始まりは日本から持ち帰った18本のビデオだった…ブラジルで「特撮ヒーローブーム」を作った2人の日系人
プレジデントオンライン / 2024年2月21日 15時16分
■1日17本の特撮ドラマが放送されたことも
ブラジルでは1980、90年代に日本製特撮ヒーローのテレビドラマが何度も放送され、子供たちを夢中にさせた。放送回数は増え続け、複数のテレビ局により1日に計17本の特撮ドラマが放送されたこともあった。
特に人気の高かった『巨獣特捜ジャスピオン』では、関連グッズはおもちゃやお面にとどまらず、コミック、LPレコード、文房具など多岐に及んだ。
■始まりは日本から持ち帰った「18本のビデオ」
1980年に佐賀大学に県費留学し、翌年ベスト電器佐賀本店で研修した日系1世の江頭俊彦さん(67)はブラジルに帰国する際、自らと父のために買ったビデオデッキ2台と日本でテレビ録画した18本のビデオを持ち帰った。まさか後に自分がブラジルでの特撮ブームの火付け役になるとは想像していなかった。
ブラジルで海賊版ビデオに対する法規制が緩かった当時、江頭さんは帰国した1982年にビデオをダビングして、既に新ビジネスとして芽生え始めていたレンタルビデオ店を営むことに思い至る。インターネットやNHK国際放送などなかった時代、ブラジル日系人は海の向こうの祖国の映像コンテンツに飢えていたのだった。
■日本では鳴かず飛ばずだった『ジャスピオン』で本格始動
江頭さんは日本の親戚に頼んでテレビ番組をせっせと録画してもらい、年に数回訪日しては、かさ張るカセットから外したビデオテープを200~300本ずつ運んだ。恋愛ドラマ、歌番組、アニメなど雑多なリストには特撮ドラマも含まれていたのだった。
その特撮ドラマにまず反応したのは、子供と一緒に鑑賞したテレビ局営業担当の旧知の顧客だった。「これは売れるぞ」と江頭さんに一緒に制作会社とライセンス契約を締結することを持ちかける。
「結局その人はテレビ局とのしがらみもあって話を降りたので、私は1986年半ばに独りで東映の本社を訪ねました」と江頭さんは懐かしむ。東映の社員に遠い南米からの珍客としていぶかしがられながらも、ライセンス契約にこぎつけた経緯を振り返った。
「その際に東映が提供してくれたのが、日本で放送を終えたばかりの『巨獣特捜ジャスピオン』と『電撃戦隊チェンジマン』、そしてロボットアニメ『特装機兵ドルバック』の3作品だったんです」
なるほど、日本ではどちらかと言えば“鳴かず飛ばず”だった作品がブラジルでのブームの幕開けを演じたわけだ。
■ブラジル国内のビデオ店に3000本を販売
これらの作品をポルトガル語に吹き替えたことで、もっぱら日本人・日系人相手だった江頭さんのニッチな商売は、会社「エベレスト・ビデオ」の設立とともに、ブラジル各地の都市部で増えるレンタルビデオ店にビデオを販売する事業へとベクトルを転じたのだった。
各地のレンタルビデオ店オーナーらが商品として好んだのはロボットアニメの『ドルバック』だったが、子供たちが熱視線を送ったのは特撮ヒーローものだった。電話で受けた問い合わせは特撮ドラマに関するものが多かったという。江頭さんは数々のレンタルビデオ店に特撮ドラマ2作品のビデオを各2000~3000本程度販売したと記憶している。
あまりに好調な特撮ビデオの売れ行きを目の当たりにし、江頭さんはテレビ局での放送もできるのではと考えるようになった。
■『ジャスピオン』の最高視聴率は驚異の15%
大手放送局のドアを意気揚々とたたいたが、対応は期待に反して冷たかった。
「日本人が作った“缶詰”なんか要らないよ、とまで言われた」(江頭さん)
テレビ局担当者のその返事は、”日本の安っぽい既製品”と作品をさげすんだものだったという。交渉を重ね歩いた挙げ句に放送に乗り出したのは、当時開設されたばかりのテレビ局「TVマンシェッチ」だった。
88年に『ジャスピオン』と『チェンジマン』のテレビ放送が始まるや、瞬く間に子供たちを魅了した。各地の学校で子供たちの話題を独占し、放課後の草サッカーは特撮番組を見てからにしたという逸話を筆者も聞いたことがある。
月~金の午後1回の放送が、午前・午後の2回になり、やがて毎日朝・昼・晩3回放送されることになり、視聴率は、平均8~9%を記録。こと『ジャスピオン』においては最高で15%に達したのだった。
これを勝機と捉えた江頭さんは、当初外注から始めたお面やおもちゃなどの関連グッズの製作も自社で行うようになり、ヒーローショーの興行もサンパウロ、リオデジャネイロ、ベロオリゾンテのブラジル三大都市の体育館、サーカス会場で行った。最盛期の従業員数は約390人を数えた。
■他のテレビ局も後追いで特撮ヒーローを次々放送
『ジャスピオン』と『チェンジマン』は何度も繰り返し放送された。その後、エベレスト・ビデオが新たに持ち込んだ『超新星フラッシュマン』(ブラジル放送89年)、『仮面ライダーBLACK』(91年)、『光戦隊マスクマン』(91年)、『時空戦士スピルバン』(91年)、『特警ウインスペクター』(94年)のほか、後続の同業他社による『世界忍者戦ジライヤ』(89年)、『風雲ライオン丸』(89年)、『電脳警察サイバーコップ』(90年)、『機動刑事ジバン』(90年)などが続々と放送されたのだった。
これに泡を食ったのが大手テレビ局各社。ブームにあやかれと、一度は冷笑した日本製特撮ドラマの放送を始めた。90年から他局で放送された作品は『超人機メタルダー』(TVバンデイランテス:90年)、『宇宙刑事シャリバン』(TVバンデイランテス:90年)、『大戦隊ゴーグルファイブ』(TVバンデイランテス:90年)、『宇宙刑事ギャバン』(TVグローボ:91年)、『宇宙刑事シャイダー』(TVグローボ/TVガゼッタ:92年)などがあった。
■放送し過ぎて「飽きられた」
現在、江頭さんはサンパウロ近郊のコンドミニアムで農場を経営しながら暮らしている。
「私は会社経営に必死でしたから、特撮ドラマを一つひとつ見る余裕はありませんでした。結局、他のテレビ局も特撮ドラマに参入して、次々に放送したものですから視聴者に飽きられちゃったんです」
90年代の特撮ドラマ放送はTVマンシェッチが95年に放送した『特救指令ソルブレイン』が最後となった。ブームを起こしたにもかかわらず財政難を克服できなかったTVマンシェッチは、99年に他の経営者に買収されたことで社名を変え、放送内容も一新された。それに押し出されるように江頭さんは同年、エベレスト・ビデオを解散したのだった。経営者としては当時の特撮ブームへの投資は、結果として苦いものだったようだ。
本人の当時の葛藤や苦悩をよそに、特撮のコア層は、今でも親しみを込めた“トシ”のニックネームで、江頭さんをブラジル特撮界のパイオニア、あるいは“神様”として仰いでいる。ファンは熱狂的なブームが去った後も第2波を期待している。
■1日に17本放送は「完全に誤った戦略」
『仮面ライダーBLACK』のエンディングテーマで、愛しみを込めて歌われた20世紀は過去のこと。今世紀、ブラジルにおける特撮ヒーロー人気は再燃しているように感じられる。
「私もかつてトシから買った海賊版ビデオをレンタルしていました」と話すのは、現在ブラジルとラテンアメリカ諸国で日本製を含む各種映像コンテンツの配給を担う「サトウ・カンパニー」社長の佐藤ネルソンさん(62)だ。
同社は昨年から今年にかけて『ゴジラ-1.0』『君たちはどう生きるか』のブラジル劇場公開の配給を手掛け、今波に乗っている。
日系3世の佐藤さんは江頭さんより早い81年にレンタルビデオ店を開き、1985年に配給会社「ブラジル・ホームビデオ」(1988年にサトウ・カンパニーに名義変更)を設立。日本やアメリカの映画作品のビデオ販売から始めた佐藤さんだったが、江頭さんが東映の特撮ドラマをブラジルのテレビ局に売り込んだのに触発されて1990年に東宝の『電脳警察サイバーコップ』をTVマンシェッチに売った。
「ブラジルの全テレビ局が競って特撮ドラマを手掛けたことで、1993年には最多で1日に17作品が放送されていました。そりゃ飽きられますよ。完全に誤った戦略です。特撮ドラマの飽和とTVマンシェッチの倒産から私は事業多角化の必要を学びました」と振り返る。
サトウ・カンパニーはその後、日本のみならず、アメリカ、ブラジル、中国、韓国などの幅広いコンテンツを手掛けてきたことからネットフリックスの目に留まり、2011年にラテンアメリカから初めて同社のコンテンツ・アグリゲーターとなり現在に至る。
■コロナ禍のサッカー中継の代わりに放送したところブームが再燃
2015年に創業30周年を迎えたタイミングで、佐藤さんは日本のコンテンツをないがしろにしてこなかったかと自問し、往年の特撮ファンを喜ばすべく、東映から『ジャスピオン』『チェンジマン』『フラッシュマン』のライセンスを得てネットフリックスに持ち込んだ。
ところがネットフリックスは「もはやハイデフィニション(高解像度)映像しか受け付けない」と、古い特撮ドラマを規格外とした。サトウ・カンパニーは行き場のないかつての人気作品のポルトガル語吹替版を自社のYouTubeチャンネルで無料公開。これに喜んだ特撮のコア層には、サトウ・カンパニーこそが今世紀に特撮を引っ張っていくのだと映った。
一方、大多数のライト層を引きつけたのはパンデミック中の地上波放送だった。90年代に特撮ドラマ放映の経験があるTVバンデイランテスは、パンデミックによるサッカー国内リーグ中断のため、日曜朝の中継枠の穴埋めにサトウ・カンパニーに特撮ドラマ放送を打診。『ジャスピオン』『チェンジマン』『ジライヤ』を放送したところ、視聴率2.2%と、同局平均のおよそ倍の数値を記録した。ツイッター(現X)には、特撮再放送に関するハッシュタグがトップトレンドに躍り出たのだった。
■「ブラジルのヒーロー」として生まれ変わるジャスピオン
パンデミックでは特撮人気の根強さを確認できた一方、中断された企画もあった。それがファン待望のブラジル版映画『ジャスピオン』の制作だ。
2019年、ポップカルチャー関係の注目が集まる「サンパウロ・コミコン」(CCXP)の壇上で佐藤氏は映画制作を発表し、映画監督を紹介した。応援に駆けつけた東映の国際営業部担当は、ジャスピオンのオリジナルの変身スーツを会場で展示することで注目を集め、ソーシャルメディアは大いに沸いた。
パンデミックを挟んであれから約4年がたった。
「何があっても今年制作を始めます。現在、シナリオを詰めているところで、今年下旬にクランクインします。来年1年を特殊効果に費やして、2026年に上映予定です」と佐藤さんの口調は確かだ。
2019年のコミコンの際に東映の担当者は「日本のヒーローとしてではなくてブラジルのヒーローとして生まれ変わったものを皆さんに楽しんでいただけたらうれしいです」と会場でのインタビューを通じてエールを送った。
かつて日本の特撮テレビドラマがポルトガル語に吹き替えられてこの地を沸かせた。ブラジルで生まれ変わるヒーローが、ノスタルジーを損なうことなく、今の時代にどのような魅力を放つのか期待は募る。
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ブラジル・サンパウロ在住フォトグラファー/ライター
ブラジル在住25年。写真作品の発表を主な活動としながら、日本メディアの撮影・執筆を行う。主な掲載媒体は『Pen』(CCCメディアハウス)、『美術手帖』(美術出版社)、『JCB The Premium』(JTBパブリッシング)、『Beyond The West』(gestalten)、『Parques Urbanos de São Paulo』(BEĨ)など。共著に『ブラジル・カルチャー図鑑』がある。
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(ブラジル・サンパウロ在住フォトグラファー/ライター 仁尾 帯刀)
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