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アフリカでは「エアコンのサブスク」が正解だった…ダイキンがたどり着いた「高価な日本製品」の正しい売り方

プレジデントオンライン / 2024年2月23日 11時15分

タンザニアでダイキンが設立した合弁会社、Baridi Baridiの現地向けウェブサイト

■「高性能・高品質」だけでは世界で勝てない

ダイキン工業(以下「ダイキン」)は、言わずと知れた日本におけるエアコンのトップ・メーカーである。オフィスや商業施設や家庭などにおいて、空調の快適さと節電を両立させる高性能と、故障が少なく長期間安定して使い続けられる高品質を兼ね備えたエアコンを、世界各地で販売。グローバルな優良企業としての地位を高めている。

世界的にジャパン・クオリティーへの評価は高い。とはいえ日本企業としては、高性能・高品質の製品をつくっていれば、それだけで世界の市場を席巻できるわけではない。グローバル・マーケティングの観点からいえば、高性能・高品質を備えていても、それだけでは販売拡大にはつながらないことが少なくない。

ダイキンをはじめとする高度な日本製品には、一方で深刻な弱点がある。グローバルに見れば、優良な日本企業が手掛ける製品の多くは、価格が高い。昨今の円安はこの問題の解消への追い風だが、現在くらいの円安水準では、高性能・高品質の日本製品の多くが、ハイエンドの価格帯で販売されることに変わりはない。

高価格であるにもかかわらず、さまざまな国や地域の人たちに購入し、使ってもらうためには、マーケティング上のさまざまな工夫を凝らす必要がある。

グローバルな競争環境のなかにあって、ダイキンのエアコンは性能と品質の高さでトップレベルに位置する。しかし、購入する側から見れば、ダイキンのエアコンは価格もハイエンドである。この価格面でのビハインドを、世界の各地ではね返していかなければ、グローバルな販売拡大にはつながらない。

■サブスクという新しいアプローチ

では、どうすればよいか。グローバル・マーケティングにおいては、そこにひとつの万能解があるわけではない。ダイキンもまた、国や地域によって異なる制度や慣習、連携が可能な企業の存在などによって参入のアプローチを変え、中国、アメリカ、ヨーロッパ、インドと、それぞれに異なるマーケティングを展開しながら着実に地歩を固めている。

その中で今回取り上げたいのは、近年ダイキンがアフリカのタンザニアで展開している、サブスクリプション(定額課金)モデルを用いたアプローチである。同社はこのアプローチによって、現地における事業拡大の手応えをつかんでいる。

それにしても、なぜタンザニアで、サブスクなのか。

■10台中7台のエアコンが「ゾンビ化」していたわけ

ダイキンは2020年、タンザニアでLEDランタンのレンタル事業を展開していたベンチャー企業WASSHA(ワッシャ)とともに、合弁企業Baridi Baridi(バリディ・バリディ)を設立。タンザニア最大の都市ダルエスサラームで、エアコンのサブスクリプションサービスの展開を進めている。同社で最高経営責任者(CEO)を務めるのが、ダイキンから派遣された朝田浩暉氏である。

タンザニアで開かれたダイキン販売店のイベントに参加したBaridi Baridiの朝田浩暉CEO(左から3番目)と、同社の仲間たち
写真提供=Baridi Baridi
タンザニアで開かれたダイキン販売店のイベントに参加したBaridi Baridiの朝田浩暉CEO(左から3番目)と、同社の仲間たち - 写真提供=Baridi Baridi

ダイキンはその前年の2019年から、WASSHAと連携してタンザニアでの新しいマーケティングを模索していた。農村部では電力網が未整備なタンザニアだが、都市部では電気が供給されるようになっており、薬局、洋服店、理髪店などの街中の店舗にもエアコンが普及しつつあった。

朝田氏は2019年からタンザニアを訪れ、現地の状況をつかもうとしていた。当時弱冠30歳だった朝田氏が、飛び込みで街のお店を訪問してみて驚いたのは、お店のエアコンの10台に7台ほどが、稼働していないゾンビ・エアコンと化していたことだ。

経済成長が続くとはいえ、タンザニアの産業の主力は農林水産業であり、依然として所得の水準は低い。一方で日本のような四季はほぼなく、一年中暑さが続く。エアコンの価値は大きいはずなのに、せっかく購入したはずのエアコンが放置され、酷暑のなかで使用されていない状況だった。

■電気代が高くて使い続けられない

通訳を介して聞いてみると、問題のひとつは、店舗などに設置されているエアコンのほとんどが格安エアコンであることだった。ダイキンのような高性能エアコンとは異なり、格安エアコンは電力消費量が大きく、それに伴って電気代も高くなる。価格面の魅力から格安エアコンを購入してみたものの、その後の電気料金の負担に店舗が耐えられず、スイッチを入れなくなるという事例が多発していた。

加えて、格安エアコンは品質面にも問題があり、故障が起きやすい。タンザニアではメンテナンス・サービスも未成熟で、故障したときの対処はやっかいなことになる。中韓メーカーは代理店や小売店に販売したら終わりという売り切りモデルで、メンテナンス・サービスのための教育などは重視していないようだった。これに嫌気を起こしたユーザーによって、多くのエアコンが壊れたまま放置されてしまっていた。

■中国・韓国メーカーのシェアが9割

ダイキンのエアコン事業はグローバルに成功しているとはいえ、アフリカ市場では苦戦しており、中韓メーカーがシェアの9割ほどを押さえている。Baridi Baridiの設立以前のタンザニアでは、ダイキンのエアコンは代理店を通じて年400台ほどがほそぼそと売られているにすぎず、専売店も傘下の販売会社も存在しなかった。

Baridi Baridiの設立に伴い、ダイキンがタンザニアに導入することにしたのは、インド工場で生産する冷房専用のエアコンである。その小売価格は低価格のモデルでも10万円程度で、これは同容量のLGやサムスンなど韓国メーカーのエアコンの1.5倍、ハイセンスやグリーなど中国メーカーのエアコンの2倍ほどの高価格である(一方で電気代は60%ほども下げられ、かつ停電が頻発するような使用環境でも故障が起きにくい仕様となっている)。

タンザニアのような新興国において、これほどの価格差はマーケティング上の大きな障壁となる。しかし、ここでダイキンが格安エアコンの投入に走ってみたところで、その先の明るい展望は開けない。ほぼ間違いなく生じるのは、中韓メーカーと価格で争うレッドオーシャンへの突入である。

ダイキンにとっての差別化のポイントは高性能・高品質である。それにともなう高価格の問題を解消できれば、その先にはブルーオーシャンが開ける。

■一つひとつ問題点をつぶしていった

朝田氏たちはフィールドワークで見いだした問題を一つひとつつぶすことで、タンザニアにおけるビジネスプランを作成していった。導入コストが高いという問題は、サブスクやレンタルのような、分割払いの料金プランを用意すれば解消できそうである。サブスクであれば、ユーザーにとってもお試し導入のハードルは低くなる。一方で、導入後の電気代の高さの問題は、省エネ性能に優れたダイキンのエアコンであれば、格安エアコンの半額以下の電気消費量で済むわけで、使い続けてもらいやすくなる。

ダルエスサラームでの設置作業
写真=中島祥太氏提供
ダルエスサラームでの設置作業 - 写真=中島祥太氏提供

では、メンテナンス・サービスはどうか。高品質なダイキンのエアコンでは、そもそも稼働のトラブルは生じにくい。問題が起きたときも迅速かつ確実な対応を行うアフターサービスの体制を用意すれば、ユーザーも安心して利用してくれるのではないか。

■10人呼んだ据え付け業者のうち、やって来たのは5人

朝田氏たちは試しに、エアコンの据え付けを請け負っている個人業者10人に、据え付け作業の発注を行ってみた。ところが当日、朝田氏たちの前に現れたのは、10人中5人だけだった。タンザニアの据え付け業者たちは工具を所有していないのが普通で、誰かに借りて現場にやってくる。現れなかった5人は、必要な工具を借りることができなかったのである。しかも、依頼した工事に対処できる技術を持っていたのは、集まった5人のうち1人だけだった。

現地の業者たちのなかには、行き届いた工事や修理を行うことへの意欲が低い人も少なくない。例えば修理に訪れた業者が、エアコンのガス漏れの原因を直さず、ガスを充填(じゅうてん)するだけで帰ってしまうといったことがよく起こる。ガス漏れは止まっていないので、1カ月ほど後にまたガスを充填しなければならなくなるが、業者はまた仕事にありつける。朝田氏たちはBaridi Baridiが事業を展開していく上で、自前のサービス体制を整えることの重要性を再認識した。

さまざまな実証実験を積み重ねたのち、Baridi Baridiは2021年からエアコンのサブスク・サービスを本格的に開始した。ユーザーは導入時に据え付け工事費だけを負担し、あとは使いたい分を課金で支払う形。通報から24時間以内に対応する故障修理サービスも、課金内でカバーされる。

■日払いの課金プランも用意

支払いは30日払い、週払いに加え、毎日支払う1日プランも用意した。タンザニアでは理髪店などの日銭商売の店舗の場合、その日の稼ぎで翌日の料金を支払うという自転車操業的な資金繰りであることが少なくないからである。

エアコンの容量は3.5KW/5.0KW/6.0KWの3種類を用意。料金は最も容量の大きい6.0KWモデルの30日プランで6万9000タンザニア・シリング(日本円換算で約4060円)、1日プランで4900タンザニア・シリング(約290円)に設定した。顧客は支払いを、携帯電話回線を利用した現地で普及している決済手段、モバイルマネーを使って行う。入金がなければ、自動的に遠隔操作でエアコンにロックをかける仕組みも開発した。

こうした遠隔操作や与信管理/顧客管理のためのアプリを、Baridi Baridiはタンザニアで開発している。タンザニアでは日本の5分の1ほどの人件費で、英語のできるソフトウエア・エンジニアを雇用できる。このシステムは将来ダイキンが他の途上国などでサブスクリプション・サービスを導入する際にも活用できるし、各国に合わせた改修なども日本より低費用で行うことができる。

■高価格というビハインドをはね返すための導火線

本格展開から2年ほどが経過した今、Baridi Baridiのタンザニアでの事業は試行錯誤を繰り返しながら拡大が続いている。現地ではサブスクで使用した経験から、高性能・高品質のダイキンのエアコンの価値を理解し、購入に踏み切るオーナーも現れている。

この2年ほどのあいだに、1500台ほどのダイキンのエアコンが新たにタンザニアで稼働するようになった。現時点ではまだ利益は出ていないものの、原価を低減しながら販売を拡大していくめどが立ちつつあり、指数関数的な成長が期待できる。黒字化の達成も近いものとみられる。

サブスクという課金モデルには、マーケティング上のさまざまな可能性がある。高性能・高品質の日本製品が、高価格というビハインドをはね返し途上国での普及を実現するための導火線として、サブスクを活用できる――そんな可能性が、ダイキンのタンザニアでの事例から見えてくる

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栗木 契(くりき・けい)
神戸大学大学院経営学研究科教授
1966年、米・フィラデルフィア生まれ。97年神戸大学大学院経営学研究科博士課程修了。博士(商学)。2012年より神戸大学大学院経営学研究科教授。専門はマーケティング戦略。著書に『明日は、ビジョンで拓かれる』『マーケティング・リフレーミング』(ともに共編著)、『マーケティング・コンセプトを問い直す』などがある。

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(神戸大学大学院経営学研究科教授 栗木 契)

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