「さよなら、秋サンマ」。温暖化で食卓の四季が失われていく
プレジデントオンライン / 2020年10月8日 16時15分
※本稿は、山本智之『温暖化で日本の海に何が起こるのか 水面下で変わりゆく海の生態系』(講談社ブルーバックス)の一部を再編集したものです。
■目黒のさんま祭りもピンチ
サンマは長年、安くておいしい「庶民の魚」として親しまれてきた。流通段階の鮮度管理が行き届いているおかげで、塩焼きだけでなく、刺身や寿司ダネとしても広く親しまれている。
しかし、近年は不漁の年が目立ち、価格も高くなってきた。日本のサンマの水揚げ量は20万~30万トン前後で推移してきたが、2015年以降は10万トン前後に下落しており、メーカー各社によるサンマ缶詰の値上げにもつながった。不漁のおもな原因として、資源量そのものが減少したことに加え、日本近海の海水温が上昇してサンマの回遊量が減ったことが指摘されている。中国や台湾が公海域でのサンマ漁を活発化させたことも問題視され、漁業関係者のあいだで危機感が高まった。
こうした状況を受けて、水産庁は2019年、それまで8~12月に限っていた大型船(総トン数10トン以上)によるサンマ漁の操業期間を撤廃し、年間を通して漁獲できるよう規制を緩和した。同年秋には有名な「目黒のさんま祭り」で、炭火焼きにするための生サンマを例年のように確保できず、冷凍物でしのぐというニュースも流れた(今年は新型コロナウイルスの影響で中止)。全国さんま棒受網漁業協同組合の集計によると、2019年の全国のサンマの水揚げ量は前年より66%減少し、半世紀ぶりに過去最低を更新した。今年はそれをさらに下回ると予測されている。
■北太平洋全体で資源量が減少
日本や中国、台湾など、8カ国・地域による北太平洋漁業委員会(NPFC)の科学委員会も、サンマの資源量の減少を指摘している。NPFCは、サンマの持続可能な利用に向けて漁獲量に上限を設けることを決めた。北太平洋全体で年間55.6万トンという漁獲枠は、過去の漁獲実績と比べてもかなりゆるい上限値だが、2020年から導入することで一致した。
水産庁と水産研究・教育機構は報告書「国際漁業資源の現況」(2019年)で、北太平洋のサンマについて、資源水準を「低位」、資源動向は「減少」と評価している。ただし、サンマはもともと、10~20年周期で漁獲量の変動が繰り返されてきた魚種でもある。2015年以降、日本近海のサンマ漁場で不漁が続いた具体的な環境要因として、東京大学大気海洋研究所の伊藤進一教授は「親潮が弱く、サンマが南下しにくい」「北海道沖に暖水塊が停滞しやすくなり、サンマの南下を妨げた」という2つの要因を挙げる。サンマは水温の低い海域を好んで回遊する性質があり、分布密度が高く、漁場が形成されやすい水温域は10~15℃とされている。
サンマの資源量の増減には、エルニーニョ現象のような数年規模の変動のほか、10年から数十年規模の海洋環境の変動も関わっていると指摘されている。では、地球温暖化による気候の変化は、長期的に見て日本近海のサンマ資源にどんな影響を与えるのだろうか。
■エサとなる動物プランクトンが激減
伊藤教授らは、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)が示した温暖化シナリオにもとづいて、海水温の上昇と未来のサンマの状況についてコンピュータシミュレーションをおこなった。それによると、このまま温暖化が進んだ場合、私たちがサンマに対して描いてきたイメージを崩すような変化が起こる可能性がある。
サンマの生息海域では、冬に表層の海水が冷やされ、重くなって沈む。それにともなって、深い場所の海水は逆に、表層へと押し上げられる。深い場所の海水はリンや窒素などの栄養塩に富んでおり、表層へ送られることで植物プランクトンを育てる役割を担っている。
ところが、温暖化が進んで海水が十分に冷やされなくなると、浅い場所と深い場所との循環(鉛直混合)が弱まり、表層へ供給される栄養塩が少なくなる。栄養塩の供給が減ることで、その海域における植物プランクトンの発生量が減り、植物プランクトンを食べる動物プランクトンの減少を招く。これは、サンマのエサとなる動物プランクトンの減少につながる。
伊藤教授らは、温室効果ガスの排出量が増加し続けるシナリオをもとに計算をおこなった。サンマがエサとして利用する動物プランクトンのなかでも、特に重要なネオカラヌス属のカイアシ類3種(①Neocalanus cristatus、②Neocalanus flemingeri、③Neocalanus plumchrus)とツノナシオキアミ(Euphausia pacifica)について、温暖化による海水温上昇の影響を調べた。その結果、これらの動物プランクトンは2050年の時点で、季節によっては北海道沖で2000年のレベルに比べて半分ほど、常磐(じょうばん)沖では同じく4分の1ほどに減ることが示された。
■小型化して冬の味覚になる
シミュレーションによると、エサとなる動物プランクトンの減少にともない、2050年にはサンマの体長は今よりも1cm(体重では10g)、2099年には2.5cm(同40g)小型化するという。日本近海では、産卵のために南下するサンマの親魚を、主として北海道沖から本州沖にかけて漁獲している。しかし、温暖化が進む将来は、エサ不足によってサンマの成長スピードが鈍化するため、南の海域へ回遊する時期が遅くなる。その結果、サンマの漁期も現在に比べて遅くなり、秋の魚であるはずの「サンマの旬」が、冬へとシフトしていくと予測されている。
サンマの産卵回遊において、その個体がどこまで南下できるかは、体のサイズに依存している。伊藤教授は「サンマの成長が遅くなると、南下回遊の時期が遅れるだけでなく、メインの産卵場である黒潮域まで南下せずに、混合水域で産卵する個体も増えるだろう」と予測する。
小型化すると聞くと、温暖化はサンマにとってマイナスの影響しか与えないように思えるかもしれない。だが、このシミュレーションでは、海水温の上昇にともなうプラス効果の可能性も示された。温暖化が進むと、産卵期にエサの多い海域にとどまることになり、その影響で、サンマの産卵数が2割ほど増えるかもしれないという。
伊藤教授らの研究グループはその後、温室効果ガスの排出量が多いシナリオだけでなく、排出量の少ないシナリオや中程度のシナリオも含む、計33ケースの水温予測結果をサンマの成長モデルに与えてシミュレーションを実施し、温暖化がサンマの成長や産卵行動などに与える影響を詳しく検討した。
その結果、33ケースのうち、7割にあたる24ケースでサンマが小型化するという結果になった。一方、産卵数の増加を示したシミュレーション結果は3割の11ケースだった。今後は、新たな計算モデルを用いて、さらに予測研究を進める方針だという。
温暖化が進む将来、サンマは今よりも成長が悪くなって小型化し、秋だったはずの旬も冬に向けてシフトするが、個体数そのものは増えるかもしれない――。伊藤教授らによる一連の研究から、サンマのそんな未来像が見えてくる。
■CO2削減とともに新しい食文化に適応しよう
変わるのは、サンマだけではない。
同じく秋の味覚であるサケも、温暖化で海水温が上昇する将来は、回遊ルートが絶たれ、日本での漁獲量が激減する恐れがある。冬の鍋に欠かせない牡蠣も、温暖化で海水温が高まると、育ちにくくなる可能性がある。そして、瀬戸内海に春を告げる魚として知られてきた鰆(さわら)が、それまで数が少なかった日本海の海域で大量に獲れるようになるなど、すでに産地に変化が起きている魚もみられる。
このように、温暖化が進む将来は、日本の四季折々の食卓を彩ってきた様々な食材が、激減したり、ほかの種類に置き換わったりすると予測されている。日本の「だし文化」を支えてきたコンブも、暑さが苦手な海藻であるため、海水温の上昇に伴って、いくつかの種類は消滅してしまうかもしれない。私たちが長年慣れ親しんできた日本の食文化を守るためにも、温暖化の原因となるCO2の排出削減は不可欠だ。
それと同時に、私たちは環境の変化に適応して「新たな食文化」を築いていく必要があるだろう。もし将来、日本のサケが獲れなくなったとしても、海から魚がいなくなってしまうわけではない。南方系の魚たちについては、逆に増えていくと考えられる。たとえば、アイゴという魚は、関東ではあまり食べる習慣がないが、西日本では好んで食べる地域がある。こうした食文化を積極的に取り入れて、豊かな食卓を守っていく。そんな柔軟な考え方も、必要ではないかと思っている。
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科学ジャーナリスト
朝日新聞記者として約20年間、科学報道に従事。環境省担当、宇宙、ロボット工学、医療などの取材分野を経験。南極海やガラパゴス諸島など国内外で潜水取材に取り組む。「海洋」と「環境」をテーマに取材と講演活動を続けている。著書に『海洋大異変――日本の魚食文化に迫る危機』(朝日新聞出版)などがある。
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(科学ジャーナリスト 山本 智之)
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