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人間は「カップラーメンだけ」で生きていけるのか…生物学者が考える「食べること」の本当の意味

プレジデントオンライン / 2024年3月23日 9時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Yuto photographer

ファストフードを食べ続けると、体にはどのような影響があるのか。青山学院大学の福岡伸一教授は「急に病気になることはないが、栄養面で見ると極めてバランスが悪い。例えば、チーズバーガーだけでビタミンCを取ろうとすると、1日の基準量に達するには100個食べなければならない」という――。

※本稿は、福岡伸一、松田美智子『生物学者と料理研究家が考える「理想のレシピ」』(日刊現代)の一部を再編集したものです。

■一日6個で必要カロリーは充足する

もしカップラーメンだけで生活したらどうなるだろうか。栄養失調に陥るだろうか。あるいはハンバーガーだけで生活したら……?

カップラーメン1個のカロリーは、およそ351キロカロリー(日清食品のカップヌードルを例にする *図表1参照)。ハンバーガーのカロリーはおよそ307キロカロリー(種類によって異なるので、ここではマクドナルドのチーズバーガーを例とする *図表1参照)。

【図表1】チーズバーガーとカップ麺の栄養素は?
出所=『生物学者と料理研究家が考える「理想のレシピ」』

日本人の一日に必要な食事カロリー数の標準値は、男2300キロカロリー、女1900キロカロリー(いずれも50歳)。男女差は体格(体重)差による。平均値を2100キロカロリーとすると、カップラーメンなら一日6個、ハンバーガーなら7個食べると、一日の必要カロリーを充足することになる。

食事のカロリー源は、主に炭水化物と脂質であり、体温の維持、運動、基本的な代謝反応などに使われる。つまり体内に取り込まれたあと、エネルギーとなって燃焼される。燃焼されると消えてしまから(燃えカスは二酸化炭素と水となって排泄される)、また次の日、補給が必要となる。自動車にガソリンを入れるようなものである。

■「重要なミネラル」が不足することはない

カロリーは充足できるとして、カロリーにはならない他の必須栄養素、たとえばナトリウム、カリウム、カルシウム、リン、鉄などのミネラル、あるいは各種ビタミン類は、カップラーメンもしくはハンバーガーだけで足りるだろうか。

図表2を見ていただきたい。チーズバーガー一個には、ナトリウム720mg、カリウム210mg、カルシウム118mg、リン182mg、鉄1.2mgが含まれている。7個食べると、この7倍、ナトリウム5040mg、カリウム1470mg、カルシウム826mg、リン1274mg、鉄8.4mgとなる。

一方、日本人(50歳)の一日に必要な食事由来のミネラル摂取の推奨量は、ナトリウム600mg、カリウム2000mg、カルシウム600mg、リン700mg、鉄10.12mg(経血があるので女性の方が必要量は多くなる)である。

カップラーメンやハンバーガーだけで生活しても、骨や歯のために必要なカルシウム、血液成分の鉄など重要なミネラルが不足することはない(カリウムはやや少なめとなる)。

■食塩摂取は大幅に過剰になってしまう

しかし、ナトリウムは大幅に過剰摂取してしまうことになる。ナトリウムは食品中では、ほとんど塩化ナトリウム、つまり食塩の形で含まれている。食塩の量は、ナトリウムの量に係数2.54をかけると算出できる。

チーズバーガー7個分のナトリウムは5040mg、これを食塩に換算すると12.80g。日本人の食塩摂取推奨値は、理想的には、1.5g(600ミリグラム×2.54)、高血圧予防のためには、6g未満が推奨されている。

つまり、カップラーメンやハンバーガーだけを食べていると、カロリーやカルシウム、鉄は充足するものの、食塩摂取は大幅に過剰になってしまうのだ。

では、ビタミン類は、どうだろうか。

チーズバーガー1個には、ビタミンA 57μg、ビタミンB1 0.1mg、ビタミンB2 0.15mg、ナイアシン 5.3mg、ビタミンC 1mgが含まれている。7個食べると、この7倍、ビタミンA 413μg、ビタミンB1 0.7mg、ビタミンB2 0.112mg、ナイアシン 37.1mg、ビタミンC 7mgとなる。

日本人の一日のビタミン摂取基準量(50歳)は、ビタミンAは男900μg、女700μg、ビタミンB1は男1.3mg、女1.1mg、ビタミンB2は男1.5mg、女1.2mg、ナイアシンは男14mg、女11mg、ビタミンCは男女ともに100mgとされている。

【図表2】チーズハンバーガーのその他の必須栄養素は?
出所=『生物学者と料理研究家が考える「理想のレシピ」』

■食べ続けても、急に病気にはならないが…

この数字からわかるように、ナイアシン以外は、どれも基準量に満たない。もしチーズバーガーだけで、ビタミンCを取ろうとすると、基準量に達するには100個食べなければならないことになる。オーバーカロリー、オーバー食塩になってしまう。

この計算をカップラーメンで行うと同じような結果が出る。

もちろん、摂取基準量は安全率が掛けてあるので、基準を下回ったからといって、すぐに脚気や壊血病などのビタミン欠乏症状が出ることはない。

とはいえ、これらの人気ファストフードは、人々の嗜好(しこう)を刺激し、インパクトのある濃い味付けになっている(つまり塩味が強い)ので、その場の食欲を満たすことはできても、栄養面で見ると極めてバランスのわるい食品といえる。

カップラーメンやハンバーガーだけを食べ続けても、急に病気になったり、栄養失調になったり、あるいは生命に危険が及ぶことはない。一方で、このような食材を食べ続けることは、生命の〈動的平衡〉を乱すことになるだろう。

■食べることは、生きることそのもの

食を考えるとき、忘れてはならない重要な視点がある。

それは〈動的平衡〉の視点である。動的平衡とは、私の生命論のキーワードとなる概念だ。先に、(カロリーの補給は)「自動車にガソリンを入れるようなものである」と書いた。しかし、これはあえてこう書いたものの、実は、誤った見立てなのである。食べることは、単に、カロリー(エネルギー源)を補給するだけの行為ではない。食べることは、生きることそのものなのである。

それは、どういうことか。

ゆく河の流れは絶えずして、しかも、もとの水にあらず。よどみに浮ぶうたかたは、かつ消え、かつ結びて、久しくとどまりたるためしなし。

ご存知、中世期の古典、鴨長明による『方丈記』の冒頭の一節である。これほどみごとに生命のありようを活写した表現を私は知らない。

私たちの身体でもこれと同じことが絶えず起きている。

私たちは食べ物と身体の関係を、ガソリンと自動車の関係と同じものだと捉えがちだが、それは正しくない。食べ物は、摂取されると、大半は全身の細胞に散らばって、そこに溶け込んでいってその一部となる。

つまり、ガソリンと自動車のたとえに戻れば、ガソリンの成分が、自動車のタイヤ、窓、座席、エンジンのネジなどに成り替わっていく──という奇妙なことが起きていることになる。

和食の朝食イメージ
写真=iStock.com/kuppa_rock
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/kuppa_rock

■「ウンチの主成分」は自分自身の細胞の残骸

それだけではない。

身体のあらゆるパーツは、ものすごい勢いで絶えず分解されている。それは、古くなったから、使えなくなったからではなく、たとえできたてホヤホヤのパーツであっても、情け容赦なく分解され、捨て去られている。その分、摂取した食べ物の成分を使って絶えず再合成が行われている。つまり、かつ消え、かつ結ばれている。

では、私たちの身体のうち、いちばん速いスピードで、入れ替わっているのはどの部位だろうか。

それは消化管の細胞である。およそ2、3日で入れ替わる。だから、ウンチの主成分は、食べかすではなく、自分自身の細胞の残骸なのである。

つまり、食べることは、自分自身を作り変えることであり、自分の生命は、絶えず移り変わる流れの中にある。これを私は「動的平衡」と呼ぶ。絶えず動きながらバランスを作り直すこと。生命のもっとも本質的な姿である。

だからこそ生命は、リジリエント、つまり柔軟であり、適応的でありえる。病気になっても回復し、怪我をしても治る。

それゆえ、今日の私は昨日の私ではない。

数週間もすればかなりの部分が入れ替わっている。一年もたてば物質レベルではほとんど別人となっていると言っても過言ではない。久しぶりに知人に会ったら「おかわりありませんね」ではなく、「おかわりありまくりですね」と挨拶するのが正しい。

流れ行く生命の動的平衡の前では、よいことも、悪いことも、盛者も貧者もすぐに移り変わっていく。方丈記の詠むところそのものである。何かに固執することは意味のないことなのだ。

■なぜ自らを壊し続け、作り直し続けるのか

ではなぜ、生命はそんなに一生懸命、自分自身を率先して壊し、そして、作り変えているのか。

それは、宇宙の大原則「エントロピー増大の法則」にあらがうためである。エントロピーとは乱雑さのこと。時間の経過とともに、あらゆるものは乱雑さが増える方向に推移する。壮麗なピラミッドは風化し、金属は錆び、熱は拡散し、形あるものは崩れる。日常生活でも、エントロピー増大の法則を体感することができる。整理整頓しておいた机もすぐに書類が散らかってくる。淹れたてのコーヒーもふと気がつくとぬるくなっている。熱烈な恋愛もやがては冷める……。

生命にも絶えずエントロピー増大の矢が突き刺さってくる。

細胞膜は酸化され、タンパク質は変性し、老廃物が蓄積する。この流れと戦う方法がひとつだけある。それは、エントロピー増大の法則に先回りして、自らを率先して分解し、絶えず乱雑さを外部に捨て、その上で作り直すことである。細胞膜もタンパク質もものすごい速度で作り変えられている。

■「あらがい」のために食べ続ける

生命が、相反する二つのこと、分解と合成を同時に行っているのはそのためであり、このバランスを私は動的平衡と呼ぶ。つまり、生命だけがエントロピー増大の法則と戦うことができ、戦うことができるものを生命と呼ぶことができる。

福岡伸一、松田美智子『生物学者と料理研究家が考える「理想のレシピ」』(日刊現代)
福岡伸一、松田美智子『生物学者と料理研究家が考える「理想のレシピ」』(日刊現代)

とはいえ、動的平衡による生命のこの努力も、宇宙の大原則を完全に覆すことはできない。徐々に退却を余儀なくされ、すこしずつエントロピーは増大していく。身体の酸化は進行し、変性タンパク質は沈着し、遺伝子にも少しずつ変異が蓄積していく。これが老化である。ついにはエントロピー増大の法則に打ち負かされる。死である。

しかし、最後は負けてしまうことがわかっていても、必死にあらがっているのが生命というものなのである。それゆえにすべてのいのちはけなげで美しい。そして有限であることがいのちを輝かせている。

私たちは、この〈あらがい〉のために食べ続けなくてはならない。そして、正しくあらがうためにこそ、正しく食べなくてはならないのである。

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福岡 伸一(ふくおか・しんいち)
青山学院大学教授
1959年東京生まれ。京都大学卒。ハーバード大学研究員、京都大学助教授などを経て、現在、青山学院大学教授・米国ロックフェラー大学客員教授。生物学者・作家。サントリー学芸賞および中央公論新書大賞を受賞した『生物と無生物のあいだ』(講談社)、『世界は分けてもわからない』(講談社)、『プリオン説はほんとうか?』(講談社ブルーバックス、講談社出版文化賞)、『生命と食』(岩波書店)、『動的平衡』シリーズ(木楽舎/小学館新書)、『ドリトル先生ガラパゴスを救う』(朝日新聞出版)など著書多数。

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松田 美智子(まつだ・みちこ)
料理研究家
1955年東京生まれ、鎌倉育ち。女子美術大学卒。日本雑穀協会理事、テーブルコーディネーター、女子美術大学講師。ホルトハウス房子に師事し、各国の家庭料理、日本料理、中国料理など幅広く学ぶ。1993年より「松田美智子料理教室」を主宰。2008年、調理道具、食器のプライベートブランド「自在道具」を立ち上げる。著書に『季節の仕事(天然生活の本)』(扶桑社)、『家庭料理は郷土料理から始まります。』(平凡社)、『認知症知らずの脳活生活・脳活ごはん』(朝田隆氏との共著、さくら舎)などがある。

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(青山学院大学教授 福岡 伸一、料理研究家 松田 美智子)

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