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「日本の農業に必要なのは大規模化」という発想は根本的に間違っている

プレジデントオンライン / 2021年2月28日 11時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/okugawa

日本の農業を維持するには、なにが必要なのか。埼玉大学大学院の宮崎雅人准教授は「政府は農業の大規模化を進めようとしているが、間違っている。ほとんどの農家は、規模を拡大してもコストを削減できない」という――。

※本稿は、宮崎雅人『地域衰退』(岩波新書)の一部を再編集したものです。

■農業の大規模化を進める農林水産省

前章では、地域衰退の現状と要因について、産業の動向を中心に検討を行った。1960年代から70年代にかけて農林業や鉱業といった基盤産業が衰退した地域で人口流出が進み、それにともなって小売業や個人向けサービス業も衰退した。

さらに、地域の高齢化率が著しく高まり、社会保障給付が医療・介護を中心とした地域の産業構造を形づくった。しかし、こうした産業は、基盤産業にはなりにくく、その地域の財政も厳しい状況にある。

こうした基盤産業と地域の衰退に対して、国はどのような取り組みを行ってきたのか。本章で見ていこう。

これまで国が行ってきた、基盤産業と地域の衰退に対する政策の多くに共通するのは、規模を大きくすることによって衰退を食い止めようとする考え方である。これを「規模の経済」的政策対応と呼ぶこととしよう。こうした政策の代表例として、農業の大規模化がある。農林水産省はホームページ上で子ども向けに大規模化のメリットを次のように説明している。

――農業の大規模化のメリットはなんですか。

大規模化をおこなうと、農家一定の面積あたりの作業労働時間が減少したり、生産するときの費用が下がったりします。たとえば、田植機が1回に8本ずつ植えていくのは、4本ずつ植えていくのより、同じ面積の田植えをするときに、2分の1の時間でできます。しかし、8本植えの機械は、4本植えの機械よりたいへん値段が高いので、小さな面積だとかえって費用が高くなります。

そこで、大規模化をおこなうと、効率的に機械が使え、費用が割安になります。農林水産省では、45年前から農家の大規模化と農地の整備を進め、費用削減と農家の所得確保をめざしていろいろな方法をとってきましたが、なかなか農家の大規模化は進みませんでした。

農家の規模拡大は、いろいろな問題があってなかなかむずかしいのですが、農林水産省では、いろんな法律を作ったり、昔作った法律を直したりしています。
〔農林水産省ウェブサイト「消費者の部屋」(国立国会図書館 2016年7月6日保存)〕

大規模化すればコストが削減され、効率化が進むというのである。

■大規模農業はコスト削減を実現しない

では、実際に農業の大規模化はどの程度進んでいるのであろうか。

図表1は、地域ブロック別に大規模農家の構成比を示したものである。農林水産省が、農業の実態を5年に1回調査している「農林業センサス」のデータによれば、2010年と15年とを比較して、北海道、東北、北陸において5ヘクタール(5万平方メートル)以上を耕作する経営体は、構成比で約2~3%ポイント増加している。

5ヘクタール以上の大規模農家の比率
出所=『地域衰退』

規模の拡大とともに、法人形態による農業経営が多くなっている。図表2は、農業経営体数と組織経営体(家族経営体以外のものを指す)のうち法人経営体数、さらにその割合を示したものである。この図表からわかるように、規模が大きくなればなるほど法人形態をとる農業経営体は増加している。

5ヘクタール以上の大規模農家に占める組織経営体のうち法人経営体の割合
出所=『地域衰退』

これらのデータから、農業の大規模化は少しずつ進んでおり、それは個人農家の拡大だけでなく、法人形態の経営体の拡大によって生じていることがわかる。

農業の規模が拡大していく中で、肝心のコストは削減されているのかが政策の効果を考える上で重要なポイントになってくる。すでに述べたように、農林水産省は農業の規模を拡大することによってコストを削減することが可能であると説明していたが、実際はどうなのだろうか。

これに関しては、実は規模が大きくなればなるほどコストが削減されるわけではないことが、すでにいくつかの研究で明らかにされている。

たとえば、秋山(2014)は、コメの生産において、個別経営の場合には7ヘクタール程度で、組織経営の場合には15ヘクタールで、10アール(0.1ヘクタール)当たり生産費の費用曲線は水平になり、規模の経済の効果が頭打ちになることを示している。

■日本の農家の約半数が大規模化のメリットがない稲作農家

また梅本(2014)は、比較的小さい規模で生産費がコストダウンの限界に到達してしまう理由を、規模が大きくなっても技術体系は変わらないこと、すなわち、機械体系、作業方式、耕種概要(単位面積当たりの作物の植え付け株数や肥料の量など)に関して、規模間でほとんど差がないことが大きいと説明している。

100ヘクタールを超える大規模経営も、5ヘクタールの経営も、作物の生産に必要な一連の工程である作業体系としては基本的に同じである。そのため、機械1セットと運転者一人の下では、10ヘクタール程度の規模で限界に達してしまうとともに、規模がN倍になれば機械もNセットになることから、生産・販売数の増減に関係なくかかる固定費は低下せず、一方では圃場数(ほじょうすう)の増加・分散化にともない、様々な非効率が発生することになる。

ここまで、コメの生産には規模の経済が働くわけではないことを詳しく述べてきたが、先に挙げた「農林業センサス2015」によれば、農業経営組織のうち約50%が稲作単一経営であるため、大規模化によるコスト削減に限界があることの意味するところは大きい。すなわち、農業経営組織の半分が規模の経済が働かないコメの生産に従事しているのである。

■人件費も増加し人材活用のノウハウも確立されていない

さらに、平石(2014)は、大規模畑作における規模の経済性の小ささを明らかにしている。

実際に大規模畑作が行われている北海道十勝地方では、10アール当たり農機具自動車費+労働費は、作付面積が10ヘクタールを超えたあたりで低減しなくなっている。また、家族労働力の下での耕作限界規模に達するほどの大規模経営では、100ヘクタールを超える経営体でさえも、家族労働力ではなく、家族以外の人を雇う雇用労働力を用いた経営のあり方は未確立である。すなわち、人を雇うための費用がその効果に見合わない。

納屋の中で深刻に悩む男性
写真=iStock.com/Instants
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Instants

こうした研究結果から、農業が大規模化されればされるほど農業者が規模の経済のメリットを享受して、農村地域が活性化するとは必ずしもいえない。たしかに大規模化にともなって収入は増加すると考えられるが、コスト削減の効果には限界があり、規模拡大に必要な人材活用のノウハウも未だ確立されていない。

衰退した地域でかつては基盤産業であった農業の活性化を、大規模化で図っていくのは難しいのである。

■農業を大規模化するほどコミュニティの質が低下する

農業を大規模化したところでコストを削減する効果には限界があることを明らかにした研究にとどまらず、農業が大規模化するほどコミュニティに悪影響を及ぼすことを明らかにした研究もある。

森田(2014)によれば、1940年代のアメリカにおいて、人類学者のウォルター・ゴールドシュミットが、カリフォルニア州セントラル・ヴァレーに位置する面積、産物、生産量、人口規模がほぼ同じで、農場のサイズだけが大きく異なっている2つのコミュニティを比較して調査を行った結果、農場の規模が大きくなるほど、コミュニティの生活の質は低くなるという主張を展開している。

ゴールドシュミットは生活の質を、銀行、新聞、学校、地域のクラブ、退役軍人協会、教会の数などで測り、農場の平均サイズが小さいコミュニティの方がむしろそうした施設の数が多いことを明らかにしている。

また、社会学者のロバオとストッファーランは、分業に基づく非家族経営の工業化された農業がコミュニティの幸福度に悪影響を及ぼすのか否かについて、1930年代から2000年代までの既存の研究を調査している。

その結果、51の研究のうち、82%が悪影響の証拠を示したこと(57%が著しく有害な影響、25%がいくつかの有害な影響)を明らかにしている。これらの影響は、様々な研究デザインを用いたもので、異なる期間と地域にわたって示されている。工業化された農業の有益な効果は少なく、家族経営よりも収入が大きくなるといった、主に所得に関係する社会経済的状況に限られていた。ただし、コミュニティの中の所得格差は大きくなる(Lobao and Stofferahn 2008)。

これらの研究から、我々は農業の大規模化が与える悪影響についても考えなければならない。「農業の大規模化が農村の活性化につながる」という単純な図式は成立せず、むしろ農村を衰退させる可能性すらあるのである。

■重要性が見直されている小規模農家

ここまで見てきたように、農業を大規模化することによってコストを削減するのには限界があり、「規模の経済」に基づいて衰退を食い止めようとする政策の効果には疑問が残る。むしろ大規模化が地域に悪影響を及ぼす可能性もある。

こうした懸念がある中で、近年では、小規模農家の重要性が見直されている。

国際連合は、2017年の国連総会において、2019~2028年を「国連家族農業の10年」として定め、加盟国および関係機関等に対し、食料安全保障確保と貧困・飢餓撲滅に大きな役割を果たしている家族農業に係る施策の推進・知見の共有等を求めている。

活動の柱としては、

①家族農業を強化する政策環境の整備・発展
②若者の支援と家族農業の世代を超えた持続可能性の確保
③家族農業のジェンダー公平性と農村女性のリーダーシップ的役割の促進
④知識の生産と農家の声の代表、都市と農村間をまたぐ包摂的なサービスの提供のための、家族農家組織と能力の強化
⑤家族農家や農村世帯・コミュニティの社会経済面での包摂性やレジリエンス、福利の強化
⑥気候レジリエンスあるフードシステム構築のための家族農業の持続可能性の促進
⑦地域開発、生物多様性・環境・文化を保護するフードシステムに貢献するイノベーションを促進するための多面的な家族農業の強化

の7つが挙げられている。

■地域を支えるのは小規模な家族単位の農家

また、国連食糧農業機関(FAO)によれば、家族農業は、開発途上国、先進国ともに、食料生産によって主要な農業形態(世界の食料生産額の8割以上を占める)となっており、社会経済や環境、文化といった側面で重要な役割を担っている。

宮崎雅人『地域衰退』(岩波新書)
宮崎雅人『地域衰退』(岩波新書)

日本の農林水産省も、家族農業経営については地域農業の担い手として重視しており、食料・農業・農村基本法に基づき家族農業経営の活性化を図ろうとしているとのことである(農林水産省「国連『家族農業の10年』2019‐2028」)。

なお、この基本法は、旧農業基本法に代わる農業に関する制度や政策等の基本方針を示す法律として1999年に定められ、食料の安定供給の確保、多面的機能の発揮、農業の持続的な発展、農村の振興、の4つを基本理念として掲げている。

農業生産だけでなく、地域を支えるのは小規模な家族単位の農家であり、大規模な農業法人ではない。政府は、農業の規模を拡大することによって地域の衰退を食い止めようとするのではなく、小規模農家を前提に、いかにして農業を守り、地域を守っていくかを中心に据えて政策を展開すべきである。

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宮﨑 雅人(みやざき・まさと)
埼玉大学大学院人文社会科学研究科 准教授
1978年生まれ。慶應義塾大学大学院博士課程単位取得退学。博士(経済学)。専門は、財政学・地方財政論。著書に『自治体行動の政治経済学』(慶應義塾大学出版会)。『地域衰退』(岩波新書)。共編著に『収縮経済下の公共政策』(慶應義塾大学出版会)がある。

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(埼玉大学大学院人文社会科学研究科 准教授 宮﨑 雅人)

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