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「兵庫県警はあまりに腐っている」泣いて訴えた機動隊員は、24歳でなぜ死んだのか パワハラを認めさせるまで8年半、両親の長すぎる闘い

47NEWS / 2024年3月30日 10時30分

兵庫県警警察学校で両親と写真に納まる木戸大地さん(中央)=2009年4月ごろ(父一仁さん提供・画像の一部を加工しています)

 2015年秋、兵庫県警機動隊は異常事態に陥っていた。わずか1週間の間に、若い男性隊員2人が命を絶ったのだ。しかも2人は、同じ部隊の所属だった。
 木戸大地巡査=当時(24)=はそのうちの1人。広島出身で兵庫県警に2009年に採用され、機動隊には12年9月に配属された。父の一仁さん(75)によると、学生時代から警察官になるのが夢だったという。
 入隊後、帰省した息子と一仁さんは酒を酌み交わしたが、異変を感じた。大地さんは泣きながらこう訴えたという。
 「いまの兵庫県警はあまりにも腐りきっとる。俺は大学出とらんけえ、出世は限界が見えとる。だけど、俺には体力がある。体力を活かして資格を取得して、少しでも上に昇って、一人でも腐敗している組織を変えたい。俺と同じようにつらい思いをして頑張っている同期や仲間のためにも、自分一人だけが広島に帰ることはできん」


 その言葉通り、大地さんはその後、レンジャーなどの難関資格を次々と取得。将来を嘱望される存在だった。婚約者もいた。それなのに、なぜ死ななければならなかったのか。(共同通信=力丸将之)


兵庫県警機動隊の庁舎=2022年7月25日、神戸市

 ▽息子が残した3通の遺書
 大地さんが亡くなった後、寮の部屋から3通の遺書が見つかった。あて先は婚約者、家族、そして先輩隊員。
 婚約者には謝罪の言葉を書き連ね、幸せになってほしいと願っていた。家族には先立つことへの謝罪やこれまでの感謝がつづられていた。
 そして、先輩隊員あての遺書には次のように書かれていた。
 「Tさん
 あなたの思い描いた通りになってよかったですね
 もうこれ以上装備に、あなたに関わることはないですよ」
 わずか数行の短い遺書。Tは当時、機動隊の装備係の男性巡査長。大地さんとTとの間に何があったのか。


木戸大地さんが先輩隊員Tに宛てた遺書=2022年6月7日、広島市(一部加工しています)

 大地さんが亡くなって2カ月が過ぎたころ、一仁さんの元を訪ねた兵庫県警幹部が「報告書」を手渡した。大地さんの死について調査されたことが簡単に書かれ、結論は「自殺した原因を特定することはできなかった」だった。
 一仁さんにとって、到底納得できる内容ではない。
 「息子は組織の中で何と闘っていたんだろう。兵庫県民を守らなくちゃいけない警察官が、警察組織と闘っていたんです。心の中で」
 真実を明らかにすべく、一仁さんは2017年、兵庫県に対する損害賠償請求訴訟に踏み切った。


木戸大地さんの両親に渡された兵庫県警の調査報告書の一部==2022年6月7日、広島市

 ▽502ページの調査結果、遺族にはたった4ページ
 実は兵庫県警は、大地さんが自殺を図った日から約2カ月の間に、のべ128人の警察官から計約160時間にわたり聞きとりをし、502ページの書類にまとめている。一方、一仁さんが渡された報告書はたった4ページ。
 裁判の中では、502ページの大半が開示された。Tがどんな人物なのか、詳しく書かれている。
 Tの性格について、聴取された機動隊員ら関係者の回答はおおむね共通していた。「真面目、熱血、体育会系」。同時に「指導が厳しい、しつこい、細かい」も共通している。
 Tは2011年9月に機動隊に配属された。その後、けがなどの理由で2014年3月に装備係へ転じている。同僚の中には、大地さんの自殺を受け、Tを糾弾している内容もあった。「個人的に許せない。警察官として、人間として失格だ。排除されるべき人間だ」


兵庫県警機動隊で訓練する木戸大地さん(父一仁さん提供)

 聴取記録には、大地さんに対するTの行為も書かれていた。それによると、以前から指導とは言いがたい行為をくり返しており、亡くなる直前まで続いている。例えば、次のような行為だ。
(1)大地さんが車両を使用しようとした際、Tは鍵を貸し出さなかった
(2)大地さんが直前まで運転していたマイクロバスのナンバープレートが折れ曲がっていた。原因が不明であるにもかかわらず、報告書の提出を強要した
(3)ナンバープレートの件で、公休日に呼び出して叱責した
(4)車両の運転日誌の記載ミス部分に「ボケ木戸」と記した付箋を貼った
(5)2015年7月から自殺の直前まで、大地さんに、これまでの「ミス一覧表」の作成を執拗に命じた。その過程で「カンニングの件もあるだろう」と何度も追及した。

 「カンニングの件」とは、2013年9月、大地さんがクレーンの玉掛け講習で筆記試験を受けた際、一緒に受験していた同僚隊員に答案を見せていたことだ。Tはカンニングだと主張するが、受験者全員が合格するような試験で、大地さんは回答に必要な条件を同僚に聞かれ、それを教えたに過ぎない。この点については地裁判決でも「一般に禁止されているカンニング行為とは性質が相当異なる」と認定されている。


兵庫県警機動隊で訓練する木戸大地さん(父一仁さん提供)

 ▽「裸踊り」の強要
 T以外の上司らの行為も明らかになった。
(1)所属部隊の隊長が率いる綱引きチームがあり、自主的な朝練のはずなのに、参加が少ない大地さんに罰としてスクワットを命じた
(2)その隊長は、実家の玉ねぎ収穫のために大地さんら若手を呼び出した。大地さんらは友人の結婚式の二次会を断って収穫に参加していた
(3)2015年7月~8月に福井県へ派遣された際の夜の宴会で「裸踊り」を強要された
 大地さんにとっては、「裸踊り」がこたえたらしい。この当時、婚約者へ悩みを打ち明けるメッセージを送っている。裁判では、この時期にうつ病を発症したと認定されている。
 2015年8月以降は、大地さんの行動に異変がみられるようになった。


木戸大地さんが自殺直前に同僚へ宛てた通信アプリLINE(ライン)のメッセージ=2022年6月7日、広島市(一部加工しています)

 婚約者の証言によると、8月26日の一仁さんの誕生日に、母は大地さんに電話をしたが、大地さんは言葉に詰まった。職場での失望や、人間関係で限界に達していて、自殺しようと思っていたところだった、と婚約者は後に打ち明けられている。電話のおかげで自殺を思いとどまったという。
 Tの行為はその後も続いていた。10月6日朝。訓練へ向かおうとする大地さんを見かけたTは一方的に激高し、カンニングを認めるよう執拗に怒鳴り、迫り続けた。大地さんは、このTの行為について同僚にメッセージを送って寮の自室へ戻り、亡くなった。


兵庫県警察本部=2020年11月20日、神戸市中央区

 ▽先輩「T」の言い分
 兵庫県警はTを計4回、約3時間半にわたって聴取している。
 厳しく指導する理由を問われたTは、次のように語った。
 「機動隊を良くするために(自ら)悪者に徹しようと考えた」
 「細かいミスの積み重ねが大きな事故につながると考えているから」
 「ミスが多い人間はダメな人間という印象を持っており、人間性を測る尺度になっている」
 木戸さんについてはこう語っている。
 「何度指摘しても直らない、まったく反省していないのか、同じミスをくり返していた」
 「木戸にだけ厳しく怒っていたのではなく、誰に対しても同じように怒っていた」
 しかし、ここまで見る限り木戸さんに対するTの行為は嫌がらせにしか見えない。聴取を担当した監察官もそう感じたのだろう。「単なる嫌がらせではないか」と尋ねている。
 しかし、Tはこの問いかけに対しては無言を貫いた。


神戸地方裁判所=2020年11月5日、神戸市中央区

 ▽パワハラは認められた、だが…
 2022年6月の神戸地裁判決は、兵庫県に対し、一仁さん夫妻へ100万円を支払うよう命じた。Tの行為を「指導の域を超え、社会通念上相当性を欠いたパワハラ行為に当たる」と認定している。
 一方で、パワハラとうつ病の発症や自殺との因果関係は認めなかった。理由は、大地さんが「後輩への指導や隊内での立場で悩んでいた事情も見受けられる」とされた。
 裁判長が主文を読み上げ、金額に触れた直後、一仁さんは声にならない声を上げ、顔を覆った。人目もはばからず涙を流し法廷を出て、こう語った。
 「司法には、ないのかよって」
 一仁さんは何が「ない」と感じたのだろうか。正義、心、理解。おそらく、その全てだろう。判決から4日後、一仁さん側は大阪高裁へ控訴した。
 大阪高裁の証人尋問ではTの上司が出廷。「パワハラ行為を見た記憶はない」などとくり返すだけだった。


亡くなった木戸大地さんの遺影を手に、記者会見する父の一仁さん=2017年10月、広島市

 ▽パワハラを認めた警察、書面だけの「謝罪」
 昨年10月、大阪高裁の裁判長は双方に和解を提示した。当初、一仁さんは受け入れるつもりはなかったが、既に精神的に限界だった。うつ症状で通院するようになっていたのだ。
 最終的に、和解を受け入れようと決めた。和解内容は①県警がTによる大地さんへのパワハラを認めて謝罪する②両親に142万円を支払う―こと。
 3月22日、一仁さんと妻久美子さんは和解のため大阪高裁を訪れた。裁判所の長い廊下の先に、県警側の弁護団がベンチに座っている。一仁さんは静かに歩み寄り、語りかけた。
 「なんで8年半もかかったんですかね」
 誰も何も答えなかった。
 一仁さんが願っていたのは直接の謝罪。しかし、出てきたのは「パワハラにより、精神的負担を加えたことを真摯に反省し、謝罪する」という書面だった。パワハラと自殺との因果関係は、最後まで認められていない。
 和解後に記者会見した一仁さんはこう語った。
 「大地の死が無駄にならないためにも、県警に反省する気持ちがあるなら、変わってほしい。そうでないと、第一線の警察官がとてもかわいそう」
 ほかにも言いたいことはたくさんあったと想像する。ただ、大地さんの遺志を尊重したのかもしれない。遺書にはこんな一文があったからだ。
 「どうか、機動隊を悪く思わないで下さい。隊員一人一人、とても大切にして下さる方ばかりです」

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