「実は災害支援のプロ」トヨタ自動車が被災地で絶対にやらないこと
プレジデントオンライン / 2020年12月2日 9時15分
■トヨタの危機管理人が振り返る
危機管理人の朝倉正司もまた災害現場で、復旧を行った体験がある。彼の支援活動デビューは2007年の新潟県中越沖地震だった。
朝倉は会社生活のうち、前半の10数年間は生産技術部。その後は生産調査部にいた。上司は林南八、豊田、友山。そこでまた10数年、働いた。
「危機管理を担当する前に生産調査部にいたのですが、通常の仕事のやり方が危機管理みたいなものでした。今はもう残業もできないけれど、当時は『明日の朝までに生産ラインを直しておけ』という世界でした。豊田も友山も林さんに言われて走り回ってましたね。今、生産調査部は80名ほどいますけれど、当時は20人くらいでしたから、なんでもかんでもやらなければならなかった」
朝倉の話。
――中越沖地震の時は柏崎にあったリケンの工場を復旧してピストンリングを作りました。僕が隊長で行ったのはあれが初めてのことでした。
リケンが作っていたピストンリングは自動車のエンジンにも使われていましたが、トヨタの車にはあまり使われていなかった。また、自動車だけではなく、クボタ、ヤンマーが作る産業機械のエンジンにも使われていました。ですから、リケンの支援は一般企業へ支援する先駆けだったと思います。
トヨタの危機管理としてもあの時は転機でした。復旧の方法は今も昔も生産調査部でやっていたやり方ですよ。作業を平準化して、ムダを省いてラインを引き直す。そうしたら、地震の前よりも生産性が向上するんです。うちとしては当たり前のやり方です。
■季節性商品だって生産を平準化できる
トヨタチームが支援に行き、ラインを立ち上げる時、最初にやることは作業の平準化である。
毎日、一定の生産量になることを目指す。ある日はたくさん作って、翌日はちょっとしか作らないといったロット生産、だんご生産では生産性は向上しない。
ただ、平準化するには前述したけれど、部品の仕入れも平準化しなければならない。作業する人間の勤怠管理も計画的にしなくてはならない。さまざまな改善の積み重ねがあって平準化が可能になる。
朝倉は言う。
「季節性のある商品の生産現場を指導した経験が危機の際の復旧作業に非常に役に立った」
朝倉の話。
――トヨタ生産方式の基本は平準化です。車という商材にシーズナリティはないんです。だから、平準化しやすいとも言えます。
かつて、モーターボートの会社に行ったことがあるんです。モーターボートって冬は売れない。そりゃそうですよ。漁船じゃないから冬に乗る人はいない。
季節商品を平準化するには稼働日を調整するしかない。夏は毎日、土日もないくらいに働く、その代わり、冬は週4日の稼働にする。そういう考え方はシーズナリティの商品を作っている現場の指導をしたことがなければ勉強できないわけです。
モーターボートだけでなく、オートバイもそうです。バイクも冬は売れないんですよ。売れるのは4月と決まっている。ただ、バイクの場合、北半球は冬ですけれど、南半球は夏でしょう。輸出商品であれば日本が冬の間に南半球に輸出する商品を作る手がある。
逆に夏は売れなくて、冬に売れるのが石油ストーブ。石油ストーブの場合も稼働日を調整し、夏は売れ筋の商品を作りだめする。冬はモデルチェンジした新商品を作る。
■危機管理とは「現場へ行き、においを嗅ぐ」
トヨタ生産方式は在庫を一定量にするのが原則ですけれど、シーズナリティのある商品の場合は在庫を持たざるを得ない。しかし、仕事は平準化するんです。
生産調査部で、シーズナリティのある商品の改善をやり、そこで得たものはあまり自動車の生産には役には立たない。しかし、災害支援で行く時、経験のひとつとしてすごく役に立つわけです。平準化するためのアイデアが出てくるわけですから。
ここで話は人工呼吸器に戻る。
「人工呼吸器を輸出すればいい」とアイデアを出せばいくらでも増産ができるわけだ。
「日本で使う量が決まっていますから、特に生産量を増やさなくていいんです」といった商品の生産支援に行った時、トヨタの人間はそこまでやる。
朝倉は話をこうまとめた。
「トヨタの危機管理はとにかく現場へ行け、なんです。新型コロナ危機では現場へ行けないから苦労しましたけれど、それでもリモートで現場の様子を毎日、見ました。だが、においを嗅ぐことができなかった。うちは、見てこい、においを嗅いでこいなんです。そして、見たやつ、においを嗅いだやつの言葉を尊重する。だから、そいつが指示を出す。現場で仕事をした経験がなければ、危機管理はできません」
■支援する時に「やってはいけない」こと
支援、あるいはトヨタ生産方式を広める際には「やってはいけない」原則がある。
それは協力会社が復旧し、以前よりも生産性が向上し、利益が出る体質になったとする。その情報は調達部門には伝えないということだ。
朝倉は解説する。
「これまた人の道です。たとえば、トヨタがある部品を100円で仕入れた。買い入れ価格は100円。そこには協力会社の利益が乗っている。支援なり、改善をすれば、僕らは原価構成を知ってしまう。材料費がいくらで、工数がこれだけだから、利益はこれくらいになるとわかる。僕らが入って10円の儲けが20円になったとする。だが、その情報は調達には伝えないし、利益が増えたから買い入れ価格を下げるなんてことはしないんですよ。
かつてはそういうことをやったかもしれない。しかし、それをやると、改善も支援も来てくれるな、となる。当たり前ですよ。いろいろ指導されて、ラインの人数を少なくしろと言われて、あげく安くしろと言われたら、誰もついてきませんよ。これはもう原則です」
トヨタと言えば「乾いたぞうきんを絞る会社」「協力会社に毎年、値下げを迫る会社」と思われている。実際、協力会社に原価低減を迫ることはある。しかし、支援や改善の結果、交換条件としてそれを持ち出すことはない。
※この連載は『トヨタの危機管理』(プレジデント社)として2020年12月21日に刊行予定です。
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ノンフィクション作家
1957年東京都生まれ。早稲田大学商学部卒業後、出版社勤務を経てノンフィクション作家に。人物ルポルタージュをはじめ、食や美術、海外文化などの分野で活躍中。著書は『トヨタの危機管理 どんな時代でも「黒字化」できる底力』(プレジデント社)、『高倉健インタヴューズ』『日本一のまかないレシピ』『キャンティ物語』『サービスの達人たち』『一流たちの修業時代』『ヨーロッパ美食旅行』『ヤンキー社長』など多数。『TOKYOオリンピック物語』でミズノスポーツライター賞優秀賞受賞。noteで「トヨタ物語―ウーブンシティへの道」を連載中(2020年の11月連載分まで無料)
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(ノンフィクション作家 野地 秩嘉)
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