「俺は子供は欲しくないよ」事実婚カップルの意図せぬ妊娠…身勝手な夫に「覚悟を決めさせる方法」
Finasee / 2024年4月10日 11時0分
Finasee(フィナシー)
夫の帰宅をこんなに待ちわびたことがあっただろうか。フリーのイラストレーターをしている瑞穂は、経済誌で編集者をしている夫の雅彦が帰宅する時、だいたい部屋で仕事をしている。瑞穂の仕事がひと段落すると、そこから2人で簡単な料理を作り、一緒に食べるというのがいつもの流れだった。
しかし今日はいつもとは違う。夫に伝えなければいけない大切な話があるのだった。
ドアが開き、スーツを着た夫が帰ってきた。普段はもっとラフな服装をしているが、今日は大企業の経営者にインタビューをするので珍しくスーツを着ている。スーツ姿の夫は、心なしか疲れているように見えた。
「どうしたの? 出迎えてくれるとか珍しいじゃん」
「うん。ちょっとソワソワしちゃって」
「なにかあったの?」
「うん。なにかあったんだけど、ご飯食べながら話そう」
「そうだね。俺もおなかすいちゃった」
夫は近所のスーパーで総菜を買ってきてくれていた。冷蔵庫にしまってある白米と総菜をレンジで温め、テーブルに載せる。ホイコーローのおいしそうな香りが食欲を刺激してくれる。
夕食はいつも、簡単な料理をするか総菜を食べるかだった。お互いに仕事があるし、週末以外は凝った料理をする余裕はない。でも、瑞穂はこんな夫婦生活に満足していた。婚姻届を出さない事実婚という形ではあったが、これまで特に大きなけんかをすることもなく、平穏な夫婦生活を送ってきた。
「そういえば、どんな話なの?」
ホイコーローに箸をつけながら、向こうから話を振ってきた。瑞穂は箸を置き、まっすぐに夫の顔を見て言った。
「あのね。妊娠してるって」
「え? 妊娠?」
夫はよほど驚いたのだろう。口をぽっかりと開け、ぱちぱちと何度もまばたきをしている。これが驚いた時の癖だというのを瑞穂は知っていた。
数日前から体調の変化を感じており、気になって病院を受診したのだった。『自分の気のせいだろう』と思っていたが、診察した医師からはっきりと妊娠を告げられた。
「そうか、子供か……」
まばたきが落ち着くと、夫はうつむきながら静かに言った。
俺は子供は欲しくないよ夫は子供を持つことについて否定的だった。
子供が生まれたら、そこから10数年間は子供中心の生活になってしまい、自分たちの人生を楽しむどころではない。本来であれば自分の趣味などに使えるはずのお金も教育費にまわすことになり、生活から潤いも失われてしまう。それが夫の考えだった。根本的に、子供があまり好きではないとも言っていた。
「やっぱり、子供は嫌なのかな……」
夫と違い、瑞穂は子供を持つことに決して否定的ではなかった。仕事は続けていきたいけれど、子供が欲しいという気持ちもあるというのは夫にも伝えていた。
「そうだね、俺は、子供は欲しくないよ」
夫ははっきりとそう言った。瑞穂に伝えると同時に、自分自身にも改めて言い聞かせているかのようだった。
「でも、私は産みたいんだよね」
ここで簡単に譲歩するわけにはいかなかった。意図しない妊娠ではあっても、子供を授かったことに変わりはない。もう決して若くはないし、この機会を大切にしたかった。
考えてみれば、事実婚とはいえ子供についてちゃんと話し合っておくべきだった。お互いに考えが違うのは知っていたのに、しっかりと話し合わないままここまで一緒に暮らしてきた。もしも妊娠してしまったらどうするかについて、一度も話し合ったことがなかった。
「申し訳ないけど、俺は賛成できないかな」
まるで念を押すかのように、夫は重ねてそう言った。どうやら、瑞穂の気持ちに歩み寄ってくれるわけではなさそうだ。
「あなたが反対しても、産みたい気持ちは変わらないよ。それに、夫婦なんだし、もうちょっと私に歩み寄ってくれてもいいんじゃないかな」
瑞穂はあまり波風を立てるのが好きではなく、自分の気持ちをはっきりと主張するのは珍しかった。しかし、今回ばかりはそうもいかない。
「いや、子供が欲しくないっていうのは前から言ってたよね」
「私だって、子供が欲しい気持ちがあるっていうのは前から言ってたよ」
そこから先は、ずっと平行線だった。これまで子供についての議論を避けてきたせいで曖昧になっていたが、雅彦と瑞穂の考え方にはかなり距離があった。この距離を埋めるのは不可能ではないかと思えるほどだった。
「子供を産むっていうなら、一緒には暮らすのは難しいかな」
夫はそう言うと、リビングから立ち去って自分の部屋に逃げてしまった。瑞穂はひとり、テーブルに取り残された。
このような展開になる可能性はあると思っていたが、もしかしたら夫も喜んでくれるのではないかという希望がなかったといえばうそになる。しかし、現実はそうではなかった。まだ食事も終わっていないのに、夫は部屋に逃げてしまった。
テーブルに残されたホイコーローはすっかり冷めてしまっていた。
夫が賛成してくれなくても子供を産もう妊娠を告げて以来、瑞穂と雅彦の夫婦生活は一変した。
必要以上の会話を避けるようになり、お互いの部屋にこもる時間が増えた。夕食はこれまで通り一緒に食べていたが、食卓には重苦しい空気が漂っていた。子供を産むのか産まないのかしっかり話し合わなければいけないのに、2人ともそれを避けていた。
瑞穂は、たとえ夫が賛成してくれなくても子供を産もうと思っていた。
夫婦生活は終わりになるだろうが、フリーライターとしてそこそこ収入もあるし、夫がいなくても生活が破綻してしまうことはないだろう。事実婚なので、名字を元に戻したりする手間もない。
時間をおけば夫の考えが変わるのではないかと期待したが、今のところその兆候はない。沈黙の時間が夫婦のあいだに積み重なるばかりだった。
●子どもを持つことに否定的な雅彦の考えは変わるのだろうか。そして瑞穂の決断は……? 後編【子ども嫌いは「思い込み」だった? 事実婚夫に気づかせた「予想外の出来事」】にて、詳細をお届けします。
※複数の事例から着想を得たフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。
梅田 衛基/ライター/編集者
株式会社STSデジタル所属の編集者・ライター。マネー、グルメ、ファッション、ライフスタイルなど、ジャンルを問わない取材記事の執筆、小説編集などに従事している。
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