「家庭料理の話をしないで」という高校生…土井善晴が“一汁一菜”で本当に伝えたい「自愛」のための料理
CREA WEB / 2024年3月9日 6時0分
2024年3月15日から全国6都市にて順次開催する「TBSドキュメンタリー映画祭2024」。そのカルチャーセレクションとして、『映画 情熱大陸 土井善晴』が上映される。
一汁一菜を提唱する土井善晴さんに密着し、追加取材を行った映画版ではさらに深く追った。料理が苦手、なにを食べたらいいかわからない、と迷う現代の人たちに、料理の哲学を指南している。
家庭のなかに「料理の評価」を持ち込むな
――土井さんは外食もなさるんですか?
しますよ。開発力はあんまりないから、たいてい決まったところに行きますが、レストランというのは家庭と違って、表現者と観客の関係なんです。しっかり味付けして出てくるのは、レストランのシェフが表現者だから。おいしいか好きかどうかは、観客が評価する。それを家庭に持ち込むから大変なことになるんです。
――家庭では評価をするべきではない、ということでしょうか。
世間からの影響を潜在的に受けて、「一汁一菜は料理とはいえない」とか、「こんなん料理か?」なんて家族に言われたり……。おいしいものを作るというシェフの「責任」と味が足りないとかまずいというレストランの「評価」する楽しみを、家庭のなかに持ち込んだ時代になっています。
でも、一汁一菜は自然物ですから、そうした表現者と観客のような関係は生まれない。何を作ろうかという悩みも、おいしさへプレッシャーもない世界です。お料理しない男性や子どもたちにも料理の意味を知ってもらう必要がありますね。そういう意味では多くの男性はまだまだ遅れています。
――どうして料理は難しい、と捉えてしまう人がいるのでしょうか。
やらない人が、一番とやかく言うのです。わからないから怖い。経験しないから難しいに逃げているのです。それにやらなくても、食べるものはいくらでも売っているわけですから、
料理する人を牽制したいというのもあると思います。でも実は、しっかり料理する人って案外多いんじゃないかと思っています。子供だって、試験前にわざわざ「たくさん勉強した~」なんて言わない、勉強しないふりをするでしょう。
まあ、難しい、大変だと思うのは、「味付け」を料理だと思っているんですね。味付けに責任があるのです。和食は味付けなんてしなくてもよくて、食べられるようにすればいい。
お刺身も天ぷらもそうでしょ。味付けなんて、わたしは酢とからしで食べるわとか、一人ひとりお皿の上で工夫すればいいんです。フランスでも、お皿のソースの絡め具合で塩加減を調整したり、自分で味付けしながら食べているんですよ。彼らの日常は、自分で切って、素材やソースを混ぜて、味を加減して、料理しながら食べているのです。レストランとは違います。だからお料理にプレッシャーなんてない。
日本人も昔は、しょうゆと酢、酒、塩とかを食卓に並べて、自分で味付けしながら食べていました。自分でクリエイションしながら料理を食べる、ということが基本だったんですね。食べる人が受け身すぎるんです。食べることはクリエーションなんです。
電子レンジで時短調理する3分、本当に必要?
――忙しさなどから料理を敬遠してしまう人に、何かアドバイスはありますか。
今はこれだけ食べるものがいくらでも売っているから、わざわざ料理しなくてもいい、と思う人も多いかもしれませんね。しかも料理は面倒で大変で時間がかかる、という触れ込みが広がって、それをみんな信じてしまっている。合理性、便利、機能性とか、そういうことが重視される時代でしょう?
でも、野菜をゆでるのに10分かかるところが、電子レンジなら3分で済むのが便利として、その時間って本当に必要な時間なんでしょうか。
生きるって、野菜をゆでて、ついでに人参もゆでようかな、それなら人参は少し細く切ったらいいかな、とかそういうことでしょ。ゆでるときに塩とオリーブオイル垂らしたら、ドレッシングなしでもそのまま食べられるなとか、今日はカリッとした感じにゆでようか、柔らかくゆでようか、とか、考えることが生きるってこと。
料理は面倒だからしなくていいと思ってしまうと、しんどいものになってしまう。でも、歯磨きとか顔を洗うのとかと同じ。好き嫌いじゃなく、するもんやと思えばいい。やっているうちに楽しみが見つけられるようになってきます。
――はじめからおいしく作るのは難しいかもしれません。
日本人はとても保守的なんです。なかなか自分の考えを変えられないんですね。理論性負荷が高いんです。思い込んだことで、自分の知っていることで満足する。
たとえばわたしが味噌汁にピーマンを入れると、「へえ、先生そんなんも入れていいんですか、勉強になります」ってみんな驚くんですよ。でも自分ではやらない(笑)。日本人には新しいことって、ものすごくハードル高いんです。
「先生これどないするんですか?」って聞いて、指導しても、自分の仕方を押し通す、人の言うことをきけへんのですよ。でもね、自分を変えることっていちばんむずかしいんですよね。どんなにお料理を習っても、自分を疑わないといけないですね。私も自分を信じていません。明日になったら、違うことを言うかもしれない。だって私は明日までに何かに気づいて、新しい自分になっているかもしれないからです。やってみてはじめて、そこに気づきがあるんです。
――今はやっぱり、料理する人が減っているのでしょうか。
高校で講演した時、一人の男子生徒から「家庭料理のない家もあるから家庭料理の話なんてしないでください」と言われたことがあります。今は裕福な家庭でも5人にひとり、7人にひとりくらいは、家でごはんがない子がいてます。家族で料理をしない家があるのです。
彼には、「自分で作って自分で食べればいい」と答えました。食べることよりも、「料理をすること」が大事なのです。人間ですから。人間は料理する動物です。料理が人間を人間たらしめる。自然と人間のあいだにあるのが料理です。そこに自然を思い人を思う、情緒が生まれ、人や自然を思いやることができるのです。
旬の野菜を食べるのは「家族や自分に季節を知らせること」
――自分のために料理すれば、自分を思いやれる、ということでしょうか。
そう。食べるよりも料理することの方が大事。自炊すれば、自分を大切にすることができます。
一人暮らしをする子どもに親が電話して「ちゃんと食べてるか?」って聞くでしょ。「味噌汁くらいだけど作って食べてるよ」と聞けばうちの子しっかりしてるなって思う。逆に、親が相変わらず手まめに料理していたら子どもは何より安心できるものです。
――はじめは、なにを作ればいいでしょう?
だから、一汁一菜です。お椀にいっぱいの具を小鍋に入れて、お椀にいっぱいの水を入れる、火にかけて煮立ったら味噌をといて、しばらく馴染ませれば具沢山の味噌汁です。家に帰って5分もすれば温かいものが食べられます。
おかずがなければ白いごはんに味噌をのせて食べてください。味噌やご飯のおいしさを知るでしょう。日本には、ご飯のおかずはいくらでもあります。のり、たらこ、佃煮、梅干し、豆腐、油げ、さつま揚げ、大根おろしをおろして醤油を垂らせばいいのです。
――最後に、今の季節に食べておきたい旬のものを教えてください。
春は芽のものです。さやえんどうとか、菜の花、アスパラガス、山菜などが旬です。献立を考えるとき、メインディシュから考えるでしょ? メインディッシュって魚か肉のことなんです。メインディッシュから考えるから、悩むのです。野菜を中心に考えていいんですよ。和食にそもそもメインディッシュなんてありません。
――野菜も主菜になり得るんですね。
たとえば菜の花をポキポキ折って、硬いとこは捨てて、フライパンに少しの水と一緒に入れて、蓋をして蒸し焼きにする。オリーブオイルをかけて、ハムを添えてもいい。それを「春がきたよ」って出せば、それが一番。野菜だってメインディッシュになるんです。たけのこをゆでて、マヨネーズと味噌を混ぜたのをつけて食べてみようかな、とか。そういうものが主役になってもいい。それで家族に季節を知らせることになるでしょう。家庭に季節を運んでください。
土井善晴(どい・よしはる)
1957年生まれ、大阪出身。大学卒業後、スイスとフランスで料理を学び、大阪で日本料理を修業。92年に「おいしいもの研究所」を設立。NHK「きょうの料理」やテレビ朝日「おかずのクッキング」などの講師を務める。著書に『一汁一菜でよいという提案』(新潮社)、『くらしのための料理学』(NHK出版)など。
TBSドキュメンタリー映画祭2024
全国6都市で3月15日(金)より順次開催(東京・大阪・京都・名古屋・福岡・札幌)
※土井善晴さん、舞台挨拶への登壇も決定!
映画 情熱大陸 土井善晴(東京・大阪・京都限定上映)
「一汁一菜」、ご飯を中心に味噌汁と簡単なおかずで構成する和食のスタイル。土井は、日々の食事はこれで十分と提案し、料理を億劫に感じていた人の心を軽くする。味噌汁は出汁をとらなくてもいいし、具材に何を入れてもいい。作りやすいレシピの紹介で人気の“土井先生”だが、いま、レシピから離れる大切さを説く。料理する全ての人を応援したい…生き辛さを抱える時代に新たな暮らしの哲学を模索する料理研究家の情熱を見つめる。
予告編:https://youtu.be/4QrONYJaB-k?si=V_igFScEFpLg--_s
出演:土井善晴
監督:沖 倫太朗
https://www.tbs.co.jp/TBSDOCS_eigasai/
文=吉川愛歩
撮影=細田 忠
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