失業率の高まりは「プラス」の経済効果を産むことも…人材の「最適再配分」が日本の生産性を底上げする【マネックスグループ会長・松本大氏が解説】
THE GOLD ONLINE(ゴールドオンライン) / 2024年3月1日 12時15分
(※写真はイメージです/PIXTA)
「失業」というと暗いイメージになりがちですが、再就職する業種によっては、経済に好循環をもたらすきっかけになる可能性があります。本記事では『松本大の資本市場立国論』(東洋経済新報社)から、著者の松本大氏が、多くの企業で残り続ける終身雇用制度の問題点と、失業によるプラスの経済効果について解説します。
終身雇用制度が生産性を落とす一因になっている
終身雇用制度のマイナス面について指摘すると、仮に生涯の年収平均が500万円だとして、40年間雇い続けるとなると、それは1人あたり2億円の設備投資であり、同期が100人いたら、それだけで200億円の設備投資を行っているのと同じ意味を持ちます。
しかも終身雇用ですから、その投資がうまくいかなかったとしても、簡単にリプレースすることができません。
米国だと雇用者側に「right to fire(解雇する権利)」があるので、正社員でも簡単にリプレースできるのですが、日本の場合、全員を抱えたまま、誰一人として取り残さないようにしているだけに、結果としてそれが生産性を落とす要因になっているのです。
この点からも、終身雇用制度の抜本的な見直しは、日本企業全体にとって大きな課題と言えるでしょう。
日本では長らく、「失業率の上昇は悪」と考えられてきました。何しろ終身雇用を徹底的に死守してきた国です。年功序列賃金や終身雇用といった「日本的雇用慣行」は、徐々に薄らいでいるものの、それでも大企業だと、いまだに終身雇用制を維持しているところもあります。
世界の現代史をひも解くと、だいたい失業率が10%に近づくと、何らかの改革が起きるようです。「仕事がなくて生活が苦しいのは国の無策のせいだ」という考えから政治的な無関心が減り、社会的な問題意識が喚起されるからでしょう。
しかし、失業率の一時的な高まりは、むしろプラスの面もあるということを、忘れてはいけません。もちろん高い失業率が持続するのは問題ですが、一時的な高まりであれば、人材という資源を再配分するのに役立つからです。
日本が抱えている大きな問題のひとつは、労働や資本の最適再配分がなされていないことです。
日本にはまだまだたくさんの金融資産があり、かつ人材の質だって決して諸外国に負けていません。そうであるにもかかわらず、しっかりとしたアウトプットが出せていないのは、必要なところに必要な資源が配分されていないからです。終身雇用制度などというのは、その典型的なケースと言ってもいいでしょう。
たとえば、多くの大企業で経営幹部になる人は、何歳の時点で選抜されているかご存じでしょうか。30代です。つまり30代の時点で、すでに経営幹部になれるかどうかが決まっているのです。
しかし、「君は将来の経営幹部だ。頑張ってくれ」などと、本人が30代のうちに知らされることはありません。
そのため、40代後半から50歳前後で部長に昇進した人のなかには、「自分も経営幹部になれるかも」といった淡い期待を抱きながら50代半ばになり、いきなり役職定年を突き付けられてしまうのです。
失業後に別のセクターで活躍すれば「最適再配分」が実現
役職定年になったときには、すでに年齢もかなり高くなっていますし、少なくともその企業においては役職者としての権限がなくなってしまいます。高齢の平社員になってしまうのです。こうなると、もう余生をそこで送るしかありません。
でも、30代の時点で「君は残念ながら経営幹部にはなれない。この会社で働いても部長止まりだ。もちろん、それを承知のうえで働き続けてもいいし、他の企業に移籍して、実力を発揮してもらってもかまわない」と言われれば、早めにキャリアチェンジをすることができます。
経営幹部の道は閉ざされても、大企業に入って活躍できるだけの実力はあるわけですから、他の会社でその実力を発揮できる可能性は、十分にあります。
特に、優秀な人材を大量採用している大手金融機関などは、最近は50歳の時点で役職定年を迎えるケースも少なくありません。そこから10年以上、余生のような会社員生活を送るのはあまりにも忍びないことですし、これはある意味、優秀な人材を飼い殺しにしているのと同じです。
それならば、もっと早い段階で「どこまで出世できるのか」をしっかり伝え、自分をより活かせる新天地で働いてもらったほうが、その企業というよりも、日本全体のためになります。
失業だって同じです。必要のない業種・部署で働いていた人が失業し、必要とされる業・部署に移籍する。それによって最適再配分が実現するのです。
ただし、同じ業種・部署に入り直すのは、会社は変わっても単なる転職であり、これでは最適再配分にはなりません。
大事なのは、ある知識や経験を持っている人が、そういう部分の劣っている会社に再就職することです。まったく別のセクターに行くことが、人材の最適再配分が機能するうえで必要になります。
たとえばかつて、日本長期信用銀行と山一證券という、大きな金融機関が相次いで破綻しました。非常に暗いニュースとして取り上げられましたが、このとき、失業した人の多くは、金融以外の大企業の財務部門などに再就職しました。
その結果、日本の各業界・企業において、財務や金融に関する能力が少なからず向上したものと考えられます。これこそが、失業の最大の効果なのです。
※書籍の『松本大の資本市場立国論』は、すべての漢字にルビ(読み仮名)が振ってあります。著者の松本大氏が、専門用語の漢字が多く、経済の本を読むことを敬遠していた人にこそ、この本を手にとって欲しいと思っているためです。ルビを振ることで、意味がわからない言葉や専門用語をスマートフォンの音声検索で調べることもできます。漢字にルビを振るという小さなことで、読者が広がり、日本がよくなることへの願いが込められています。松本 大
マネックスグループ会長
※本記事は『松本大の資本市場立国論』(東洋経済新報社)の一部を抜粋し、THE GOLD ONLINE編集部が本文を一部改変しております。
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