可能性も示唆。さらに別の記事では、政治的な思惑にもとづく中国の「妨害」を予想するものも。

半導体事業に代わる“稼ぎ頭”がない「新生東芝」

上場廃止を免れても、“稼ぎ頭”の半導体事業を失うことで「収益力が低下するのは必至」とされる東芝。仮に売却がうまくいき上場を維持したとしても、企業として存続するための未来は今のところ明るくないようです。

東芝は2018年3月期の連結営業利益を4300億円と見込むが、このうちメモリー事業の利益が3712億円と全体の86%に及ぶ。一方、綱川智社長が「新生東芝」の中核に位置付けるインフラ事業の営業利益は、全体の10%弱の420億円にとどまる見通し。インフラ事業は安定収益を見込めるが、メモリーに代わる稼ぎ頭は見つからないのが現状だ。
半導体会社を売却した後、東芝の主力事業は、エレベーターや火力発電などの社会インフラ関連になる。収益力は低く、赤字事業を抱えている。

「最大1兆円」の損失発生リスク抱えるLNG事業

新たな火種になりかねない「米国産LNG(液化天然ガス)」という問題も抱えている。東芝は2019年以降20年間、実質的に年間220万トンの米国産LNGの販売義務を負う。約8割についてはメドが立ったとしているが、思惑通りに販売が進まなかったり、販売価格がコストを下回ったりすれば、新たな損失が発生することになる。

現実味には乏しいものの、仮に全量が販売できない場合は「損失が1兆円」になるとされています。

社員の引き抜きや退職も相次ぐ

東芝メモリがグループを離れた場合、2019年度の連結売上高は4兆2000億円と、ピークだった07年度の5割強に縮む見込みで、総合電機で万年3位と呼ばれた三菱電機を下回る。
社員の引き抜きや退職も相次いでいるとみられ、6月末の連結従業員は約15万2000人と3月末から1000人以上減った。

以上のように東芝メモリの売却交渉の流れをまとめてみましたが、展開が文字通り二転、三転した様子は伝わりましたでしょうか。今回のページ作成に向けて連日ように交渉の動向を追いかけていた身としては、「えっ、今度はそっちが優勢なの!?」と思わず口に出してしまいそうになるほど驚いたことが何度かあり、その感じが伝わっていればいいのですが…。
それはさておき、最後のほうでまとめたように、東芝の未来には多くのハードルがあります。売却交渉は一段落したとはいえ、東芝の経営再建問題はまだまだ注目を集める話題と言えそうです。

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