赤狩りと恐怖の均衡について(上)「核のない世界」を諦めない その3
Japan In-depth / 2024年4月18日 20時41分
実際に戦後、具体的には1946年以降、ヨーロッパ東部ではソ連邦の指導下にある共産党一党独裁政権が相次いで誕生し、49年には中国大陸においても、世に言う国共内戦で共産党が勝利を博し、10月1日には北京の天安門広場において、中華人民共和国の成立が宣言されたのである。
これを米国から見れば、共産主義がユーラシア大陸の東西で、その勢力を大いに伸張させている、と映っていたし、米国内でも共産主義者による諜報活動が国家の安全にとって脅威だと受け止められていた。
とりわけ核兵器の開発で米国に後れを取った当時のソ連邦は、なんとかしてその技術や研究成果を盗み出そうと躍起になっていたし、実際問題として、本シリーズで再三取り上げている、世界初の原爆実験を成功させたロス・アラモス研究所にもスパイが潜入していたことが、後に明らかになっている。
また、これは伝聞であることを明記しておくが、ドル紙幣を印刷する造幣局にもスパイがいて、紙やインク、印刷設備の秘密などがソ連邦に流れたらしい。その後、冷戦の先行きがそろそろ見えてきた1980年代末に、その情報が北朝鮮に流出。90年代以降、かの国が大量の、それもかなり精巧な偽ドルを作れるようになったという。
当時、米国政府や軍が抱いていた「共産主義に対する恐怖」は、絵空事でも被害妄想でもなかったのである。
ならば大戦中に、共産党員を妻に持ち、かつ別の党員と不倫までしていたオッペンハイマーが、どうして原爆開発の責任者になり得たのか、疑問に思われる向きもあるやも知れぬ。
これは「赤狩り」にも歴史あり、と言うべき事柄で、米国共産党やその影響下にある労働組合は、反ファシズムを掲げて活動していた。映画にも出てくるが、オッペンハイマーの妻となった女性は再婚で、前の夫は1936年に勃発したスペイン内戦において、ファシストと戦う人民戦線を支援すべく編成された「国際旅団」に参加して命を落としたという。
この内戦は1939年にフランコ軍の勝利に終わるが、同じ年、ヒトラー率いるナチス・ドイツはポーランドに侵攻し、第二次世界大戦の幕が切って落とされるのである。
ご案内の通り大戦中は、反ファシズムの一点で米国とソ連邦は同盟関係にあり、したがってソ連邦を「労働者の祖国」と考える共産党員たちの活動も、大目に見られていたと述べては語弊がありそうだが、少なくとも表立った弾圧に晒されることはなかった。
そもそもアメリカン・デモクラシーは反ファシズムであると同時に、反共の理念に基づいた思想である。さらに、前述のようにソ連邦による諜報活動の脅威もあったことから、戦後一挙に共産主義者やシンパを排斥する動きが高まったのは、これまた語弊を怖れずに述べれば、自然な流れであったのではないか。
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