「この間、面白いことがあったんですよ」スター選手から“ドイツ6部アマチュアクラブの監督兼営業”にジョブチェンジした岡崎慎司(38)の変わったところ、変わらないところ
文春オンライン / 2025年1月10日 17時0分
プレミア優勝チームの主力だった岡崎慎司が、現在はドイツ6部で監督をしている 筆者撮影
荒野を切り開くか、目的への合理的なルートか。今年5月に現役を退いた元サッカー日本代表・岡崎慎司(38)が選んだのは前者だった。
現役を引退したサッカー選手のセカンドキャリアの王道といえば、育成世代の指導者を務めながらプロを指導できるライセンス取得を目指すことだろう。
岡崎のような日本代表クラスであれば、解説者やテレビタレントのような道もある。実績を見ればどんな選択だって可能に見えたが、彼が選んだのはドイツ6部のアマチュアクラブ「バサラマインツ」のオーナー兼監督という泥臭い道だった。
現役を退いてすぐに、コーチを経ずに直接監督になること、その舞台が海外であること、しかもそれが自分で立ち上げたクラブであることも、なにもかも異例ずくめだ。
「基本的には監督業に専念させてもらっていて、その次に営業」
岡崎は現状を楽し気にこう話す。
「基本的には監督業に専念させてもらっていて、その次に営業。選手時代にはやらなかったような自分を使うというか、頭を下げるようなこともやっています」
岡崎が滝川第二高校サッカー部の2期上の山下喬(現会長)らとともにバサラマインツを立ち上げたのは、現役だった2014年。ドイツ11部からスタートし、5シーズン連続で昇格する快進撃を見せたものの、2019年に6部昇格を果たして以降、5部昇格の壁にぶつかる時期が続いている。クラブ創立10周年を迎えた2024年は、岡崎慎司を監督に迎え新たなフェイズに入った。
バサラが戦う6部は日本に置き換えると、地域リーグ2部に相当する。エリアはドイツ南西リーグに属し、今季は全17チームで戦い7位で前半戦を終えている。
アマチュアリーグのため多くは地元選手で構成されているが、日本人選手も複数所属している。Transfermarkt.jpによれば、リーグ全体の登録選手は461人。そのうち海外組は92人だが、そのうちの12人はバサラマインツに所属している。つまり、6部リーグにおいて異彩を放つクラブということだ。
観客動員数は1試合平均82人から134人に増えた
岡崎が監督に就任した今季、バサラマインツの観客動員数は1試合平均82人から134人に増えた。明らかに“岡崎効果”だ。
「大都市のフランクフルトが近いので、そこに住んでいる日本人の方がたくさん来てくれるようになりました。我々の規模からすると、数十人の観客がコンスタントに増えるというのは簡単なことではないんです」(山下会長)
日本代表歴代3位の得点記録を持ち、マインツ05所属時代にはブンデスリーガで日本人最多となるシーズン15得点、さらに“ミラクルレスター”の一員としてプレミアリーグ優勝も果たした岡崎慎司が、今は100人前後のお客さんのためにアマチュアリーグで奮闘しているのだ。
「この間、面白いことがあったんですよ」そう言って岡崎は“営業エピソード”を話し出した。
ある時岡崎は、古巣マインツ05の試合を観戦していた。そこで隣の席に座ったドイツ人男性と雑談を交わすと、クラブの元スターに驚いた。そして話を聞くと、勤め先が日本企業ミスミの欧州拠点だという。
「やっぱり選手って名前が通っているんだなと思いました。僕のことを知っていて、ドイツにいるの? 最近は何してる? とかいろいろ聞かれて。バサラの話をしたら『じゃあミスミヨーロッパの社長とのミーティングをセットさせてよ』って。そんな風に色んなところで、出会いを探していますね」
この出会いがビジネスになるかは不明だが、バサラマインツの営業担当としてのリアリティが伝わってくる話だった。
一方で、悔しい思いをすることも多々あるという。
ドイツの冬の風物詩といえばクリスマスマーケットだが、バサラマインツも2025年からホームグラウンドになるヘヒツハイムエリアに出店し、岡崎も店頭に立った。ローカルコミュニティに溶け込むのが大きな目的だ。
しかしこのマーケットで、岡崎は考えさせられることがあったという。
バサラはクリスマスマーケットの商品として、メインスポンサーである「EA THAPPY」の力を借りて大福餅やどら焼きを販売した。EA THAPPYはドイツを拠点に1000店舗以上を展開する手作り寿司やアジアンフードのチェーン店で、ローカル系では珍しく日本人からの評判が高く、在住者にとって救いのような店だ。
「ちっちゃなエリアのクリスマスマーケットなのに日本人の方がたくさん来てくださって、それは本当に嬉しかったんです。でも他のドイツ人たちは(定番の)グリューワインとかフライドポテトの屋台を出していて『もしかしたらちょっと違ったのかな』と。地元の人たちに認めてもらうには、もっと違う方法があったのかなって反省しました。でもそれも実際に屋台に立たせてもらわないとわからなかったんですけどね」
岡崎がブンデスやプレミアの選手だった頃は、ショップの一日店長になってもやることは簡単だった。ニッコリ微笑んでファンとの2ショットに収まれば後はスタッフがやってくれた。だがバサラにおいては岡崎が戦略から調整まで全てに頭をひねることになる。日本人のクラブという特色を出すことと、マインツの小さな街に受け入れてもらうことを両立する方法を考えるのも今は岡崎の仕事なのだ。
「サッカー選手って後半は悔しい思いをすることも減っていくんですよね」
ただ岡崎自身は、課題が常に降りかかる環境をむしろ望んでいたという。
「サッカー選手って、若い頃はいろんなものを身につけて成長していくけど、後半になるとそれをひとつひとつ削ぎ落としていくんですよ。無駄なことをしなくなるけど、同時に悔しい思いをすることも減っていくんですよね。だけどバサラでは、できないことや悔しいことだらけだからこそ、成長できる。それに選手の時と違って、悔しい思いも課題も共有して一緒に解決できる仲間がいる。それが楽しいですね」
すっかり立派な社会人になったかと思いきや、ふいに覗く言葉からは岡崎の「芯の部分」が変わっていないことも伝わってくる。
「とにかく勝ちたいわけですよ。勝って上にのしあがっていきたいという思いは選手時代と変わらなくて。そのための手段はいろいろあって、選手のリクルート、営業、クラブ内部の整備、地域とのパートナーシップ、監督としての成長……。とにかくやることがいっぱいで、クラブを運営するって大変なんだなってあらためて感じているところです」
〈 「ハセさんと話すと、僕はやっぱり大きな組織は…」元日本代表・岡崎慎司(38)が観客134人のドイツ6部でオーナー兼監督になった“らしすぎる”理由 〉へ続く
(了戒 美子)
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