「これまでのやり方を壊したかった」話題のフレンチ・アニメーションが日本に上陸
ananweb / 2024年4月10日 19時30分
世界中で人気の高いコンテンツのひとつといえば、幅広い層から支持されているアニメーション。さまざまな作品が各国で誕生するなか、今回ご紹介するのは数々の国際映画祭で大きな反響を呼んでいる話題のフレンチ・アニメーション・コメディです。
『リンダはチキンがたべたい!』
【映画、ときどき私】 vol. 642
リンダが1歳のときのかすかな記憶にあるのは、ママのお気に入りの指輪とパパが作ったパプリカ・チキン。とっても幸せな食卓だったのに、パパが突然消えてしまい、いまは少ししか思い出せなくなっていた。
8歳になったリンダは、ママとふたり暮らしをしていたが、指輪を盗んだとママに勘違いされる。間違いだとわかったママは償いのためになんでもすると言い、リンダは「パパのパプリカ・チキンがたべたい!」と答えるのだった。すると、チキンをめぐる母と娘のクレイジーなドタバタ劇は大騒動に発展。はたして、リンダは無事にチキンを食べることができるのか……。
第76回カンヌ国際映画祭Acid部門への選出やアヌシー国際アニメーション映画祭2023長編アニメーション部門の最高賞クリスタルの獲得など、大きな注目を集めている本作。そこで、こちらの方々にお話をうかがってきました。
キアラ・マルタ監督 & セバスチャン・ローデンバック監督
実写映画やドキュメンタリー作品で高く評価されているイタリア出身のマルタ監督(写真・左)と、イラストレーターでENSAD(フランス国立装飾芸術高等学校)の教授も務めるフランス出身のローデンバック監督(右)。今回は、制作上のパートナーであるおふたりに、お互いへの思いや完成秘話、日本との共通点などについて語っていただきました。
―まずは、どのようなきっかけで本作が誕生したのかを教えてください。
マルタ監督 私が原案を作ったのは、別の作品のためにアーティストのレジデンスに住みながら作品づくりをしていたとき。時間が少しだけあまっていたので、セバスチャンを呼んで一緒に脚本を書くことにしたのです。
私自身が自分を子どもっぽいと感じているからというのもありますが、「子どもを扱った作品にしたい」というのが最初の思いでした。ただし、子どもやファミリーだけでなく、すべての人に向けた作品にできたらいいなと。そこで、不正義やカオス、記憶などさまざまなテーマを混ぜながら、大人も子どもも同じレベルで描くことを意識しました。
―そういった内容を「チキンが食べたい」というリンダの思いだけで映画にしてしまうのがすごいところでもありますが、なぜチキンを選んだのでしょうか。
マルタ監督 食べ物というのは、記憶と密接に繋がっているので、過去の優しい記憶と結び付けられる料理を中心に映画のストーリーを考えたいと思いました。そんなときに思い浮かんだのが、私のおばあちゃんの得意料理でもあった「パプリカ・チキン」。劇中で描く社会の不条理も、その料理がカバーしてくれるのではないかと考えて入れました。
自由な表現も可能にできたと感じている
―また、今回は先に声の収録を行って制作されたそうですが、珍しい方法だと思うので、その意図についてもお聞かせください。
ローデンバック監督 アニメーションを作る際、決められた工程を順番通りに進めていくのが縛られているように以前から感じていたので、それを壊したいと思いました。そこで、録音を先にすることで俳優たちが絵の制約を受けないような環境を作ることにしたのです。
録音は4週間かけて行いましたが、野外や学校、階段の踊り場など、劇中に出てくるのと同じ背景のなかで、声優ではなく俳優に実写映画のような演技をしてもらいました。ただ、カメラはなく声だけを録音していたので、まずは音源を編集。そして、それを基にアニメーターたちが絵をつけていきました。いままでのやり方を壊すような方法ではありましたが、おかげで映画にイキイキとした側面が生まれたと思っています。
―ほかにも色使いが非常に印象的で、日本のアニメでは見たことがないような作品だと感じましたが、色の使い方はどのようにして決めていきましたか?
ローデンバック監督 こういう色使いをした作品は、フランスでもないですよ(笑)。現実的な話をすると、低予算で済むからという理由がありました。あと、アニメーション制作において色を正確に付ける作業にはものすごい時間がかかりますが、この作品ではそこよりも別のところにエネルギーを使ったほうがいいと考えたうえでの決断でもあります。結果的には、自由な表現も可能にできたように感じているところです。
1人よりも2人だからもっと遠くにまで行ける
―これまでもお互いの作品を協力し合って作られていますが、一緒に仕事をするメリットなどがあれば、教えてください。
マルタ監督 私たちの場合は2人で一緒にやっているというよりも、2人で1人のような感覚がとても強くあります。もし自分1人だったらある地点までしか行けなかったかもしれないところも、2人だからこそもっと遠くに行ける。彼も同じ気持ちだとよく言っていますが、後ろから支えてもらうことによってより前に進めるのは大きなメリットだと感じています。
ローデンバック監督 そうですね、アーティストとしてのデュオという感じです。普段からいろんな芸術作品を一緒に見たり、一緒にモノづくりをしたりしているので、お互いすぐに理解し合えていると思います。
―本当に素敵な関係ですが、それでも本作で意見が分かれたシーンなどもあったのでしょうか。
マルタ監督 そういうこともないですね。たとえ自分と違う意見を言われたとしても、全幅の信頼を置いている人から言われたら、「そっちのほうがいいんだろうな」と思うだけのことなので。むしろ1人で作業しているほうが時間がかかってしまうくらい。2人のほうが次のステップにどんどん進められて、時間のロスもなく済んでいます。
うまく説明できませんが、本能的に感じていることなので、特にルールがあるわけでもないんですよ。仕事をしているときは「君がいてくれて本当によかった」といったことをお互いによく言い合っているほどです。
ローデンバック監督 通常、2人で意見が違った場合、どちらかが妥協して相手に合わせることが多いかもしれませんが、ここまでの信頼関係が築けているとそういうこともまったくない。自分の意見が通らなかったとしても、つねに一緒に決断をしている感覚です。
3か国の文化には、食が共通している
―なるほど。では、日本についてもおうかがいしたいのですが、どのような印象をお持ちですか?
マルタ監督 建築やデザインなど、日本は空間の使い方が本当にうまいですよね。そういう部分は、本作にも間接的に影響を与えているのではないかなと感じているほどです。何もない空っぽなところにこそ実はいろんなものが凝縮されているように見えるので、日本の文化には興味を持っています。いま住んでいるフランスは私にとっては第二の祖国となりましたが、フランスよりも日本のほうが祖国イタリアと共通点が多いかもしれないですね。
ローデンバック監督 キアラはイタリア人で、僕はフランス人で、みなさんは日本人ですが、食に対する興味は同じだと思っています。僕たちも和食は大好きですからね。特にこの3か国の文化には、食が共通しているように感じています。
あと、日本のアニメには食べ物のシーンが多く登場しますが、観る者に絵を通して食欲をわかせるというのは本当にすごいことです。それが日本のアニメの特徴でもある思っています。
―ローデンバック監督はアニメーション監督のなかでも高畑勲監督を尊敬しているそうですが、どのようなところが魅力だとお考えですか?
ローデンバック監督 高畑監督がおもしろいと思うのは、似たような作品を作らないところ。毎回全然違うタイプでありながら、どのキャラクターに対しても強い愛情を感じます。ストーリーにあったビジュアルを選びつつ、やりたいことがはっきりしている部分も高畑監督の素晴らしいところですし、日本のアニメ業界のなかでも異色の存在ではないでしょうか。
マルタ監督 しかも、高畑監督は絵を描かない監督なのに、あれだけのアニメーションを作っているのはすごいですよね。ちなみに、今回のポスターではセバスチャンが描いた絵は1つもありません。ただ、2人でグラフィック的なディレクションをしているので、それをチームに伝えて描いてもらっています。
現実世界もパーフェクトな人ばかりではない
―それでは最後に、ananweb読者に向けて、メッセージをお願いします。
マルタ監督 映画のなかでは完璧な母親像が描かれることがありますが、今回私が見せたかったのは誰にでも手が届くような不器用な母親の姿。現実世界では女性も男性もパーフェクトな人ばかりではないので、「実際にこういう人たちいるよね」と思いながら見ていただけたらと。特に日本は完璧を求めている社会という印象があるので、人を許したり、寛容に相手を受け止めたりする大切さが伝わるといいなと思っています。
ローデンバック監督 あとは、人は誰かと一緒にいることで強くなれますし、楽しく過ごすこともできると思っているので、そういう部分も感じ取っていただけたらうれしいです。
大胆で自由なリンダに心が躍る
笑いあり涙ありの独創的なストーリー展開で、観る者を魅了する本作。目を引くカラフルな色使いと、チャーミングなキャラクターたちに誰もが虜になってしまうこと間違いなしです。
取材、文・志村昌美引き込まれる予告編はこちら!
作品情報
『リンダはチキンがたべたい!』
4月12日(金)新宿ピカデリーほか全国順次ロードショー
配給:アスミック・エース
(c)2023 DOLCE VITA FILMS, MIYU PRODUCTIONS, PALOSANTO FILMS, France 3 CINÉMA
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