<テレビ評論は「天に唾する」行為か?>ナンシー関の没後からテレビはどんどんつまらなくなった
メディアゴン / 2015年10月15日 7時30分
高橋秀樹[放送作家/日本放送作家協会・常務理事]
* * *
テレビの作家をやりながら、一方でテレビの評論をやることは「天に唾する行為」である。空に向かって吐きだした唾は、途中で勢いを失って重力に従って落ちてきて自分の顔に降りかかる。そういう「ご注意」が風の噂で聞こえてくる。
面と向かって言ってくれる人もいる。そういう人は、ありがたいことに筆者の味方である。その人は「天に唾する」という表現は使わない。「天に唾する」は人に害を与えようとして、かえって自分がひどい目に合うことである。ここでいう害が即ち唾のことだ。味方はこう諭してくれる。
「あなたは(テレビを評論して)害を与えようとはしていない。だが、そうした意見でも、『では、あなた自身はどうなのか』と声を飛ばす人が必ずいる」
その通りだ。ではどうするか。自分自身が律すれば良いと思うことにしよう。
「評論家のようなことばっかり言ってんじゃないよ」というのは現場では最高の悪口である。それは「評論」という行為が日本では確立していないからだ。評論に何かを求める文化が日本にはない。
評論家は「偉そうな奴」と同義語である。だから、テレビでは特に評論家然としたコメンテーターは人気が出ない。
かつて、かかりつけではない「違う医者」からセカンドオピニオンを聞くのは御法度だった。主治医の機嫌を損ねるからだ。今でもタブーだと時々聞くが、セカンドオピニオンが医療の質を押し上げることは間違いない。実作者のテレビ評論もセカンドオピニオンのようにならないものか。
ナンシー関(1962〜2002・版画家/コラムニスト/テレビ批評)という、類い稀で、特異なテレビの見巧者がいた。
筆者はナンシー関の片言隻句まで読んでいる。文章を読んで声を上げて笑ってしまうという経験を何度もした。彼女は昔、テレビにも顔を出していたが、途中から全くテレビに出なくなった。消しゴム版画とテレビ評に専念したように思えた。
その文章から類推できるのは、ナンシーが一日中テレビの真正面にどっかりと座って、一歩も動かないで画面を凝視しているのではないか、ということだ。食事も間食もテレビの前。テレビの真正面に座って、ナンシーは、ものすごく斜めの視点からテレビを難詰した。
テレビの嘘には容赦なく、テレビのお約束にはそれを曝き、面白くないのに面白いという記号を身にまとっているタレントは強烈に非難した。ナンシーは、そう言われるのは嫌かも知れないが、日本で唯一の「職業テレビ評論家」であった。
筆者がやっている番組も当然指摘された。まず褒められた。
「この番組は日本でただひとつ、笑いだけで番組をつくろうとしている」
それで良いんだと勇気がわく。そして見抜かれた。
「ただ、笑いの方向がひとつで、誰かひとりがすべてを決めている気がする」
どきっとした。これもその通りであった。ナンシーに見抜かれないよう笑いの方向を増やそうと誓った。それはやればできることである。
ナンシーはいつも、どの文章でも、膝を叩くほどの指摘をした。タモリの温度の低さがテレビにはちょうどあっていることをいち早く見抜いていたし、笑点の桂歌丸がネタを言って客が笑ったときの得意満面を消しゴム版画の七変化の顔にしておちょくった。そのおちょくりに僕は快哉を叫んだ。
そんなナンシー関だが、2002年に39歳で早逝した、それから13年が経つ。日本のテレビはナンシー関を失って、それと軌を一にしてつまらなくなった。
彼女は偉大な見巧者であり、テレビ作者ではないから、天に唾しても自分の顔に降りかかることはない。冒頭でも述べたとおり唾は害のことだが、ナンシーの文章が害かというと、もちろん「害」である。
ただ、それは、つまらない番組には大きな害となるターゲットが決まった猛毒であるだけだ。だから、ナンシーは優れたテレビ制作者には支持されたのである。筆者もそうありたい。
ところで「天に唾する」の天とは、テレビ評論の場合、誰のことなのだろう。視聴者ではない。制作者でもない。それは
「すぐれたテレビ番組なら必ず持っているはずのこころざし」
のことだとしておこう。
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