「仕事をしながら勉強を続けられる人」は何が違うのか…東大教授が「途中で投げ出してもいい」という深い理由
プレジデントオンライン / 2024年4月2日 8時15分
※本稿は、柳川範之『東大教授がゆるっと教える独学リスキリング入門』(中央公論新社)の一部を再編集したものです。
■とりあえず本屋に行って、入門書を3冊買ってくる
独学をめざす皆さんにオススメしたいのは、「とりあえず本屋に行って、なんとなく関心の持てる分野の本を手に取ってみる。そして、『ちょっと勉強してもいい分野かな』と思ったら、入門書を3冊買ってくることから始める」という方法です。
自分が勉強したほうがいい分野や勉強すべき課題、自分に向いていることは、そう簡単に見つかるものではありません。これはもう、「なかなか見つからない」と割り切るしかありません。そして、ある程度学んでみて、「これはダメだな」と思ったらさっさとあきらめて、また別の分野を探す。そのくり返しをして、自分に向いている分野を見つければよいのです。
試行錯誤するのを避けて、初めから確実な1個を探そうとすると、かえって何も見つけられないのだと思います。
「せっかくお金を出して買ったのに、あきらめてはもったいない」面も確かにあります。しかし、本はすでに買ってしまった以上、それを勉強してもしなくても、払ったお金は返ってきません。買ったという過去の事実に縛られて、これからの時間を無駄に使うよりは、試行錯誤のための投資だったと割り切って、より有意義な方向にこれからの時間を使ったほうが建設的です。
■最初から最後まで律儀に読む必要はない
3冊の本は、簡単に読めて、全体像がある程度つかめるタイプの本を選びましょう。わりと網羅的な、上から地図をおおざっぱに眺めるような印象の本がいいと思います。
ただし1ページ目からきっちり読んで、律義に最後まで読む必要はありません。
「せっかくここまでやったから」とか「こんな中途半端であきらめるなんて、自分が許せない」と感じてしまう人は多いのですが、皆さん、マジメすぎるのだと思います。我々は、「せっかく買って読み始めた本は、おしまいまで読み通すのがいい子どもだ」と言われて育ってきました。小学生に勉強の癖をつける意味ではそれでいいと思いますが、そこも発想を変える必要があります。もっと中途半端でいいのです。本当に向いていないことや身につかないことをいくら勉強しても、無駄を重ねるばかりです。
本というのは、私の専門である経済学の本が典型ですが、最初のほうはつまらないということが往々にしてあります。本当に知りたい面白いことは、最後の20~30ページに書いてあったりします。生まじめに最初から読んでいって、面白いところまで行きつけず挫折したらもったいない話です。まだ、概観の段階ですから、途中を飛ばしても全然かまいません。興味を持てそうな箇所から、パラパラ読めばいいのです。
■本は「批判的な目」で読むことが大切
3冊の入門書を読み比べると、内容や書き方の違いが見えてきます。自分に合いそうだと感じた本があれば、その段階で精読に取りかかりましょう。そして「この分野でいこう」とテーマを決めたら、その本に紹介されている参考文献や、同じ著者の別の本へ進めばよいのです。
本を読むときには、本書の5章で紹介した「ケンカ」が大切です。つまり書かれていることを鵜呑みにして覚えるのではなく、本当にそうだろうかと批判的な目で読むことが大切です。そして、書いてあることに疑問を差しはさみ、それを今度は著者の代わりになって答えてみる。そんなふうに、読者と著者の立場を行ったり来たりすると、より内容をしっかり頭に入れることができるでしょう。
■オススメは「スキルの斜め展開」
ここまでは、どちらかと言えば、自分の経験に比較的近い、それを整理するのに役立つ学問の探し方を説明してきました。けれども、自分の関心や問題意識が、今までの経験に沿ったところにあるとは限りません。もう少し別の分野を学んでみたい、視野を広げたいと思う人も少なくないでしょう。
そんな方々にとっても、前節の3冊の入門書を選んで、その分野を概観してみるやり方は有効です。
けれども自分の経験とまったくかけ離れた分野を学ぶことには抵抗感があったり、難しいと感じてしまったりする人も多いことでしょう。そんな方々にお勧めなのは、「スキルの斜め展開」をめざす勉強です。これはどういうことかというと、自分の今までの経験をそのまま活かしていく(タテ)のでもなく、まったく別のことをやる(ヨコ)のでもなく、自分の経験を少し広げる(斜め)ことによって、自分の分野を広げていこうというものです。
何が斜めの分野かというのは、厳密に定義をするのが、難しいですが、自分がよく知っている分野と関連した分野で、関心が持てそうなところというのがわかりやすい定義かもしれません。
■定年後のセカンドキャリアにも活かしやすい
関連した分野を見つけるには、自分といつも一緒に仕事をしている人のスキルや分野を探すというのが、ひとつの方法でしょう。たとえば、私のところにメディアの方々が取材にこられる場合には、ライターとカメラマンが一緒にというパターンが多いです。これはライターのお仕事とカメラマンのお仕事がかなり関連している(専門用語で言うと補完性が高い)からです。
この場合に、たとえばプロのカメラマンほどではないにしても、ある程度写真も撮れるようになると、ライターのお仕事の幅もかなり広がります。あるいはカメラマンの方でもある程度文章が書けるようになると、できる仕事が増えます。これがスキルの斜め展開のわかりやすい事例です。実際、最近は一人の方が来られて、文章も書いて写真も撮ってという取材が増えてきています。
また、一般的には、定年後のセカンドキャリアを考えるときには、元の会社よりも規模の小さい会社に移る場合が多いです。そうなると、元の会社よりは人も少なくなりますから、営業一筋でがんばってきた人でも、営業だけでなく他の仕事もして欲しいというパターンになりがちです。であれば、多少経理もできる営業の人、あるいは多少営業もできる経理の人というのが、重宝されることになります。これも、スキルの斜め展開のひとつのパターンでしょう。
もちろん自分の関心の持てる分野というのが大前提ですが、このようにスキルの斜め展開によって、できる仕事の幅を広げておくと、未来のチャンスを拡大することに役立つはずです。
■学生時代の勉強は短距離走、大人の勉強は長距離走
とはいえ、多くの社会人の方々にとって、学びを考える際の大きな悩みは、やはり十分な時間を確保できないことだと思います。そのため、
「時間がないことを前提にすること」
が重要になります。
学生時代の勉強は、陸上競技にたとえると「短距離走」でした。とにかく短い時間で、できるだけたくさん詰め込む。それに対して大人の勉強は、「長距離走」でなければいけません。何かの資格試験を受けるといった場合は短距離走的な勉強が必要ですが、目の前にそうしたゴールが設定されていないなら、地道に歩めばいいのです。
とはいっても短距離走的なやり方しか教わってこなかったので、ギアの切り替えが必要です。長距離走的な学び方のポイントは、「楽しみながら勉強する」ことにあります。受験勉強のときは短い年月だとわかっていたから、我慢もできました。しかしゴールのない長距離走は、楽しめなければ決して長続きしません。
趣味と同じように、学ぶことの楽しさや、知識を吸収して能力を身につけることの楽しさを味わうことが大切です。その点、ある程度の人生経験を踏まえた人なら、景色を楽しみながら走るように、楽しく学ぶペース配分もできやすいはずです。
■計画通りに進められなくても割り切ることが大切
仕事をしながら何かの勉強を始めれば、「毎日これだけ勉強しよう」と決めておいても、仕事の忙しさに時間を取られてしまいます。「今日は付き合いで飲んじゃった」という日も出てきます。生まじめに考えすぎて、自分が立てた計画を実現できないことに絶望したりあきらめたりしてしまう人が、意外に多いものです。そんなときは「まあ、そんなもんだ」と、割り切ることです。
ときどき立ち止まってもいいし、しばらく休んでもいい。そのくらい気楽に構えることが長続きの秘訣(ひけつ)だと、私は思っています。
本書の第二部(3~5章)でおわかりのように、実は私自身もそんなふうに割り切ってきました。大検受験や大学の通信教育課程で学んでいたとき、勉強のスケジュールは立てましたが、2、3割しかこなせませんでした。それでも「まあ、そんなもんだ」と割り切っていました。「自分のペースで、自分が空いた時間に、自分が学びたいことをやる」というのが、私が提唱する独学の定義です。今までの著書に寄せられた感想でも、「途中で投げ出してもいいんだとか、あきらめてもいいと書いてあったところに、とても勇気づけられた」という声が目立ちました。だいたい、一人で勉強してまじめにできる人なんてそんなにいるものではないのです。
■定年より少し早めに学び始めたほうがいい
まえがきでも触れたとおり、人生100年時代の今は、本当は「三毛作の人生」をめざすのがいいと思っています。①20~40歳(普通に働く)、②40~60歳(①を活かした発展形)、③60~80歳(社会や地域への貢献)といった具合に切り替えると、人生を3回生きられます。
50歳くらいになったとき、「この職場にいれば安心だし、他に居場所もないから、自分の将来の発展とか楽しさは、犠牲にするしかない」という感覚を、多くの人が持つと思います。面白そうな仕事があって、やってみたいけれども、家のローンはあるし、子どもの教育もあるし、親の介護もある。雇用が守られていることと裏腹に、「仕方ない。定年まであと何年、なんとか我慢するか」という諦念を持ちがちです。
しかし定年までの年月より、その先のほうが長いかもしれません。「明日からどうやって食べていこう」という切実な現実に直面したら、楽しみながら勉強する余裕は生まれません。65歳から先、さらに20年ぐらいの人生があると考えれば、「ああいうことをやってみようか」「今からこういう能力を身につけてみようか」という何かが見えてくるのではないでしょうか。手始めに10年後の自分を想定して、どんなことをやっていたいか考えてみればいいと思います。
「第二の人生が始まるから、会社を辞めて大学へ行くことにしたよ」といきなり切り出せば、「あなた、何考えてるの!」と家族の大反対に遭うことは明らかです。だからなるベく早い時期に、少しずつできることから取りかかるべきです。定年間際になってから慌てる人と、少しでも早い時期に楽しみながら学び始めていた人の差は、歳を重ねるにつれて大きく開いていくと思います。
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東京大学経済学部教授
1963年生まれ。東京大学大学院経済学研究科博士課程修了。経済学博士(東京大学)。現在は契約理論や金融関連の研究を行うかたわら、自身の体験をもとに、おもに若い人たちに向けて学問の面白さを伝えている。主な著書に『法と企業行動の経済分析』(第50回日経・経済図書文化賞受賞、日本経済新聞社)、『契約と組織の経済学』(東洋経済新報社)など。
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(東京大学経済学部教授 柳川 範之)
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