「テレビは恵まれてる人の物語」? 大人気ドラマ『チェリまほ』のプロデューサーが向き合う負の感情
CREA WEB / 2024年3月22日 7時0分
配信プラットフォームが活況を呈し、テレビの観られ方が大幅に変わりつつある今、番組のつくり方にもこれまでとは違う潮流が勃興しています。その変化の中で女性ディレクター/プロデューサーは、どのような矜持を持って自分が面白いと思うものを生み出しているのか。その仕事論やテレビ愛を聞く連載です。
今回は、『30歳まで童貞だと魔法使いになれるらしい』や『今夜すきやきだよ』など、人気ドラマを多く手掛けるテレビ東京の本間かなみさんにに話を伺いました。
派遣社員のまま人気ドラマプロデューサーに
――本間さんはもともとテレビ業界志望だったんですか?
小さい頃からテレビが好きで、高校3年生で進路を決めるときに「テレビの仕事をやってみたいかもな」とぼんやり思ってはいました。ただ、中学も高校も出席率がとっても悪くて、お勉強も頑張っていなかったので自分には無理だろうな、と。それで結局、全然関係のない仕事に就きました。でも働き出してから、学生のアルバイトと違って社会人にとっては仕事が人生のメインチャンネルになるんだと感じて、「だったら自分の好きなことに時間を費やしたい」と思ったんですね。それでやっぱりテレビに挑戦してみたくて転職しました。
――子ども時代はテレビのどんなところに惹かれたんでしょうか。
ドラマが好きで毎日観てました。群馬県出身なんですが、とにかく山に囲まれた田舎だったので(笑)、刺激を得られるのがテレビドラマだったんだと思います。新しい言葉や新しい価値観を教えてくれて、そこにすごくワクワクしていた気がします。もちろんバラエティも好きだったから、家にいる間は朝起きてから夜寝る前までずっとテレビがつけっぱなしでしたね。
――最初は派遣社員として他局でバラエティのADやAPをされていたそうですね。
そうですね。転職するとき、テレビ業界のことを何もわかっていなかったので「どの会社に行けばテレビがつくれるんだろう?」というところからのスタートで。それで転職サイトの上のほうに出てきた会社に面接に行ったらそこが派遣会社だったんです。21歳から26歳くらいまでずっとバラエティをやっていました。
バラエティも楽しかったんですが「ドラマをやりたい」という気持ちが捨てきれなくて、当時の派遣会社の上の人に何度も相談していたら「テレビ東京のドラマ室が派遣スタッフを募集しているから、そっちに行ってみる?」と言ってくれたんですね。それでドラマ室に入って、APをやらせてもらっていました。
――そして初めて手掛けられた『30歳まで童貞だと魔法使いになれるらしい』(2020年/以下『チェリまほ』)が大ヒットします。派遣社員の方による企画・プロデュース作品であることも話題になりました。
当時のドラマ室の室長が「企画が通ったら雇用形態に関係なくプロデューサーをさせる」というポリシーを持っていた方だったんです。「派遣でも企画を出してね」「やりたいことがあったら形にしていこうね」と言ってくれたので、3年間くらいで30本くらい企画を出し続けてました。
自分の中にくすぶっていた悔しさや怒りが原動力に
――以降、『うきわ -友達以上、不倫未満-』(2021年)、『今夜すきやきだよ』(2023年)と手掛けてこられましたが、『チェリまほ』含めいずれも原作ものだったのに対し、2024年1月期の『SHUT UP』はオリジナルドラマです。同じ女子寮で暮らす苦学生4人が、そのうちの1人を妊娠させた上に中絶費用を支払わなかった男に復讐すべく、100万円強奪計画を立てるが……というクライムサスペンスでした。この作品はどういった経緯で生まれたのでしょう。
オリジナル自体はずっとやってみたかったんです。でも企画書がうまく書けないことが続いていました。いつも全体構成でつまずいてしまって。だけど、自分の中にあるもの、ずっとくすぶっている思いや自分自身の経験と向き合ってみたら書けるんじゃないか、と思って書いてみたら書けたんです。それをドラマ室の森田(昇/『SHUT UP』CP)や祖父江(里奈/『今夜すきやきだよ』CP)が面白いと言ってくれて、成立できました。
――そこで向き合った「自分の中にあるもの」とは具体的にはどういうものですか?
なんですかね……。悔しさや怒りが自分の中でエネルギーになりやすい感情なんですけど、そういう負の感情に伴う経験や、思春期の頃に感じていたことなどをバーッと出した感じかもしれないです。自分の育った家庭がわりと不安定だったりいびつな側面があったりして、思春期の頃に周囲の子たちの家庭環境を見て「いいな」と思っていた気がするんですね。そういう悶々としたものがずっとくすぶっているというか。
――そういった感情と向き合うのはつらい作業ですよね。日々の仕事もある中で気力の要ることだと思いますが、そのしんどさを乗り越えてでも「この怒りをもとにしたら絶対に良い物語がつくれる」と思えたんでしょうか。
私自身が「テレビって恵まれてる人たちの物語ばっかりじゃん」と思っていた時期があったんです。これがちゃんと形にできたら、同じように感じているどこかの誰かの居場所にもしかしたらなれるんじゃないかと思っていて、それがエンジンになっていましたね。
――制作においては、原作ものと比べて気をつけるポイントはどう違いましたか?
原作があるときは、もともと一度完成された世界があるのでその大事な部分を損なわないように気をつけていました。だけどオリジナルとなると更地から立ち上げるというか、一個の“正解”がなくて、立ち返るのが自分自身しかいない。だからこそこれまで以上に監督や脚本家さんと話して、本当に細かいことひとつひとつで丁寧にディスカッションしました。中立性を持って物事を多角的に見られる人の冷静な意見がないと、作品としてのバランスが保てないんじゃないかと考えてましたね。立ち返ったときの自分が正解になりすぎないように、主観的になりすぎないようにしたかったんです。
――実際、制作の過程で「これは主観的になりすぎていたな」という出来事はあったんでしょうか。
たとえば100万円を強奪した後、警察に捕まる、そして警察がサンクティへの架け橋になるっていうのを企画段階から決めていたんですが、警察ブロックよりもサンクティブロックに意識が大きく行っていたんです。彼女たちが100万円盗んだことに対して、彼女たちの貧困、性暴力という被害者性への思い入れが強すぎて加害者性にあまり意識が行ってなかった。でも脚本家の山西竜矢さんが「どんな事情があっても罪は罪だから、それと向き合う時間を一回つくったほうがいいのでは」「警察の女性がサンクティへ導く為だけの記号になっていないか」と言ってくれて。「確かに…」と思って、立ち止まって警察ブロックの描きも熟考することができました。
――性暴力という言葉が出ましたが、本作では性的合意やリプロダクティブ・ライツなど、非常に今日的なイシューが描かれています。そういった部分とエンターテインメント性のバランスの取り方には相当な慎重さが必要だったんだろうと観ていて思いました。
「ここでエンタメ性に重きを置いてしまうと、当事者の切実性が覆い隠されてしまうのではないか」という場面では、たとえば編集で「音楽はかけないでいこう」とか「かけるにしても、こんな華やかな音楽はやめよう」とか、そういうことをひとつひとつ話し合いながらつくっていました。
――自分の中にあるものと向き合ってドラマをつくって、抱いていた負の感情はそれで昇華されるものですか?
昇華はされないですね。ただ、報われることはあります。すごく一生懸命書いてくれたことが伝わるお手紙を今回も何通かいただいたんです。そうしたものを読むと「ちゃんと観てくれる人がいて、誰かに寄り添うことができたのかな」と思えますね。
10代の頃は浜崎あゆみに夢中だった
――『SHUT UP』に限らず、本間さんの作品はジェンダーやセクシュアリティへの意識、ひいてはフェミニズムが明確に根底にあると感じます。なぜそういったことに興味を持つようになったのでしょう。
さっき少し触れたように自分の育った家が不安定だったりいびつな側面があったりしたので、家で過ごしていて「自分の尊厳や安全は自分ではどうにもできないものなんだ」「自分の尊厳なんて元からなかったんじゃないか」みたいな感覚になる時期や時間があったんですね。だから尊厳や生きる上での安全性といったものが阻害されることに敏感なのかなと思います。フェミニズムもジェンダーもセクシャリティも、尊厳や平等な権利の獲得がテーマだと思うので、そこに共鳴する感覚があるのかなと。
――10代などの若い頃、誰かの言葉などからそうした感覚に触れた経験があったのでしょうか。
10代の頃、浜崎あゆみさんに夢中でした。あゆは本当にすごい。J-POPって「好きだ」とか「別れちゃった」とか「寂しい」とかそういうものが多くて、自分の言葉の拠り所になるような歌がないなと感じていたんですけど、14歳くらいで「A Song for ××」や「my name's WOMEN」を聴いたときに「自分の居場所があったんだ!」って思ったんです。あゆと出会って……完全にファンの言い方になってますが(笑)、あゆと出会ってあゆの歌を聴いて奮い立つものがあったし、その歌の精神性が自分の中にもちょっとインストールされた感じはありますね。
――浜崎さんは恋愛の歌も多いですけど、同時に「それでもどうにかこうにか自分の足で立つんだ」ということをすごく歌っていますよね。
そうなんですよ、本当にそうで!(身を乗り出す)
――テレビ業界も、今変わりつつありますが男性優位の世界だと思います。働く中で「これは違うんじゃないか」「しんどいな」という感じることはありましたか?
だいぶ減ったと思います。自分が25〜26歳くらいの頃が過渡期だった気がしますね。それまではハラスメントに対する意識も働き方に関する意識もみんな低かったと思うんですが、そのくらいの時期から高まっていった実感があります。だからAD時代は本当にしんどいことがいっぱいありましたが、それ以降はそこまででもないですね。それは先人の皆さんのおかげだと思います。
――AD時代のしんどかった話を聞いていいですか。
セクハラとパワハラがきつかったです。テレビ東京とは全然関係ない話なんですが、演出の方が出社すると必ず誰か女の子に声をかけてコーヒーとタバコをお願いするチームがあったんですね。同じ女の子が1〜2カ月声をかけられ続けることもあるんですけど、それが何を意味しているかというと、その演出の人のお気に入りになったということなんです。その人はものすごくパワハラ体質だったので、そうなるとみんなその子に怒れなくなる。あるいは、遠方ロケに行くとき、演出の人はひとりだけホテルでほかのスタッフは安宿なんですけど、お気に入りの女の子になると一緒に良いホテルに泊まれるんですよ。部屋はもちろん別ですが。
――そんなあからさまな……。
そういうのを1年目くらいで経験して「すごい嫌だ……」と思いました。
――どうやって仕事のモチベーションを維持していたんですか。
私もそのとき感覚が麻痺していて、「そういうものだ」みたいなマインドになっていたんですよね。「これに耐えないと次には進めない」と思考停止していたかもしれないです。結局しんどくなってその番組は辞めたんですけど。
――わかる気がします。自分の若い頃を振り返ると、そういう場面でもうまく立ち振る舞うのが賢さだと思っていたところがありました。
そうですよね。ちょっと弱音を吐くと「うまくやり過ごせないの? それができなきゃこの業界で働いていけないよ」「もっと頭良くなりな」とか言われてしまって「そうか、やり過ごすのが正義なのか」というふうに思ってしまいますよね。
――『SHUT UP』ではみんなちゃんと怒りや悔しさを口にするし、経済状況や立場は違ってもつながっていける可能性を描いているのが美しいですね。
うれしいです。
男性同士がケアする話をいつかやってみたい
――2022年に正社員になられたそうですね。働き方はどう変わったのでしょう? モチベーションや仕事へのスタンスも変わりましたか。
派遣のときは自分で企画を通さないとプロデューサーができなかったんですけど、社員になるとそれだけでなく他の人の企画で一緒にプロデューサーをやるようなことも出てきます。「いつクビになっちゃってもこの仕事で生きていけるようにしなくちゃ」と自分自身に関してすごく必死になっていたところから、「会社の役に立てたらいいな」というような視座が生まれました。
――最初に手掛けた『チェリまほ』が大ヒットしたことで、プレッシャーを感じる場面はなかったんでしょうか。
誰かから何かを言われたことはあんまりなかったんですが、初めての企画・プロデュースで無我夢中でやったものが結果に恵まれ、いろんな人がいろんな言葉で評価してくれて、「でもその言葉に自分は見合ってなくない?」と感じていた時期はありました。
だけど、『チェリまほ』にアソシエイトPで入ってくれた浅野(太)が「これからも本間らしい作品をつくっていこうね」と言ってくれたり、『うきわ』のCPをやってくれた阿部(真士)も「いい作品をつくっていこう」と言ってくれたり、周りの評価軸とは関係ないところから言葉をくれる人が身近にいた。それで「自分のペースで頑張っていこう」と思えています。
――最後に、「今後こんな作品をつくりたい」という夢があれば教えてください。
男性同士がケアする話をいつかやってみたいな、とは思っています。ただ、あんまり先のことが考えられない性格で……。だから「考えついたらいいな」「考えつくかな〜?」くらいの気持ちでいます(笑)。
本間かなみ
派遣社員での勤務を経て、2022年テレビ東京入社。ドラマプロデューサー。これまでのプロデュース作品はドラマ『30歳まで童貞だと魔法使いになれるらしい』『うきわー友達以上、不倫未満―』など。最新作は『SHUT UP』。
文=斎藤 岬
撮影=平松市聖
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