1. トップ
  2. 新着ニュース
  3. スポーツ
  4. スポーツ総合

パラ競泳で銅の辻内彩野、カラオケ店で親友と交わした「メダル取れるよ」「じゃあ行くわ」

読売新聞 / 2024年9月5日 15時5分

競泳女子100メートル自由形で銅メダルを獲得し、笑顔の辻内彩野選手(4日、パリ郊外で)=古厩正樹撮影

 【パリ=波多江一郎】「もっと目が悪くなったら、パラリンピックの世界に来れば?」。4日に行われたパリパラリンピック競泳女子100メートル自由形で銅メダルを獲得した辻内彩野選手(27)がパラ競泳を始めたきっかけは、親友のなにげない一言だった。

進行性難病の「黄斑ジストロフィー」に

 高校を卒業した2015年3月の春休み、同じ水泳部の親友、森下友紀さん(27)とカラオケボックスで遊んでいた時のこと。モニター画面に顔をくっつけるようにして歌詞を追う辻内選手の様子を見て、森下さんが冗談半分で「そんなに目が悪いなら、パラリンピックでメダルを取れるよ」と言った。森下さんは左腕の肘から先がなく、翌16年リオデジャネイロ大会に出場することになるパラ競泳の選手。辻内選手は「じゃあ、行くわ」と軽く返した。

 視力は小学校高学年の頃から悪化していた。しばらくして病院に行くと、進行性の難病「黄斑ジストロフィー」と診断された。

 幼い頃に水泳を始め、高校時代はインターハイに出場した。大学ではいったん競技から離れたが、リオ大会で森下さんの泳ぎを見て、カラオケの記憶がよみがえった。「もう一度、水泳の世界に戻りたい」

 パラ競泳の選手として水泳を再開するとすぐに代表入り。東京大会では50メートル自由形で27秒59の日本新記録を出し、7位入賞した。

 その後、視界はさらにぼやけ、色の区別もつきにくくなり、今年4月には障害の程度が1段階重いクラスに変更された。落ち込んだ時期もあったが、パリの大歓声の中で泳ぎ切ると「障害が重くなったことは自然とふっきれた」。そして、友への感謝の気持ちも忘れなかった。「帰国したら、森下の首にメダルをかけてあげようかな」

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

デイリー: 参加する
ウィークリー: 参加する
マンスリー: 参加する
10秒滞在

記事にリアクションする

次の記事を探す

エラーが発生しました

ページを再読み込みして
ください