麦茶づくりの面倒臭さを一発解決した「濃縮缶」という新発想
プレジデントオンライン / 2020年11月30日 9時15分
■じわじわと広がる「割って飲むお茶」
最近、これまで当たり前と思われてきた「消費鉄則」が崩れてきたのを感じる。
新型コロナウイルスの影響だけではない。以前から日常の消費習慣が変化していたのだ。その中の1つに、「無理なくできる健康志向」がある。
健康志向は昔からあったが、「無理なくできる」が近年の特徴。飲食なら、新たに何かを選ぶ際に従来の品を置き換える——といった行為だ。これが飲料市場にも表れてきた。
例えば、国内飲料市場全体における「無糖飲料製品」構成比は「2018年は約49%」(全国清涼飲料連合会調べ)と、半数が無糖になった。飲料カテゴリーでは近年、無糖の炭酸水が驚異的な伸びを示し、むぎ茶飲料の伸びも著しく、緑茶飲料も手堅い。
それに気づいた企業は新たな提案を打ち出す。
「濃縮系飲料」という市場がある。「原液を割って飲む」もので、国内では乳性・乳酸菌飲料の「カルピス」(2019年7月7日にブランド誕生100年を迎えた)が代表例だ。
この市場に同年4月、「GREEN DA・KA・RA やさしい麦茶 濃縮タイプ」(180グラム缶)で参入したのが、サントリー食品インターナショナル(以下、サントリー食品)。「水とまぜるだけで、やさしい麦茶がすぐできる」という利便性を打ち出した。
なぜ、こうした商品を開発したのか。同社に取材し、消費者意識と合わせて考察した。
■水を入れるだけで2リットル分の麦茶ができる
「麦茶のご家庭での飲用量は年々増加傾向にあります。ペットボトルの麦茶と煮出し・水出しの麦茶を併用するご家庭が多く、作るのに手間がかかることも分かりました。そこで昨年『GREEN DA・KA・RA やさしい麦茶 濃縮タイプ』を発売したのです。この商品は濃縮された麦茶を缶から出し、水とまぜるだけで1~2リットルの麦茶がすぐできます」
サントリー食品の高原令奈氏(ジャパン事業本部 ブランド開発事業部 課長)はこう説明する。同社入社以来、飲料畑一筋に歩み、今回の商品開発でも中心を担った1人だ。
「GREEN DA・KA・RA」ブランドは、「親子を笑顔に」をコンセプトに掲げ、子どもから大人まで幅広い世代に日常生活の水分補給を訴求する。かつてはスポーツ飲料のイメージがあったが、2013年に発売した「やさしい麦茶」のヒットで消費者の印象も変わった。
商品名のとおり“やさしいイメージ”を打ち出し、“すっきり香ばしい味わい”“アレルギー特定原材料等28品目不使用”などを掲げる。発売以来7年連続で売り上げ拡大が続く。
■「作るのが間に合わない」の声を受けて開発
このブランドから濃縮タイプを出したのは、家庭訪問での「気づき」があった。
「消費者のご家庭の冷蔵庫を見せていただくと、プラスチック容器に抽出した麦茶が何本も入っていました。『夏は家族で毎日3~4リットルぐらい麦茶を飲む』『食事の時はもちろん、夫の会社用、子どもの学校用の水筒ですぐなくなる』という声がありました。
煮出しや水出しだと『抽出して飲むまで2時間以上かかり、作るのが間に合わない』といった声も耳にし、対応できる商品を考えるようになったのです」(高原氏)
同社に限らず、メーカーが行う「消費者の家庭訪問」は、実際の消費者のリアルな生活シーンを見せてもらい、商品開発のヒントとするもの。地に足のついた発想にもつながる。
■濃さが調節できて、手が汚れない
2019年に発売した「濃縮缶の麦茶」は、大量消費する家庭を中心に支持を受けた。
「簡便性があり、ペットボトルに比べてスペースを取らない点を訴求し、それもご支持いただきました。消費者の方からは『濃さを調節できるので好きな味が作れる』『水出し・煮出しのようにティーバッグを取り出さないのがいい』という声もありました」
有名ユーチューバ―のHIKAKINさんがまずは原液を飲み、次に割って飲むシーンを動画で発信したのもネットで話題になった。
勢いに乗って2020年4月7日には同社の看板ブランド「伊右衛門」「サントリー烏龍茶」「DAKARAミネラル」でも濃縮缶を出した。
時期は前後するが、競合する伊藤園も2020年3月2日に主力ブランド「お~いお茶」のほか、「健康ミネラルむぎ茶」「ウーロン茶」「Relaxジャスミンティー」(商品パッケージには希釈用。1本で1~2L分と表示)をラインナップで投入。
飲料メーカーの大手2社が看板ブランドで参入したことで濃縮市場は活性化した。
■“1センチ残し”やゴミ出し…麦茶という「見えない家事」
コロナ禍での生活を強いられた今年の夏は、さらに事情が変わった。
「これまでだったら園側が用意してくれた幼稚園や保育園でも『飲み物はご自宅から持参してください』という要望も多く、ご家庭での飲用量がさらに増えました」
そうなると水出しや煮出しでは、消費に追いつかない家庭も多かっただろう。自分で作らずに飲むだけのお父さんの中には“アリバイ作り”のように「1センチだけ残しておく」といった、苦笑いするような家庭のシーンも聞いた。
「ペットボトルにすればいい」と思うかもしれないが、消費者には“背徳感”もある。
「毎回ペットボトルですませてしまうと、夏はどんどん空き容器も増えてゴミ出しの時に驚く。在宅時間が増えたから『自分で作らないと』と思われる方も多いようです」
また、高原氏は次の点も指摘する。
「家庭で作るお茶はお湯を沸かして煮出し、それを冷まして冷蔵庫へ……と、案外労力のかかる『見えない家事』の一つです。対して『やさしい麦茶』の濃縮缶は水を入れるだけで完成するので、こうした家事負担も解決できるのです」
もちろん水出し・煮出し用のティーバッグは安く、1回当たりのコスパは圧倒的によいが、多くの消費者は上手に使い分けるのだろう。
2020年の出荷見込みでは、4品に増えたサントリーの濃縮缶は対前年比で約3倍、「やさしい麦茶」単品では同1.5倍になる見通しだ(同社調べ)。
■なぜここまで麦茶が飲まれているのか
冒頭で「消費鉄則が崩れてきた」と記したが、「冬でも麦茶を飲む人」も増えた。
「当社の推定値では、出荷数量ベースで夏:冬の割合(※)は7:3となっています。冬の飲用量が増えたのもあり、富士経済の調査では2009年と2019年を比較すると、麦茶市場は4.5倍に急拡大しています」
「夏にごくごく飲む」イメージが強かった麦茶を、なぜ冬でも飲むのだろうか。
「まずは健康意識の高まりで『麦茶はノンカフェインで身体にやさしい』のが再認識されたと思います。また、昔から日本人に好まれる飲料で、子ども時代に飲み続けた経験を多くの人が持っています。暖冬で気温が高い日も多く、暖房の普及で室内は乾燥しがちといった要素も大きいのではないでしょうか」
疲労回復に効果があるとされるミネラルを多く含むという健康機能性もある。サントリー食品はペットボトルで「GREEN DA・KA・RA やさしい温麦茶」(500ミリリットル)を9月29日から発売し、濃縮タイプとの相乗効果をねらう。
※夏は6~9月、冬は11月~翌年2月の各4カ月間で比較
■「イエナカ消費」の障壁を取り除いた
ビジネス現場の商品開発には「消費者の障壁を取り除く」という視点もある。
ここでいう「障壁」にはさまざまな意味があるが、最も多いのが「ちょっとしたストレス」だ。あえて「ちょっとした」と記したが、これが重なるとかなりのストレスになる。
リモートワークで在宅時間が増えた人の声を聞くと「ペットボトル飲料の消費が増え、飲み終えて捨てる時にラベルをはがすのがストレス」という人が多い。商品によって、はがす部分も異なり、はがしにくいものもあるからだ。
これを「それぐらいガマンしろ」と考えるか、「障壁を取り除く」と考えるか。開発者の感度もあるだろう。実際に「ラベルレスのペットボトル」を出し、消費者に支持されているメーカーもある。
コロナ禍で以前のような外出・遠出もままならないご時世。「自宅にいる時間が長いので、以前に比べて家の中の細かい部分が気になる」という声も聞く。
濃縮系の急拡大は「イエナカ消費の障壁を取り除いた」例ともいえよう。
■認知度をどう上げていくかが課題
成長が続く「濃縮系飲料」にも課題は残る。店頭露出が少ないので消費者に気づいてもらいにくいのだ。
拡大したとはいえ、濃縮系市場の「431億円」は、飲料市場全体「5兆2066億円」の1%にも満たない。その割合ゆえ、店頭での販売展開はまだまだ限られる(2019年「富士経済」調べ)。
ただし、興味深いのはサントリーが手応えを感じていることだ。
筆者は同社を以前から取材してきた。手前みそだが10年前のビジネス誌で「ウイスキーのハイボール復活劇」を取材し、記事にこう書いた(一部要約)。
「サントリーは、『行ける』と思うと一気に展開するのが得意だ。サントリーラグビー部(サンゴリアス)の連続攻撃のように、二の矢、三の矢での展開で、胃袋縮小時代に挑む」
この認識は今も変わっていない。当初、濃縮系飲料は「やさしい麦茶」だけで進める予定だったが、好評を受けて「伊右衛門」や「サントリー烏龍茶」など二の矢、三の矢を放った。世代や担当者も変わったが、企業のDNA(遺伝子)として根付く。
これから寒さが増す時期を迎える。「冬の麦茶」「濃縮系飲料」がどう動くか。ラグビー観戦するような気持ちで展開を見続けたい。
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経済ジャーナリスト/経営コンサルタント
1962年名古屋市生まれ。日本実業出版社の編集者、花王情報作成部・企画ライターを経て2004年から現職。「現象の裏にある本質を描く」をモットーに、「企業経営」「ビジネス現場とヒト」をテーマにした企画・執筆多数。近著に『20年続く人気カフェづくりの本』(プレジデント社)がある。
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(経済ジャーナリスト/経営コンサルタント 高井 尚之)
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