「飲み続けると強くなる」は本当だが、そもそも飲酒量はゼロのほうがいい…「お酒と健康」をめぐる3つの真実
プレジデントオンライン / 2023年11月3日 13時15分
※本稿は、葉石かおり『生涯お酒を楽しむ「操酒」のすすめ』(主婦と生活社)の一部を再編集したものです。
■「ちょっと飲む人」のほうが、死亡リスクが低い?
Q 「酒は百薬の長」……じゃないって本当?
A 昔から、「酒は百薬の長」といわれてきましたが、どうやらそれは正しくないようです。少量の飲酒でも病気やがんのリスクを高めるという、お酒好きにとっては衝撃的な事実が明らかになりました。
「酒は百薬の長」というフレーズは、お酒好きの弁解の定番。これを裏付けるのが「Jカーブ効果」です。1日平均純アルコール換算での消費量が、男性なら20g程度、女性なら9g程度までであれば、まったくお酒を飲まない人よりも死亡リスクが減るという海外の調査機関によるデータ(図表1)で、グラフの形状が「J」の字に似ていることからJカーブといわれています。
■「百薬の長」になるのは一部の疾患に対してだけ
日本でも、40~69歳の男女約11万人を9~11年間追跡したコホート調査の結果、総死亡率では1日平均純アルコール23g未満で最も死亡リスクが低くなることがわかっています。
厚生労働省が2000年に発表した「健康日本21(第一次)」の中で、「節度ある適度な飲酒」と明記されていますが、これら国内外のデータがその根拠となっています。
Jカーブはお酒好きたち(私を含め)にとっては、飲酒をする際の安心材料となるありがたいデータとして知られてきましたが、疾患別に見ると、どうやらすべての疾患においてこの法則が当てはまるとはいえないことがわかっています。
心疾患や脳梗塞、糖尿病などの病気については、確かに少量の飲酒によって死亡リスクが低下する傾向が確認されていますが、高血圧や脂質異常症、脳出血、乳がんなど、飲酒量が増えると少量であってもリスクが着実に上がる病気も多くあるのです。
心疾患や脳梗塞、糖尿病の罹患(りかん)者数のほうが圧倒的に多いため、トータルとしてグラフがJカーブを描いているにすぎなかったというのが真相のようです。
■「飲酒量ゼロのほうが健康によい」というデータ
さらにショッキングなのが、2018年8月に世界的に権威のある医学雑誌『Lancet(ランセット)』に掲載された研究結果です。この論文で、健康への悪影響を最小化するなら飲酒量はゼロがいいことが報告されました。
また、2019年に産業医科大学高年齢労働者産業保健研究センター教授の財津將嘉さん(論文発表当時は東京大学大学院医学系研究科公衆衛生学教室助教)らが日本人を対象に研究した論文「低~中程度の飲酒のがんへの影響」では、飲酒をしなかった人が最もがんの罹患のリスクが低く、飲酒した人のがん全体の罹患リスクは、飲酒量が増えるにつれて上昇すると報告されています。
具体的には、1日純アルコールにして23g(日本酒1合程度)の飲酒を10年間続けることで、お酒をまったく飲まない人よりも、なんらかのがんにかかるリスクが1.05倍上がるというのです。
「たったそれだけ?」と思うかもしれませんが、これは1日23gのアルコールを10年間摂取した場合の数字。23gよりも多く、20年、30年と飲酒を続けたら確実にがんのリスクは上がっていくということを忘れてはいけません。この論文からもわかるように、「酒は百薬の長」はもはや過去のものといえそうです。
■アルコールの分解力は性別、体重、年齢で異なる
Q お酒に「強い人」と「弱い人」、何が違う?
A アルコール(より正確にはアセトアルデヒド)の分解力は、性別、体重、年齢によって異なります。主な要因となるアルコールの分解力は遺伝により決まっていて、まったく飲めない人は、訓練しても強くはなりません。
酒に強いかどうかは「アセトアルデヒド」という物質の分解力で決定されるといわれています。アルコールはまず、胃や小腸で吸収され、主に肝臓でアセトアルデヒドに分解されます。アセトアルデヒドはさらに分解され、無害な酢酸になります。
アセトアルデヒドを分解してくれるのはALDH2(アルデヒド脱水素酵素)という酵素で、この酵素の活性が強いかどうかが、お酒の強さに関連しているのです。
■肝臓が小さい女性は、男性よりもリスクが高い
ALDH2は、アルコールの分解力の強さによって、「活性型」(強い)、「低活性型」(弱い)、「失活型」(ほとんど分解しない)の3タイプに分類されます。活性型の人はお酒に強く、低活性型の人はお酒に弱い体質です。そして失活型の人は、お酒を飲めない下戸体質なのです。このALDH2の型は、遺伝によって決まっています。
また、お酒の強さは、性別や体重、年齢によっても異なります。女性は男性よりも肝臓が小さいため飲酒の影響を受けやすく、少量のアルコールでも肝臓障害や依存症のリスクが高くなります。
アルコールによるさまざまな影響は、体内の血液量、水分量、肝臓の大きさによって異なります。一般的には体の大きい男性のほうが影響を受けにくい傾向にあります。
さらに、本書の別の項で詳しく述べますが、加齢によってお酒に弱くなります。
■「飲んでいるうちに強くなった」はあり得る
「もともとはお酒に弱かったが、飲んでいるうちに強くなった」「前よりも量を飲めるようになった」――お酒好きの間では、そんな声をたまに耳にします。実は私もその1人です。それにはこんな理由があります。
アルコールの分解経路には、アルコール脱水素酵素(ADH1B)とアルデヒド脱水素酵素(ALDH2)を使って分解する“もともとの経路”と、ミクロゾームエタノール酸化酵素系(MEOS(メオス))という酵素群を使って分解する“新たにできる経路”の2種類があります。お酒に強い人は、ALDH2の活性が高いので、ADH1B→ALDH2の経路でどんどんアルコールを分解します。
一方、お酒に弱い人は、ALDH2の活性が弱く、なかなかアルコールを分解することができませんが、飲み続けるうちにもう1つの経路=MEOSの経路を使って分解されるようになります。
このMEOSの経路は、お酒を飲めば飲むほど盛んに使われるようになります。もともとはお酒が弱くても飲み続けると強くなるのはこういうわけなのです。しかしこれは一過性なので、しばらく飲まないでいるとまたもとに戻ります。
ただし、ALDH2が失活型の人は体質的に飲めない人なので、飲んで強くなることはありません。強くなろうと思って無理に飲むと危険なので要注意です。
■薬とアルコールの「飲み合わせ」には要注意
ところでMEOSは、本来は薬などの「異物」を分解するための酵素です。飲酒によって、MEOSが大量に分泌されるようになると、薬が効きにくくなったり、逆に効きすぎたりするようになることがあります。
薬の説明書に「服用の際、アルコールは控えてください」と書いてあるのに気づいたことはあるでしょうか。お酒と薬を一緒に飲むと、酵素の取り合いになってしまい、薬が完全に分解されないまま血中に入ってしまうことになります。そのため、薬が効きすぎてしまうのです。
ちなみに、グレープフルーツにも同様の作用があります。グレープフルーツに含まれる成分がMEOSの酵素の働きを一部疎外してしまうのです。そのため特に、カルシウム拮抗薬(降圧剤)を飲んでいる人は、薬が効きすぎて血圧が過剰に下がることがあるので要注意です。
■「酔っている症状」の犯人はアセトアルデヒド
Q お酒の強さは遺伝子で決まっていて、変えることはできない?
A お酒の強さは遺伝的に決まっています。遺伝子のタイプを変えることはできませんが、どのタイプかを調べれば、自分がお酒に強いか弱いかがわかり、潜在的な病気のリスクを知ることもできます。
お酒を飲んで顔が赤くなる、冷や汗をかく、動悸(どうき)がするなどはフラッシング反応と呼ばれ、アルコールの代謝の過程でできるアセトアルデヒドの毒性が原因です。メカニズムを説明すると、アセトアルデヒドの作用によって毛細血管が拡張され顔が赤くなります。また、アセトアルデヒドによって交感神経が刺激されるため脈拍が上がり、その結果として血圧が上がって冷や汗が出るなどの症状が引き起こされるのです。
フラッシング反応の有無は、アルデヒド脱水素酵素(ALDH2)の活性の強さによります。活性が強い人はフラッシング反応が起こりにくく、弱い人はフラッシング反応が起こります。
ただし、毛細血管への反応については個人差があり、低活性型や失活型であっても顔が赤くならない人もいます。「顔が赤くならないのでお酒に強い」と思っていたら実は失活型や低活性型だった、ということもあるので、注意が必要です。
■日本人の4割は「お酒に弱い遺伝子」をもっている
さきほど述べたようにALDH2には3つの型があり、どの型かは遺伝子によって決まっています。
活性型(NN型)は、両親から分解能力の高い遺伝子を引き継いでいます。飲んでもアルコールをどんどん分解し、フラッシング反応もほとんど起こりません。
低活性型(ND型)は、分解能力が高いN型と分解能力が低いD型の遺伝子を引き継いでいます。飲めなくはありませんが、基本的に弱く、フラッシング反応も起こります。
両親からアルコールに弱い遺伝子だけを引き継いだのが失活型(DD型)で、ほとんどお酒を飲めません。奈良漬けを食べただけで赤くなる人もいますが、それもこのタイプです。
人種でいえば、日本人などの黄色人種は50%が活性型、40%が低活性型、10%が失活型といわれています。一方、黒人や白人はほとんどが活性型です。
■「低活性型」の人の飲みすぎは危険
活性型の人はお酒に強い分、多量飲酒が常習化しやすく、アルコール依存症にもなりやすいので注意が必要です。
失活型の人は、そもそもアルコールを分解できない体質なので、短時間に大量飲酒をすると急性アルコール中毒になる可能性があります。無理に飲む必要はありませんし、すすめられてもきっぱり断りましょう。
注意してほしいのが低活性型の人です。さきほど述べたように、飲み続けるとMEOS経路が活性化し、一時的にお酒に強くなりますが、もともとはアルコール耐性が低いので活性型に比べてお酒が残りやすく、アセトアルデヒドの毒性に長くさらされることになってしまいます。その結果、強いフラッシング反応があるだけでなく、活性型の人よりも咽頭がんや食道がんなどの罹患リスクも高まってしまうのです。
■自分が何型か知るための検査キットがある
「顔に出ないから強いと思っていたら実は低活性型だった」「失活型と知らずに飲んで気分が悪くなった」ということがないよう、自分の遺伝子型を知っておきましょう。
ALDH2の活性だけでなく他の病気の罹患リスクなどを知るためにも有効です。調べ方としては、1つには、市販の「アルコール感受性遺伝子検査キット」を使用する方法があります。
口腔(こうくう)粘膜を付属の綿棒を使って自分で採取し、検体を検査機関に郵送すると、数週間後に結果が郵送されてきます。この検査では、自分のアルコール耐性がわかるだけでなく、病気のリスク、体質特性などを知ることができます。金額は5千円~1万5千円といったところです。
もっと安価に調べたいなら、「アルコールパッチテスト」という方法があります。
市販の消毒用アルコールを脱脂綿に含ませ、上腕部の内側に7分間テープなどで固定、はがした直後と10分後に、脱脂綿を当てていた箇所の肌の色を観察します。肌の色が変化しないのがALDH2活性型、10分後に肌が赤く変化するのが低活性型、脱脂綿をはがした直後から赤くなるのが失活型です。ただ、まれに失活型でも赤くならない人がいるので、正確に調べたいなら遺伝子検査がよいでしょう。
■一生健康でお酒を飲むために、ぜひ「操酒」を
自分のタイプを知っておくことで、無理な飲み方をしなくなりますし、病気のリスクを知っていればそれを回避しながらお酒を飲んだり、日々の食事や生活習慣にも気をつけたりするようになります。長くお酒と付き合うためにも、ぜひ調べておくことをおすすめします。
そうした知識を踏まえたうえで、ぜひ「操酒」を実践してみてください。「操酒」とは私が考えた造語で、酒量をセルフコントロールするためのメソッドのことです。
基本的に減酒や禁酒は病気のリスクを回避するために行うもので、大概が医師や家族から注意を受け行うため、モチベーションを保つことが難しく挫折しがちです。一方、「操酒」は“一生健康でお酒を飲む!”という思いをベースに、現況の酒量を可視化した後、自分の意志で酒量をコントロールします。誰かから指示をされて酒量を減らすのではなく、自身で気づき、自らの意志で行動を変えていくので、長続きします。
私自身、「操酒」によって酒量を大幅に減らすことができ、体重は8キロ減、200近くあった中性脂肪は83まで下がりました。「操酒」の最終目標は、休肝日をとりながらメリハリをつけてお酒を楽しめるようになること。「断酒」や「減酒」とは似て非なるものが、「操酒」なのです。
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酒ジャーナリスト・エッセイスト
1966年、東京都生まれ。日本大学文理学部独文学科卒業。「酒と健康」「酒と料理のペアリング」を核に各メディアで活動中。「飲酒寿命を延ばし、一生健康に酒を飲む」メソッドを説く。2015年、一般社団法人ジャパン・サケ・アソシエーションを柴田屋ホールディングスとともに設立し、国内外で日本酒の伝道師・SAKE EXPERTの育成を行う。現在、京都橘大学(通信)にて心理学を学ぶ大学生でもある。著書に『酒好き医師が教える最高の飲み方』『名医が教える飲酒の科学』(ともに日経BP)、『日本酒のおいしさのヒミツがよくわかる本』(シンコーミュージック)、『死んでも女性ホルモン減らさない!』(KADOKAWA)など多数。
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(酒ジャーナリスト・エッセイスト 葉石 かおり)
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