「遺言書は必要ではない」と思っていた女性が陥った複雑な相続
ファイナンシャルフィールド / 2019年11月26日 9時15分
皆さんは、遺言書を作っていますか?わざわざ作る必要もないとお考えの方も、多いのではないでしょうか? しかし、ご自身の考えだけで遺言書を不要だと判断してしまうと、相続の手続きが面倒なことになり、かえって時間もお金もかかってしまうことになるかもしれません。 今回は、遺言書の必要性がないと思っていたA子さんのケースをご紹介しましょう。
遺言書を作る必要がないと思っていたA子さん
東京都にお住まいのA子さんは、半年前に夫を亡くしました。子どもはいません。夫婦2人で、30年前に購入した夫名義のマンションで生活をしていました。
生前、夫は遺言を作っていませんでした。その理由について、A子さんはこう話しています。「財産は、家と預金だけだし、私が全て管理していました。子どももいないので、夫が亡くなっても、今までと変わらずに私が管理するだけです。わざわざ遺言書を作るのが面倒でした」
確かに、相続人が妻だけで、相続財産の内容も全てわかっているのであれば、一見、遺言書は不要なように思われます。しかし、子どものいないA子さんは、時間とお金がかかる面倒なことに巻き込まれました。
義理の兄弟姉妹の存在は相続の手続きが複雑になりがち
A子さんは、相続人が自分だけと思っていましたが、これは誤りです。亡くなった方に子どもがいない場合、まず親が相続人になります。親も亡くなっていたら、兄弟姉妹が相続人です。「子どもがいないから兄弟には相続権がない」とはなりません。
今回のケースでさらに厄介となったのが、代襲相続人の存在です。兄弟姉妹の中に、すでに亡くなられている方がいたため、その子どもが、代わりに相続人になったのです。A子さんの夫には5人の兄弟姉妹がいて、そのうちの2名はすでに亡くなっており、それぞれに子どもがいました。結局、相続人は8人となりました。
相続手続きを行う際、この8人について、戸籍を集める必要があります。兄弟姉妹、そして代襲相続人が協力的であれば、自分の戸籍を送ってもらうことができるでしょう。
しかし、もし、兄弟姉妹の仲が悪かったり、一切の交流をとっていなかったりして、協力的でなかった場合、自分で相続人全員分の戸籍を集めなくてはなりません。A子さんは、後者でした。
相続人の名前や住所を調べ、全国から戸籍を取り寄せることになったのです。これは、とても大変な作業です。多くの場合、出生時は親の戸籍に入ります。
まずはそこから始まり、兄弟姉妹の戸籍を1つずつたどって、最新のものを取らなくてはならないのです。遠方から取り寄せる場合は郵送となるため、時間も費用も余分にかかります。
また、戸籍を集めても、相続手続きはそれで終わりとはなりません。遺産を分割するためには遺産分割協議書を作成する手間が残っています。また、協議書を妻の考えどおりに作成したとしても、他の相続人に実印を押してもらい、全員の印鑑証明書を受け取れるかというのは、また別問題です。
このケースは、遺言書を作らなかったがために、通常の数倍の手間がかかることがある典型的な例といえます。
遺言書があったらどうなっていたか?
では、もし遺言書があったらどうなっていたでしょうか?今回のケースでは、A子さんが相続財産を全て相続することが可能で、手続き自体もまったく面倒はなかったでしょう。
遺言書で、「全て妻に相続させる」という記載があれば、そもそも兄弟姉妹には「遺留分」(※)という権利がないので、相続自体の手続きに他の相続人の協力は不要となります。
兄弟姉妹が相続人となる場合、遺留分はありません。兄弟姉妹の代襲相続人も同じです。つまり、今回のケースでは、A子さんが単独で相続して完了したでしょう。
※ 遺留分とは、一定の範囲の法定相続人が、最低限取得できる遺産のことで、割合で決められています。例えば、相続人が配偶者のみの場合、配偶者の遺留分は50%です。遺産全体の半分は相続できるということです。何らかの理由により、この割合を下回る額しか相続されない場合、遺留分侵害額請求権という権利を使って、取り戻すことができるのです。
まとめ
遺言書は「お金がある人が作る」と考えていらっしゃる方が多いものです。ですが遺言書は、遺された家族が「困らないよう」に作るものと、私たち専門家は考えています。
今回の民法改正で、自筆証書遺言の要件が緩和されるなど、遺言書を作成することに対するハードルは低くなっています。遺言書は実は何度作っても構いません。複数の遺言書がある場合には、新しい日付のものが有効となります。
多くの財産がなかったとしても、相続の手続きが複雑になるのは、子どもがいないご夫婦のケースだけとは限りません。自分はどうしたいのか、家族に何を遺したいのか、自分なりの遺言書を、まずはゆっくりと考えてみてはいかがでしょう。
執筆者:長崎元
行政書士/特定行政書士
長崎元行政書士事務所 代表
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