自転車より遅い超赤字「JR芸備線」は残すべき?廃止?…乗って考えた 「ここで暮らせるのか」嘆く住民、初協議の行方は
47NEWS / 2024年3月23日 10時30分
明け方、雪が積もり、人けのないプラットホームに始発列車の力強いディーゼル音が響き渡る。「超赤字」「自転車より遅い」と評されるJR芸備線。1月下旬、私は広島県庄原市の備後落合(びんごおちあい)駅から三次行きの始発列車に乗り込んだ。
芸備線は、山深い中国山地を貫き、岡山県新見市の備中神代(びっちゅうこうじろ)駅と広島駅の159・1キロを結ぶ。かつては山陰と山陽をつなぐ中心路線として栄えた。だが今、岐路に立たされている。
3月26日、全国初となる「再構築協議会」の開催が迫る。JR西日本や国、沿線自治体などが存廃などを協議する場だ。始発から終点まで乗って沿線で話を聞くと、過疎地が置かれた深刻さが伝わってきた。(共同通信=本間優大)
JR芸備線の備後落合駅(広島県庄原市)に停車する三次行き始発列車=2024年1月
▽まるでスクールバス
備後落合駅発、三次行き1両のワンマン運転の列車は、午前6時44分、前日の大雪をものともせず、うなりを上げて走り出した。途中駅で次々と通学の生徒が乗り込み、車内は25人ほどに。大人の姿はなく、スクールバスにいるような感覚だ。
高校1年生の女子は、通学で塩町駅(広島県三次市)に向かっていた。中学まではバレーボール部。高校でも続けたかったが、部活動をすると午後5時台の最終列車に間に合わない。「バスでも鉄道でもいいから、ちょうどよい時間に設定してほしい」とぼやいた。
通学の生徒たちが乗ったJR芸備線の車内=2024年1月、広島県庄原市
▽「高速バスの方が便利」
午前7時28分、備後庄原駅(庄原市)に到着。通学の生徒たちに混じり、私も下車した。窓口で切符を回収していたのは、芸備線の元運転士清原正明さん(69)。退職後、市が管理する駅で働く。
「昔は急行も走ったが、今は徐行区間が多く自転車よりも遅い。保線状態がよければもっと速く走れるのに」と嘆く。この日の備後落合行き始発列車の乗客は0人だったという。
1969年ごろの賑わいを再現した備後落合駅の模型=1月、広島県庄原市
駅前で客待ちをしていた60代のタクシー運転手の男性に話を聞いてみた。「広島市中心部に出るには、高速バスの方が早い。列車も本数があれば便利なのに」
いったん備後落合駅に戻ると、午前9時12分発の三次行きが停車中。運転士によると「この時間に乗る人はほぼいない」。私も乗車せず、列車は無人のまま出発。ホームに静寂が戻った。
無人になったJR備後落合駅=2024年1月、広島県庄原市
▽ガイドは元国鉄の機関士
「駅名の由来は、3方向から列車が落ち合うということからです」
備後落合駅の歴史をたどろうと、ボランティアガイドの永橋則夫さん(81)に話を聞いた。元国鉄の機関士で、2017年から駅の清掃やガイドを続ける。
備後落合駅でガイドをする永橋則夫さん=2024年1月
「1970年ごろまでは駅に100人以上が勤務し、駅前は旅館や商店が並んでいましたよ」。しかし、道路網の整備やマイカーの普及で利用者は減少。今の駅前の風景からは、当時の面影を感じることはできなかった。
永橋さんは路線の存続を願う。「芸備線の廃止論は、地方を切り捨てる利益優先の政策だ。本数を増やして観光客を呼ぶなど、前向きな議論をしてほしい」
2023年まで走った広島東洋カープのラッピング列車
▽1日1度のラッシュアワーは…
午後2時過ぎ、山あいのターミナルは1日に1度のラッシュアワーを迎える。芸備線の上下線に加え、島根県方面から木次線の列車が到着する時間だ。
無人のまま備後落合駅を出発したJR芸備線の列車=2024年1月
しかし、この日は木次線が大雪の影響で運休中。芸備線の乗客は、カメラを持った旅行者ら5人ほどだった。
栃木県宇都宮市から旅行で訪れた鉄道ファンの50代男性は「景色のよい路線で残してほしい気持ちもあるが、地元の意見を尊重して存廃を決めてほしい」と話した。
乗客らは、駅舎や車両を撮影し、乗り換え列車に駆け込んでいく。下車する人はいなかった。
列車が動き出すと永橋さんが「行ってらっしゃい」と大きく手を振った。
JR芸備線の列車を見送る永橋則夫さん=2024年1月、広島県庄原市
▽生活の足
備後落合駅から東城駅(庄原市)までは、JR西日本によると2020~2022年度の平均で100円稼ぐのに1万5516円の費用がかかる超赤字区間。1日に上下各3本しか走らない。
岡山方面へ3駅目の内名駅へ向かう。川沿いの切り立った場所にあり、秘境駅と呼ばれる。
川沿いにある「秘境駅」内名駅=1月、広島県庄原市
そばで暮らす上田ヒフミさん(82)は、駅の掃除を10年以上、日課として続けている。ぞうきんがけや掃き掃除に加え、季節の花の飾り付けもする。訪れた人が思いを書き込む駅ノートのチェックが楽しみだ。
自身は通院や買い物で列車に乗る。「生活の足。1日3本のままでよいから走り続けて」
JR小奴可駅で切符を販売する林嘉啓さん=2024年1月、広島県庄原市
▽「何を再構築するのか」
隣の小奴可(おぬか)駅は、地元のタクシー会社が切符の販売を代行している。林嘉啓社長(62)によると、売り始めた1983年頃は月300万円ほどあった売り上げも、今は3千~5千円だ。
高齢化や人口減少を肌で感じるといい「人が住んでいない地域を走っているのに何を再構築するのか。住民と行政に温度差がある」と議論に懐疑的だ。「鉄道の存廃だけでなく、ここで暮らし続けられるのか、田舎の行く末を考えてほしい」
土曜日、乗り換え客で一時的ににぎわう備後落合駅=2024年1月、広島県庄原市
▽沿線住民の声は届くか
翌日は土曜日。備後落合駅から午後2時36分発の新見行きに乗る。休日とあって広島方面からの乗客が20人ほどいた。
列車は木々をかき分けるように進み、鉄橋を渡る。落石事故防止のため低速で走り、アトラクションのようだ。
結局、終点の新見駅(岡山県新見市)で降りるまで、乗り込んできた乗客は1人だけだった。
備後落合駅に到着した最終列車=2024年1月、広島県庄原市
新見駅から折り返し、午後7時52分、備後落合駅に戻る。暗くなった無人のホームで、最終列車を見送った。
再構築協議会は3月26日に広島市で初会合が開かれる。3年以内をめどに、芸備線の存廃方針がまとめられる予定だ。沿線住民の声は届くのだろうか。
最終列車が出発し、暗闇に包まれる備後落合駅=1月、広島県庄原市
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