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[SEVENDAYS FOOTBALLDAY]:情熱の行方(tonan前橋・小檜宏晃)

ゲキサカ / 2017年6月22日 20時39分

「今よりも10kg増くらいで、本当に見た目もパンパン」だったため、まずは食生活の改善に着手。ある時はジムで体を動かし、ある時は荒川の河川敷に行き、1人でボールを蹴りながら、少しずつかつての感覚を取り戻していく。夏にはスロヴェニアに渡り、トライアルを受けたクラブからオファーが届いたが、条件面で折り合わずに契約には至らない。帰国後もJクラブの練習に参加したものの、良い返事はもらえず、なかなかプレーする環境が決まらない状況の中、大学時代の同期に当たる深山翔平の誘いもあって、群馬の地を訪れる。2016年3月。4年ぶりの所属チームが決まる。小檜にとって “2度目”のサッカーキャリアはtonan前橋でその幕が上がった。

 午前中はチームの練習。午後は仕事という日々の中で、その“午後”が小檜に新たなサッカーとの関わり方を教えてくれている。彼に与えられた仕事とはサッカースクールのコーチ。対象は小学校低学年が中心だ。子供たちにサッカーを教える立場の小檜は、逆に子供たちから様々なことを教えられている自分に気付く。「子供に学ぶ部分って凄くたくさんあって、教える立場って結局言っていることが子供たちからしたら絶対な訳で、そういう意味では自分に嘘をつけないなって。それはサッカーの部分も、人としてどうあるかという部分もそうですし、やっぱり子供と携わったことで自分に言い聞かせている部分もあって、『サッカー好きだな』とか、『教えるのが楽しいな』とか、『自分がやった時にはこう教えられてたな。でも、もっとこう教えられるな』とか、『こういうふうに伝えると子供はわかるんだな』とか、そういうことも子供と出会ったことによって感じましたし、改めて自分が成長できた部分もあるので、そこは今の環境に凄く感謝しています」。

 今のサッカーとの関わりを尋ねても、彼からはほとんど子供たちとの話題しか出てこなかった。前述の大宮戦。前橋からも少なくないスクールの子供たちが“コーチ”の応援に駆け付けていた。「メインで見ていたスクールの子の1人が『ヒロコーチ!』って呼んでくれたので、写真を一緒に撮ったんですけど、やっぱり嬉しいですね」。そう語った小檜の笑顔は、間違いなく子供に愛情を注いでいるコーチのそれだったと思う。

 実は半月板を痛め、一般企業への就職を決意した大学4年の後期。小檜は自ら志願してBチームの選手兼コーチを務めていた。当時からサッカーを教えることには興味があったという。「第三者からの目線で選手のことを見たりとか、自分もプレーしたりとか、いろいろな目線で夏から卒業するまでやらせていただいたので、その経験も自分の中で大きかったんです」。大学最後の半年で得たものは、社会人になってからも後輩を指導する上で大いに役立ったそうだ。あるいはもともと彼にとって、指導者という道はおぼろげながら描いていた将来の選択肢の1つだったのかもしれない。

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