「本が売れない時代に毎月9万部」鉄道ファンが紙の時刻表をいまだに買い続けるワケ
プレジデントオンライン / 2021年10月10日 10時15分
■インターネットに「便利」を奪われた時刻表
ヒット商品には2つの要素がある。「便利」あるいは「楽しい」だ。本で言えば『会社四季報』『ポケット六法』「住宅地図」は「便利」カテゴリー。『少年ジャンプ』など漫画雑誌は「楽しい」カテゴリー。「楽しくて便利」な商品が最強だけど、本の世界では「便利」な商品が廃れつつある。「便利」は「もっと便利」な手段に交代していくからだ。
鉄道も同じ。船や馬車より便利だから発達した。そしてもっと便利なマイカーやバスに客を奪われてきた。
月刊時刻表はかつて「便利」カテゴリーの筆頭だった。全国の鉄道を網羅し、運賃の算出方法、航空ダイヤや旅館リストも載っている。しかしご存じの通り「もっと便利」が現れた。インターネットの乗り換え検索サイトだ。
その機能が増し、精度が高くなるにつれて時刻表の部数は減っていった。乗り換え検索や地図アプリのルート検索は地方のバス会社も対応しはじめており、月刊時刻表に載せきれないニッチな情報も入手できる。こうなると月刊時刻表のほうが不便になってくる。
■不便になっても毎月9万部売れ続ける理由
それでも、老舗『JTB時刻表』(JTBパブリッシング)の発行部数は媒体資料によると平均4万部。ライバルの『JR時刻表』(交通新聞社)は5万部。どちらも全国ダイヤ改正号は増刷している。
こうして月刊時刻表が刊行され続ける理由は「楽しい」と思って買ってくれる読者がいるからだ。もちろん業務で「便利」に使う人もいるだろうけれど、現在の月刊時刻表は「旅行趣味誌」といえる。
JTB時刻表の主な読者層は30代~50代で、男性75%、女性25%。「約8割が旅行の計画に使用し、約4割は持参しています」「鉄道旅行に関心のある読者が多く、日常的な情報収集を目的としても購読されています」と説明されている。JR時刻表の読者層も似ているけれども「全国の駅の旅行センターやみどりの窓口でも使用」と説明されているので、運輸業界のビジネス需要がある。
いずれにしても、時刻表を便利に使ってきた読者の大半は乗り換え検索サイトに「乗り換え」てしまった。現在の月刊時刻表は旅行趣味誌だ。巻頭カラーや付録など、鉄道ファン向けのお楽しみ企画を毎号展開している。
■乗り換え検索と月刊時刻表の旅の違い
筆者は今年の春に日本全国の旅客鉄道路線(廃線になった路線を含めて29332.9km)を乗り終えた。乗り鉄を始めて半世紀。20年ほど前まで、旅の計画といえば時刻表を駆使していたけれども、現在は乗り換え検索サイトを使う。もちろん便利だからだ。
しかし、全国ダイヤ改正となる4月号と、旅に出る月の時刻表は必ず買う。ダイヤ改正号は変化を探す楽しみがある。旅に出る月の時刻表を買う理由は2つ。「楽しく乗るため」と「書くため」だ。
「楽しく乗るため」の使い方として、高知県の甲浦(かんのうら)の旅を例に挙げる。いきなり知る人ぞ知る地名を出したけれども、この地を走る阿佐海岸鉄道で、今年から「DMV(デュアルモードビークル)という、道路と線路の両方のモードを備えた車両が実用化される。その取材だ。
乗り換え検索サイトを使うと、東京近郊にある筆者の最寄り駅から羽田空港へ行き徳島空港へ飛ぶ経路が出る。徳島空港から連絡バスで徳島駅、JR牟岐線と阿佐海岸鉄道を乗り継いで甲浦に至る。
鉄道で行きたいからと「空路」のチェックを外すと、新幹線で岡山へ行き、特急「うずしお」で徳島駅へ、そしてJR牟岐線と阿佐海岸鉄道を経由する。この2つのルートは「最短」「最安」つまりもっとも便利なルートだ。会社の出張ならこの二者択一になるはずだ。
■時刻表を開くと止まらない妄想の鉄道旅
しかし筆者はここで月刊時刻表を開く。巻頭地図がある。
甲浦から周辺へ視野を拡大すると、「高知空港へ飛んで、そこから『土佐くろしお鉄道ごめん・なはり線』に乗り、バスを乗り継いで室戸岬を経由するルート」が見えてくる。あるいは「大阪から高速バスで淡路島を通り抜けて徳島」、または「和歌山港から徳島までフェリー」も楽しそうだ。
ルートが見えてきたら、それぞれの交通機関について、あらためて乗り換え検索サイトで調べる。ここは時刻表を使わなくてもいいけれども、時刻表を開くとまた発見がある。
JTB時刻表10月号の358ページ、ごめん・なはり線を見ると「オープンデッキ車両で運転」とある。しかも普通列車扱いで特別料金はいらない。高知駅10時16分発の列車だ。これに乗っちゃおうかな、というわけで予定を組み直す。羽田からの飛行機を遅らせてもいいかもしれない。
いやまてよ、四国に行くならば、東京発高松行きの寝台特急「サンライズ瀬戸」があるじゃないか。高松着は7時27分。乗り換え検索サイトは、徳島方面へすぐに乗り継げと表示するだろう。しかし、高松で朝飯としようじゃないか。次の発車は何時だ。いやまて、サンライズ瀬戸は、11月までの金曜土曜は琴平へ延長運転すると書いてある。いったん琴平に寄ってみようか……。
どのルートも楽しそうで、比較しはじめるとキリがない。乗り換え検索サイトのルートにするとしても、さらに時刻表でたどっていくと、その前後を走る列車がおもしろそうだったり、途中で停車時間が長い駅があったり。そこでなにをしようかと妄想旅もできる。乗り換え検索サイトだけで旅を計画したら、こんなに旅を広げられない。
■乗り換え検索に「思い出」は表示されない
ショッピングサイトには購入履歴を表示する機能がある。過去になにを買ったかわかる。しかし乗り換え検索はいまのところ、現在と未来しか調べられない。さかのぼっても1カ月くらいだ。検索履歴をメモする機能もあるけれど、そのルート以外の交通状況はわからない。
しかし、月刊時刻表はいつまでも手元に置ける。旅したときの時刻表があれば、自身が乗った列車と他の列車の関係を確認できる。
筆者は旅の記録を文章で残し、「のらり」というコラムサイトで連載している。「乗り鉄」が終わったら「書き鉄」だ。旅から帰ってすぐに書ければいいけれど、現実にはすぐに着手できない。旅が時事的な取材であれば、その原稿を優先する。旅の間に書けなかった原稿もある。仕事を優先すれば自分の旅の記録は後回しだ。
1日の旅を詳しく書けば3~4週にわたる。不本意ながら、現在は2021年10月だというのに、2018年の夏の旅を書いている。写真とメモがあるから記憶は再生できる。しかし「あのときすれ違った列車はなんだっけ」「予定とは違う列車に乗ったな」となると、実際の行程を再確認したくなる。しかし乗り換え検索サイトは3年前のルートを教えてくれない。
こんな時は月刊時刻表が頼りになる。時刻表を買う理由は、何年か後で「書くため」だ。旅を書き終わって、やっとその月の時刻表が用済みとなり、処分できる。ひとつの旅を3回楽しめる。計画、実行、思い出の記録だ。
■時刻表の「行間」にあるミステリー
旅の計画をしなくても時刻表は楽しい。これはもう趣味的すぎて恥ずかしいけれど、時刻表は列車の運行以外に隠されたメッセージがある。もっともわかりやすい例は「土休日運休」だ。大都市の鉄道のほとんどは、平日ダイヤと休日ダイヤに分かれている。通勤通学需要が大きく変化するからだ。
JTB時刻表の東海道本線東京―熱海間を見ると「土曜・休日運休」と「土曜・休日運転」の列車が並んでいる。ほぼ同じ運転時刻で、いくつかの駅だけ差異がある。いっそ平日と土曜休日のページを分けてほしいと思う。
しかしこれは全体のページ数を減らす工夫だ。平日と土曜休日のページを分ければ、どちらも共通で運転する列車を2回掲載することになる。ページ数が増える。時刻表は第三種郵便物取り扱い上限の1kgに納めるため、紙質やページ数を工夫して軽量化している。
地方のローカル線のほとんどで、平日と休日のダイヤは共通である。しかし、その中で朝と夕方に「土曜・休日運休」という列車があったら、それは通学専用列車で、朝の到着駅付近に高校や大学があると推測できる。この列車は平日に乗っても混雑していそうだから避けようと思う。
特定の日に特急が臨時停車していたら、おそらく祭など大きなイベントがあるはずだ。日付と駅名をネットで検索すれば答え合わせができる。臨時列車が多い日も怪しい。10月ごろの時期だと、一週間程度連続して臨時列車や臨時停車があったら、沿線に紅葉の名所がある。
■沿線の観光情報を推理するディープな楽しみ方も
JTB時刻表10月号の188ページ。11月7日から30日まで、特急はまかぜ1号は加古川駅に臨時停車。特急スーパーはくと3号は相生に臨時停車。これもあやしい。同じ期間で離れた駅の臨時停車。何が起きるのだろう。時刻表をぼんやり眺めていると、そんな不思議な情報がいくつかみつかる。確かめに行きたくなる。
東海道本線のページに「特急あたみ」という臨時列車がある。11月6日と7日、青梅発8時41分、熱海着11時17分。武蔵野線と貨物線を走る珍しいルートだ。11月7日に熱海海上花火大会があるから設定された列車だろう。
定期列車では、東京発19時ちょうどの安房鴨川行き「特急わかしお17号」と、東京発21時ちょうどの「特急わかしお21号」に注目する。勝浦まで特急列車で運転し、勝浦―安房鴨川間は普通列車扱いになる。もちろんこの区間の特急券は不要。地元の人々は特急車両のおトクな普通列車として知られているかも。
これらの列車は乗り換え検索サイトにも登録されているだろう。しかし運転日と運転区間を知らなければ表示できない。それを知っていれば乗り換え検索で調べる必要も無いわけで、月刊時刻表をぼんやり眺めていたからこそわかる発見だ。
■列車ダイヤ再現という鉄道ファンの遊び方
さらにマニアックな遊び方として、列車のすれ違いや追い越しの推理もある。新幹線こだまで、隣の駅までの所要時間が他のこだまより長く見えるときがある。これは発車時刻のみ表示しているからで、実際の所要時間は変わらず、停車時間が長い。この駅でのぞみに追い越される。単線のローカル線も同様で、上りと下りの停車時間が重なっていれば、その駅で行き違いが行われる。
こうした列車の動きは、時刻表をめくるだけではなく、図示するとわかりやすい。タテ軸を時刻、ヨコ軸を駅としてナナメの線で列車を表すと、すれ違いも、追い越しもひと目でわかる。
もともと列車の運行計画はこのようなダイヤグラムで描かれており、それを数字に翻訳して時刻表ができている。それを逆に再現するわけだ。こういう遊びをするためのツールがフリーウェアとして公開されている。
ステイホーム期間は時刻表の謎と向き合い、列車の乗り継ぎルートをたどって空想旅行を楽しんだ。しかし、時刻表と向き合うと乗りに行きたくなってしまう。月刊時刻表の巻頭におトクなフリーきっぷの紹介ページもある。これも乗り換え検索では出てこない。
アフターコロナの楽しみは、時刻表の謎を確かめに行く旅だ。
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鉄道ライター
1967年生まれ。都立日比谷高校卒。信州大学経済学部、信州大学工学系研究科博士前期課程終了。経済学士。工学修士。IT系出版社でPC誌、ゲーム雑誌の広告営業を担当した後、1996年からフリーライター。ウェブメディア勃興期にニュースメディアで鉄道ニュースデスクを担当したのち、主にネットメディアで鉄道分野を主に執筆。
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(鉄道ライター 杉山 淳一)
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