「一応、交渉の権利だけ取ってくれませんか」広岡達朗がプロ入り拒否の工藤公康を6位指名した夜
日刊SPA! / 2024年3月12日 15時51分
『92歳、広岡達朗の正体』が3月14日に発売
現役時には読売ジャイアンツで活躍、監督としてはヤクルトスワローズ、西武ライオンズをそれぞれリーグ優勝・日本一に導いた広岡達朗。彼の80年にも及ぶ球歴をつぶさに追い、同じ時代を生きた選手たちの証言や本人談をまとめた総ページ数400の大作『92歳、広岡達朗の正体』が発売前から注目を集めている。
巨人では“野球の神様”と呼ばれた川上哲治と衝突し、巨人を追われた。監督時代は選手を厳しく律する姿勢から“嫌われ者”と揶揄されたこともあった。大木のように何者にも屈しない一本気の性格は、どこで、どのように形成されたのか。今なお彼を突き動かすものは何か。そして何より、我々野球ファンを惹きつける源泉は何か……。その球歴をつぶさに追い、今こそ広岡達朗という男の正体に迫る。
(以下、『92歳、広岡達朗の正体』より一部編集の上抜粋)
◆〜西武ライオンズ時代・工藤公康の証言(前編)〜
ドラフト6位での強行指名
一九八四年六月下旬、雨の音が湿っぽくも耳に馴染む梅雨の真っ只中、ペナントレースも三分の一を消化した頃だ。監督室の椅子にもたれかかっている広岡達朗は、抑揚のない低い声で突き放すように言った。
「工藤、今季からアメリカで修行してこい」
「え アメリカですか?」
思いもよらぬことだっただけに、どんぐり眼の工藤公康はさらに目を丸くさせた。
「以上だ。後はマネージャーに聞け」
これ以上何も聞くなという雰囲気を醸し出し、広岡は書類に目を通すため顔を伏せてしまった。仕方なく工藤は「はい」と小さい声で返事しながら監督室のドアを開けた。
「アメリカで修行って言ってたけど、アメリカ留学ってことだよなぁ」
〝アメリカ〟という単語に戸惑いを見せる工藤だったが、留学への不安というより今シーズンはもう必要ないという烙印を押されたショックのほうが隠しきれない。西武球場内の薄暗いスロープに、スパイクの歯が立てるカチャカチャという金属音が耳障りに響くのだった。
工藤公康。名古屋電気高校(現愛工大名電)のエースとして、ストレートと縦に落ちるカーブを駆使し、八一年夏の甲子園二回戦の長崎西戦で16奪三振のノーヒットノーラン。一躍脚光を浴び、ベスト4まで進出した。この活躍によって超大型左腕としてドラフトの目玉となるはずだった。しかし、工藤は甲子園大会後、早々と高校卒業の進路として社会人野球チームの熊谷組入りを決めた。いわゆるプロ入り拒否の意思である。
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