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アベノミクス「第3の矢」で何が変わるか

プレジデントオンライン / 2013年10月11日 9時45分

産業競争力会議の締めくくりにあいさつする安倍晋三首相。(PANA=写真)

■重視すべきは国民総生産か、国民総所得か

去る6月12日に、安倍晋三首相が議長を務める産業競争力会議はアベノミクスの「第3の矢」の内容を明らかにした。それは、94ページにものぼる報告書「日本再興戦略-JAPAN is BACK-」とそれを進めるための「日本再興戦略 中短期工程表」に示されている。「スラスラわかる『アベノミクスの経済学』」(http://president.jp/articles/-/10529)を執筆したなかで、アベノミクスの「第1の矢(大胆な金融政策)」と「第2の矢(機動的な財政政策)」が経済(生産物市場)の需要サイドに作用する一方、「第3の矢(民間投資を喚起する成長戦略)」がその供給サイドに作用することによって、アベノミクスがめざすところの「成長による富の創出」に寄与しようとしていることを説明した。そして、これらの3本の矢が一緒になって初めて、日本経済の成長に寄与することを述べた。

現状では、「第1の矢(大胆な金融政策)」と「第2の矢(機動的な財政政策)」が先に放たれ、先行しているが、供給サイドの「第3の矢(民間投資を喚起する成長戦略)」が的を射ないかぎりは、需要サイドによる景気刺激策はその場限りのものとなり、確固たる経済成長には結びつかない。さらには、旧態依然として規制にがんじがらめにされている経済界は、「第3の矢(民間投資を喚起する成長戦略)」を待望している。そこで、本稿では、アベノミクスの「第3の矢」に焦点を当てて、アベノミクスを再考する。

アベノミクスで想定している経済成長は、国内総生産(GDP)の成長である。すなわち、生産する者が国内企業であろうと外国企業であろうと、それは問題ではなく、日本国内で生産された総額であるGDPにフォーカスしている。このGDPに対する概念として国民総所得(GNI)がある。これは、国内企業を含む国内居住者が、国内や国外で稼得した所得総額を意味する。日本国内に限定せずに、日本人が世界中で稼いだ所得である。

昨今、経済のグローバル化、すなわち、生産ネットワークやサプライチェーンのグローバル化や国際的な賃金比較や円高の影響を受けて、日本企業による対外直接投資が増大してきた。その影響を受けて、対外直接投資の成果としての海外からの直接投資収益・出資所得が着実に増加している。その結果、それまで貿易収支黒字が経常収支黒字の大半を占めていたにもかかわらず、05年には所得収支黒字が貿易収支黒字を逆転し、経常収支黒字の大半を占めるようになった。さらには、11年以降、東日本大震災の影響も受けて貿易収支が赤字に転じたのちには、所得収支黒字によって経常収支黒字を維持している状況が続いている。すなわち、貿易収支が赤字である一方で、所得収支が黒字であることから、海外で稼得した所得を含むGNIが、国内で生産されたGDPを上回っている。日本人全体の所得が成長することに重きを置けば、現状の日本経済はそれほど問題とならないかもしれない。

しかし、国内で生産される総額、すなわち、国内で生産活動を営んでいる企業や労働者を重視すると、GDPが重要となる。賃金の国際比較や円高のために日本企業が対外直接投資を行うことが経済合理的であると同様に、日本の労働者も海外に移り住んで、海外で働くという選択肢をとることができれば問題は生じないのであろう。しかし、実際にはそれができないために、GDPの成長率に注意を向けざるをえなくなるのであろう。最近、グローバル人材の育成が強調されているが、それは、GDPの成長率に限界があることを反映しているのかもしれない。

次に、経済の供給サイドから経済成長に寄与する要素を説明しよう。経済成長は、企業が生産を行う際に必要とする生産要素がどれほど増大するかに依存する。生産要素には、(1)労働力、(2)(インフラストラクチャなどの)社会資本、(3)(工場・設備などの)物的資本、(4)(労働者の教育水準を意味する)人的資本、そして、(5)生産技術が含まれる。例えば、工作機械(産業ロボット)を使って自動車を生産する自動車メーカーは、生産のための生産要素として工作機械【(3)物的資本】とそれを操作するオペレーター【(1)労働力】が重要である。もちろん、電力【(2)社会資本】がなければ工作機械は動かない。また、工作機械は、自動車を組み立てるソフト【(5)生産技術】とそれを使いこなすことのできる労働者の能力【(4)人的資本】が欠かせない。これらを増大させていけば、この自動車メーカーは自動車の生産を増大させていくことができる。

■「生産フロンティア」を効率化する5つのカギとは

さらに重要なことは、これらの生産要素をすべて効率的に利用して、最大限の生産量を実現することである。このような状況を表す経済学の用語は「効率的な生産フロンティア」と呼ばれる。何らかの規制によって十分に利用できない生産要素があれば、それは資源の無駄遣いとなって、最大限の成長を享受することができない。逆に、たとえこれらの生産要素すべてが増大せずに変化がなくとも、生産フロンティアの効率化をめざすことによって、生産は増大することができる。

産業競争力会議の報告書「日本再興戦略-JAPAN is BACK-」には、日本産業再興プランとして、産業の新陳代謝の促進、雇用制度改革、人材力の強化、科学技術イノベーションの推進、世界最高水準のIT社会の実現、立地競争力の更なる強化などが提案されている。これらを前述した経済成長の諸要因と関連させると、以下のように整理することができる。

第1に、雇用制度改革は、女性の活躍推進や若者・高齢者等の活躍推進、さらには高度外国人材の活用を通じて労働力の増大に寄与するであろう。第2に、世界最高水準のIT社会の実現は、ITというインフラストラクチャの整備を通じて社会資本の整備に寄与するであろう。第3に、立地競争力の更なる強化は、「国家戦略特区」に限定することなく、規制緩和および投資減税を通じて国内における設備投資を誘発して、物的資本の蓄積に寄与するであろう。第4に、人材力の強化は、グローバル人材やグローバル・リーダーの育成を通じて人的資本の増強に寄与するであろう。第5に、科学技術イノベーションの推進は、研究開発のインフラストラクチャの整備や研究開発投資の強化を通じて、生産技術の向上に寄与するであろう。そして、産業の新陳代謝の促進は、産業転換費用の低減や競争促進・規制緩和を通じて、生産フロンティアの効率化に寄与するであろう。

■日本とEUにおける決定的な違い

欧州連合(EU)も類似の問題に直面したことから、00年にリスボン戦略を打ち出し、人的資本の蓄積とイノベーションを通じて知識社会の構築をめざした。EUは、すでに1992年に単一市場を完成させて、モノの移動だけではなく、ヒトとカネの移動に関する障壁を撤廃して、労働力と資本の移動の自由を確保していた。そのうえで、経済成長の残りの要素、すなわち人的資本と生産技術に焦点を当てたリスボン戦略を企画し、進めてきた。EUと比較すると、日本経済においても人的資本の蓄積と生産技術のイノベーションが経済成長にとって必要であることは否定することができない。しかし、「産業の空洞化」という言葉によって表現されるように、国内における設備投資が停滞する一方で、対外直接投資によって、物的資本が日本国内から海外へ流出してきたことは、EUと前提条件が異なる。換言すれば、EUにおいては、人的資本の蓄積と生産技術のイノベーションに焦点を当てることができたが、日本においては、人的資本の蓄積と生産技術のイノベーションに焦点を当てるとともに、国内の設備投資による物的資本の蓄積にも目を配らなければならない。

積極的にグローバル展開をめざす企業が日本国内の工場設備を維持しながら、対外直接投資を行う分には、上記の物的資本の蓄積の阻害要因とはならない。問題となるのは、前述した理由(国際的な賃金比較や円高)のほか、「失われた20年」によるデフレーションが染み付いた日本の経済・マーケットの閉塞感により、国内における設備投資を縮小し、対外直接投資を増大させている状況である。「第3の矢(民間投資を喚起する成長戦略)」は、「第1の矢(大胆な金融政策)」と「第2の矢(機動的な財政政策)」とともに、このような閉塞的な状況を打破することを狙っている。すなわち、アベノミクスは、「第1の矢(大胆な金融政策)」と「第2の矢(機動的な財政政策)」を使って、需要サイドを引っ張り上げるというプル効果とともに、「第3の矢(民間投資を喚起する成長戦略)」による他の供給サイド要因(IT社会資本の整備や人的資本〈 グローバル人材〉の強化や生産技術イノベーションや規制緩和・投資減税)から後押しするというプッシュ効果を期待している。アベノミクスのめざす「成長による富の創出」は、これらが期待通りに効果を上げるかどうかに依存する。「スラスラわかる『アベノミクスの経済学』」(前掲)で説明したようにデフレ脱却はインフレ予想という人々の期待に頼ることができるが、「第3の矢(民間投資を喚起する成長戦略)」は期待感だけでは実現しない。実行あるのみである。

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対外・対内直接投資と為替相場の関係

最後に、対外直接投資の増大と国内設備投資の低迷に影響を及ぼす要因として忘れてはいけないものとして、国内製品の国際的な価格競争力がある。この国際的な価格競争力に直接的に影響を及ぼす代表的な要因として為替相場がある。図に示されているように、07年以降のゆきすぎた円高(円の過大評価)は、対外直接投資を増大させ、対内直接投資を減少させた。為替相場が元の水準に戻ってきたことにより、これらの傾向を逆転させることができるだろう。しかし、海外に工場・設備を移転させるためには、回収できない埋没費用(サンク・コスト)を要したので、そのコストにこだわると、瞬間的な円安では国内設備投資を増やさないであろう。短期的に円が元の水準に戻るだけではなく、それが中長期的に定着する必要があるのだ。

(一橋大学大学院商学研究科教授 小川 英治 図版作成=平良 徹 写真=PANA)

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