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映画「パスト ライブス/再会」の“大人のラブストーリーの最高傑作”なる惹句に待った!(松尾潔)

日刊ゲンダイDIGITAL / 2024年4月26日 9時26分

 ではどんな映画か。ぼくは「移民映画」と答える。根拠もある。だってこれ、『ミナリ』『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』といった、悩み多きアジア系米国人の心のありようを描き、(ここが大切なのだが)商業的にも批評的にも成功を収めている気鋭の映画製作/配給会社「A24」の作品なんだから。

 この作品を「恋愛映画」ではなく「移民映画」と位置づければ、多くの鑑賞者から名場面認定を受けている終盤のノラの号泣シーンも違って見えてくるはずだ。号泣の理由はきっと「忘れられない恋」といったシンプルなものではない。おそらくそれは、恋よりもっと大きなもの。12歳での移民体験と異郷生活で肥大化させたインナーアダルト(知識、思考など)。逆にずっと封じ込めてきたインナーチャイルド(感情、感覚など)。

 そもそも危うかった両者の不自然な均衡が決壊し、号泣という形で表面化したのではないか。韓国少女ナヨンの元々の性分はクライベイビー(泣き虫)。それをノラという英語名のもとに無理矢理メタモルフォーゼ(変態)させてきたが、ヘソンとの再会によってその無理が解けたのだ。なぜなら彼は歩く〈祖国〉だから。今では母親としか韓国語を使う機会もないノラは、意図的に祖国と距離をとってきた。移住は親の都合だが、その後の人生は自分で選び、自分の足で歩んできた。それでもインナーチャイルドは消えていなかった。完全に飼い慣らせてはいなかった。ノラがいとしい。三太くん、お連れ合いが泣いたのはこれがラブストーリーだからではないんじゃないかな。

 ヘソンは頭脳明晰なハンサムだが、見た目より脆い男。かの国に90年代から足を運んで仕事を重ねてきたぼくにとっても、ヘソンは韓国そのものだ。ナヨンの家族がカナダに移住した理由については、映画のなかで特に詳らかに語られはしないが、時代設定を考えれば97年のIMF通貨危機を連想するのは自然なことだろう。

 翌98年に大統領に就任した金大中は経済改革に着手、また小渕恵三首相と日韓共同宣言を発表して日本文化開放を推進する。2001年に195億ドルを全額返済した韓国はようやくIMF管理体制から脱却し、翌02年にはFIFAワールドカップを日韓共催し、成功させた。そのテーマソングを七転八倒しながら韓国の音楽人たちと共作した経験をもつぼくには、ヘソンはビタースウィートな過去を抱えた旧友に見えて仕方がない。

 最後にひとつ。再会を果たしたふたりが歩くブルックリン、そこで登場する回転木馬が絶妙だったなぁ。木馬は反時計回り。つまり時間を遡るわけですよ。あのシーンがたまらなく「恋愛映画」感に満ちていたのはたしか。映画やCMに関わるクリエイターにとっては、すぐにでもパクりたい誘惑に満ちたシーンでもあるだろう。でも、残念でした。日本やヨーロッパでは、じつは回転木馬は時計回りがほとんど。20年に閉園した〈としまえん〉もそうでした!

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