「冷血!」「人でなし!」「副大統領候補の目はないな」…トランプ側近に大ブーイングが起きた“意外なワケ”
文春オンライン / 2025年1月9日 6時0分
イラスト 澤井 健
〈 トランプは拘置所で“歴代の大統領初”マグショットを撮られ…その前日に起きたこと 〉から続く
「週刊文春」の町山智浩さんの人気連載『言霊USA』をまとめた最新刊『 独裁者トランプへの道 』。
トランプの返り咲き再選までの400日が詳しい現地ルポとともに詳細に報告されている。
第2次トランプ政権において「政府効率化委員」「国土安全保障長官」「厚生長官」にそれぞれ指名された、ヴィヴェク・ラマスワミー、クリスティ・ノーム、RFKジュニアは一体どんな人物か? 連載時のコラムを紹介する。
◆ ◆ ◆
クリスティ・ノーム(52歳)が注目されている
サウスダコタ州は面積約20万平方キロ(北海道の約2.4倍)の広大な大平原に90万人しか住んでない。先住民ラコタ・スー族の土地で、有名な観光地はジョージ・ワシントン、トマス・ジェファーソン、エイブラハム・リンカーン、テディ・ローズベルト大統領の顔が彫られたラシュモア山と、火星の風景みたいな奇岩が並ぶバッドランズと……なんだっけ?
その州知事クリスティ・ノーム(52歳)が注目されている。今年の大統領選挙で、ドナルド・トランプ候補の副大統領候補に選ばれるかもしれないからだ。
2019年に州知事になったノームは2020年の大統領選挙の時、ラシュモア山にトランプを招いた。そして4人の大統領の横にトランプの顔を加えたラシュモア山の模型を作ってトランプにプレゼントした。「私は彼ら以上の業績を成し遂げたからな」(何?)とトランプは上機嫌。彼女はトランプのお気に入りとなった。
以降、ノームは各地のトランプ集会で演説し、右翼テレビ局FOXニュースに毎週のように登場した。
ノームは、右翼じいちゃんたちのアイドルとして完璧だった。中西部の農家の出身で、父は貯蔵庫の事故で穀物に埋もれて死亡。政治家になったノームはカウボーイのコスプレで馬に乗って星条旗を振りかざし、トウモロコシ畑から飛び立つキジを見事なショットガンさばきで撃ち落とす。イピカイエー! これぞアメリカ!
ノームは2000年代に政界に出てきた時は、こんな派手なキャラではなかった。ショートカットにサファリ・シャツの精悍なイメージだったが、トランプ・ブームに乗ってから急激にトランプ好みのセクシーでケバい感じに変身していった。髪は長くゴージャスに波打ち、まつ毛は濃く長く、唇はぽってりとポルノスターのように……整形ですね。
政治的にもどんどん右傾化。人工中絶は全面禁止。レイプだろうと、近親相姦だろうと例外なし! 同性婚なんかもってのほか! 2歳の初孫にライフルとショットガンをプレゼント! 先住民居留地を走る石油パイプラインの工事も、先住民の反対を押し切って強行突破! 怒った先住民たちはノーム知事の居留地への立ち入りを禁止したけど、ここまで右に寄ればトランプの副大統領候補に指名されること間違いなし!
ノームはダメ押しで自伝『No Going Back(後戻りしない)』を出版した。これが大失敗だった。
20年前、ノームはキジ撃ちに、14カ月のワイヤーへアード・ポインターの子犬クリケットを連れて行った。ワンちゃんは野原に出ると大興奮。「人生最高の日のように」大はしゃぎでキジを追いかけ回したので狩りにならなかった。そのうえ帰り道で、リーシュ(リード)を振り切って近所の農家に入り込んで鶏を殺してしまった。
「猟犬として見込みがない」
そう思ったノームはクリケットを射殺した。さらに、ついでということか、彼女は家に帰ると飼っていたヤギも撃ち殺した。「そのヤギは不潔で臭くて攻撃的で、私の娘を追い回したから」
テレビのインタビューで、子犬の射殺について尋ねられたノームは「農家では過酷な選択をしなきゃならないんです」と釈明した。「こないだも24年間飼ってた馬を撃ち殺したし」
そんなノームをアメリカ人は許さなかった。「子犬なんだから野原に連れ出せば興奮するに決まってる」「リーシュを離したのも、しつけができなかったのも飼い主の責任なのに!」「冷血!」「人でなし!」右も左もトランピストも反トランプもみんなノームを憎んだ。
「ノームはもう副大統領候補の目はないな」
共和党のトム・ティリス上院議員は「犬の行儀の悪さは飼い主を映す鏡」とノームを糾弾した。極右活動家のローラ・ルーマーですら「ダメ! もう後戻りできない!」とポスト。トランプ・ジュニアも「ノームはもう副大統領候補の目はないな」と匙を投げた。「しかし、いったい何で、そんなことを本に書いたりしたんだ?」
犬ばっか!
ノームがそれを書いたのは、「政治的指導者には時につらい決断をする意志が求められる」という文脈だった。でも、子犬殺しが政治的決断?
彼女は2012年の選挙のことを調べておくべきだった。現職のオバマ大統領に挑戦したミット・ロムニー候補(共和党)は、州をまたいだ移動の際、飼い犬を入れた箱を自動車の屋根に固定して長距離ドライブをした経験を語ったので、「犬の虐待だ!」と支持率が急落した。それがアメリカなのだ。
特にアメリカの右翼は、乱射事件で何人死のうと銃を規制せず、少女がレイプされても中絶を許さず、トランプがレイプで民事裁判で負けようが、セックスしたポルノ女優への口止め料を選挙資金として計上しようが、暴徒に議会を襲撃させて警官が死のうが平気なのに、犬を殺すと大騒ぎ。
ところでノームはヤギも殺している。ノームのヤギが臭く攻撃的になっていたのは去勢してないオスが発情期だった可能性が高い。しかもノームはヤギの頭をショットガンで撃ったが一発で死なせることができず、苦しませてしまったと書いている。ヤギのオスは頭突きをするので頭蓋骨が固いから散弾では貫通できない。ノームは牧場育ちを自慢してるのにそれも知らなかったのか。でも、誰もヤギには同情しない。そう、ノームは馬も射殺してるのに、そっちも人は騒がない。犬ばっか。同じ動物なのに不公平だよ!
(まちやまともひろ 1962年生まれ。映画評論家。米カリフォルニア州バークレー在住。BS朝日「町山智浩のアメリカの今を知るTV In Association With CNN」が不定期放送中。当連載2022年夏からの1年分をまとめた単行本『ゾンビ化するアメリカ』(小社刊)が発売中!)
〈 「脳が寄生虫に食い荒らされている」ロバート・ケネディ次男の“数奇な運命”〈トランプが要職に起用〉 〉へ続く
(町山 智浩/週刊文春 2024年5月23日号)
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