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38歳でがん罹患「激務の母」が迷走経て掴んだ人生 東大院卒、外資系コンサルタントの大転換

東洋経済オンライン / 2024年4月24日 12時0分

真衣さんにとっては終活としての執筆だった。

「自分が幼い2人の子どもたちに残せるものは何か、と必死で考えたんです。私の心に湧き上がってきたのは、『この行きすぎた能力社会を、自分の子も含めて次世代に残したままでは死に切れない』という切実な思いでした」(真衣さん)

子どものためにという執筆は、彼女にも大きな変化を与えることになる。

「幸せに生きるのに能力なんていらない」

2022年4月、新型コロナウイルスに感染した真衣さんが、大学病院に入院中のことだ。ほぼ書き上げた本の原稿は、エピローグ(結末)だけを残していた。17歳の長女が亡き母親に向けて書く、という設定だけは決めていたが、なかなか書き出せない。

その頃、ふと次の一文が思い浮かんだ。

「幸せに生きるのに能力なんていらない」

乳がんと診断されてからは、慌ただしい毎日に治療が加わり、さらにいろんな人たちが彼女の前に現れては消えていった。

「がんにいいからと、知り合いに正体不明な水などを買わされそうになったり、宗教への勧誘も受けたりしました。一方で私が実家近くに引っ越してからは、小学校時代の元同級生たちがいろいろと私を助けてくれたんです」

先に書いた、真衣さんの小学校の担任教師が、彼女の悪いところを同級生たちに言わせようとした一件。だが、同級生たちはというと、彼女を嫌っていたわけではなかったという。

「私一人がそう思い込んでいただけでした。元同級生たちが私の会社に投資をしてくれたり、私の体調を心配して、子どもたちの分まで晩ご飯のおかずなどを作って差し入れてくれたりしました。ありがたかったですね」

がん診断の前も後も孤軍奮闘してきた彼女は、同級生たちの応援に幸せな気持ちにしてもらえた。その発見が、長女の言葉として先のエピローグを書き出すきっかけになった。

「母さんのように、ぐちゃぐちゃに血迷った痕跡を残そうが、濃い生のラインを引いて行けば、いいじゃん。弱くて強い、その生々しさが私は好きだよ」(前掲書から引用)

「弱くて強い、その生々しい自分」を生きている証し

あやしい整体師にハマッてしまったのも、葛藤する自分は生産性が低く、弱くて認められなかったからだと彼女は振り返る。

「誰にでも強い自分と弱い自分がいて、だから葛藤も生きているうちはなくならない。でも当時の私は真逆で、問題を常に冷静に解決できる人が“自立”した人で、優秀なのだと思っていました。行きすぎた能力主義を否定しながら、その価値観に誰よりも当時の私自身が強くしばられていたんです」(真衣さん)

子どもたちに能力主義の歪みをわかりやすく伝えようと、整体師にハマッた弱い自分さえ包み隠さずに書くことで、ようやくそれに気づけた。 

葛藤とは「弱くて強い、その生々しい自分」を生きていることの証しだった。

「本を書くことが、生き直しのセラピー(治療法)みたいでした」(真衣さん)

一方、彼女が本を通して若い世代に伝えたかった、「『能力』は時と場所によって目まぐるしく変わる。だからいたずらに一喜一憂する必要はない」という思いは、追い立てられるように今を生きるわたしやあなたにもずしんとくる。

荒川 龍:ルポライター

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