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「私のなりたい庭園よ」 横須賀・カスヤの森現代美術館 | 児玉雨子のKANAGAWA探訪#7

Hanako.tokyo / 2024年3月2日 18時48分

「私のなりたい庭園よ」 横須賀・カスヤの森現代美術館 | 児玉雨子のKANAGAWA探訪#7

神奈川県出身の作家・児玉雨子さんによる地元探訪記。今回は横須賀の緑豊かな場所にある〈カスヤの森現代美術館〉を訪れました。同美術館は現代美術家・若江漢字さんが開設した私設美術館。1994年の開館以来、国内外の現代美術家の個展や企画展を開催し、一般にはあまり馴染みのない現代美術をより身近に感じられるようさまざまなイベントも行われています。約6,600㎡の敷地では四季折々の草花を見ることができ、美術作品が点在する竹林内の散策も楽しめます。

児玉雨子 作詞家、小説家。

アイドルグループやTVアニメなどに作詞提供。第169回芥川賞候補にノミネートされた『##NAME##』(河出書房新社)、近世文芸読書エッセイ『江戸POP道中膝栗毛』(集英社)が発売中。

カスヤの森現代美術館

横須賀市平作7-12-13
*JR横須賀線 衣笠駅から徒歩15分
*京浜急行バス「金谷」から徒歩7分

公式サイト

庭園というものについてときどき思案する。
立派な城や神社仏閣、宮殿のそばには、必ずと言ってもいいほどそれに負けず劣らず立派な庭が設えてある。建造物には為政者の権力誇示だけでなく生活や戦争の拠点という機能的側面があるが、庭園はどうだろう? 極端に言えば、なくても困ることはない。むしろコスパだけを追求するなら、維持にかかる費用や時間を無駄と感じる視座もあるかもしれない。
庭園というほどの規模でなくても、家のベランダで捉え直してもいい。洗濯機をベランダに置いたり外干し派じゃなかったりしない限り、現代ならなくてもまぁそれなりに生活は回る。でも、あって困ることもない。ちょっとした植物を育ててみたり、リクライニングチェアを置いてまったりしたり、必要はなくても生活を豊かにできる。庭園に話を戻せば、有用性こそなくてもそこには所有者の理想や美的感覚がふんだんに詰め込まれるわけだ。その様式が当時の文化、趨勢、宗教、世界観そのものをあらわすので、たとえば高校国語総合の教科書に載っている山﨑正和「水の東西」のように、文化比較論で庭園が引き合いに出されることもめずらしくない。まぁ、あれは「東」が日本しか挙げられていない、極めて単純すぎる比較論という指摘もできるが……。

と、ここまで庭園についてつらつら書いておきながら、私は植物を育てることとカメムシとセミがめっぽう苦手で、庭なぞ作ったことがない。そのかわり、たまの休みに庭園や公園、旅行先でも庭園を調べて「庭欲」を満たしている。今回訪れた横須賀のカスヤの森現代美術館のことは今まで寡聞にして知らなかったのだが、担当編集者に教えてもらいググってみた。美術館そのものも非常に惹きつけられたが、裏にある竹林の庭も素晴らしいという口コミを目にし、これはぜひ行きたい! と心躍らせた。さっそく都内で用事を済ませたあと、JR横須賀線に飛び乗った。

せっかくなので、今まで乗ったことのないグリーン車のチケットを取ってみることにした。Suicaのアプリで買うと事前料金になるため、車内で買うより少し安く購入できた。グリーン席、やっぱり広い! 私の仕事にはあまり「出張」というイベントが発生せず、さらに「移動時間も惜しんでグリーン車でタスクをこなす社会人というレールと私の車輪の規格が違った」という変なコンプレックスをいまだに抱いているので、車内で原稿チェックをひとつ済ませた時はちょっとした達成感に満ちた。そして普通車の移動でも言えることだけど、つくづく移動中の作業はどうしてこうも集中できるのだろうか……。
都内から一時間ほどで横須賀駅の隣の衣笠(きぬがさ)駅に着いた。そこから15分ほど歩き、坂を上ると檸檬色の小屋が見えてくる。素敵な家だなぁと思っていると、すぐそばにカスヤの森現代美術館の入り口がある。檸檬色の小屋は別棟のギャラリーであった。

教会のような建物だ。階段をのぼり、取手の素敵なターコイズ色の扉を開けて入館すると、カスヤの森現代美術館を作られた若江栄戽(はるこ)さんが出迎えてくださった。栄戽さんは夫の若江漢字さんと一緒に、難解だと距離を置かれやすい現代美術をより身近に感じてほしいという願いで1994年にこの美術館を開館したそうだ。ヨーゼフ・ボイスをはじめナムジュン・パイク、李禹煥(リ・ウファン)、宮脇愛子などの現代美術家のコレクションを常設展示し、企画展も行われている。私が訪れた二月は、開館30周年記念で松澤宥展の会期中だった。二年前、長野美術館で生誕100周年の回顧展のネット記事で気になっていたものの、その時期は起き上がれない日が多くて機会を逃したことを思い出す。

時間を拘束される娯楽・芸術に心身が追いつかない時がある。作詞家としていわゆる推し産業の恩恵を受けておきながら、そして書く側として「いつかでもかつてでもなく、今、私を見てくれ!」という気持ちもありながら「推しは推せる時に推せ」や「限られた時間に風邪でも鬱でも這ってでも行くのが熱意である」みたいな、消費を急かすような言説に参ってしまう。ライブや即興性のあるものも素晴らしいものだし、外に出て一回性のものと関わってゆくことは重要だと思う。ただ私はパニックを起こしやすいので、本や音源や映像など、自分のペースを守れる媒体のほうが嬉しい。

この感覚は松澤宥の「オブジェを消せ」の啓示とは反するような気もするが、「私は追っかけができない半端者……」という後ろめたさを抱いていたので、見逃した作品と再び出会えることがうれしかった。しかも松澤宥の作品はあの檸檬色の小屋でも常設展示されているそうで、美術館全体に流れる雰囲気がやわらかい。肩の力が抜けてくる。
まだ何も観ていないのに、もう何度も行きたいと思い始めている。

ロッカーに手荷物を預けて身軽になってから、企画展をやっている第一展示室、第二展示室、常設展をやっているROOM1、2、3を巡った。名前はなんとなく知っていたが実物を観たことがなかったボイスの作品の数々、ナムジュン・パイクのピアノオブジェと宮脇愛子の絵画と彫刻作品、ビデオアート、写真も素人ながら釘付けになったが、松澤宥や館長のひとりでもある若江漢字の詩や「宣言」など、文字による表現がやはり私の頭には焼きつく。また第二展示室の奥には読書コーナーもあって、ここで他の美術館の企画展チラシなどを集めることもできる。誰に急かされることもなく、決まった順番もないので、心ゆくまで何度も別棟や第一展示室に入り直して作品を見返した。

ひと通り展示物を観たあと、栄戽さんにおすすめのルートを教わって庭へ行く。ROOM3の前の坂から表参道を上がってゆくと、(おそらく)みかんの木が植えられていたり畑があったりするヨーロッパのカントリー調の庭が広がる。ベンチや切り株もあり、ちょっと休憩ができる場所もある。
そこを抜けると二本の巨木(「離れずの木」という名前がついている)と、稲荷宮の鳥居が見えてくる。カントリーガーデンから鳥居と、文字にすると激しい景色の変化だが、これが不思議とシームレスに続くのだ。左側へ進むと竹林が広がり、「総合芸術への道」という石碑の先には、釈迦涅槃像と、それを囲む無数の羅漢がいる。どちらかというとその後にあるヨーゼフ・ボイスの足形のほうが不気味で、一般的に怖いモチーフと思われやすい羅漢たちはどこか愛らしく見えた。

庭にはところどころ詩が彫られた小さな石碑が立っていて、水流のような竹の道の通りに行くとそれらがちゃんと繋がってゆくことに気づく。さまざまな地域の文化を取り入れながら既存の形式にとらわれない、オリジナリティほとばしるこの美術館と庭園は、私がありたい理想の姿そのものだった。作詞もするし、小説も書くし、たまにメロディも書いてみたり、クリエイターのくせに数字にうるさかったり、全然仕事に関係ない勉強をして、私は私から自由でいたい。あえて言うなら、私はこの庭みたいになりたい。もう大人だからほとんどないだろうけど、もし「何になりたいの?」と訊かれることがあったら、カスヤの森現代美術館の庭って答えちゃおうかな、と思った。

ラウンジにある物販コーナーで若江漢字の『現代詩1970-2020』を手にとってみると、先ほどの石碑にあった詩も収録されていることに気づいたので、すぐに購入する。会計をしながら栄戽さんが「これを選ぶとは、お目が高い」と微笑んだ。私は照れに照れて、何と返したか覚えていない。庭にあった詩は《ワタシの崩壊》のⅠとIIから引用されていたことに気づく。なんでもない夜に見返したいと思っていた「宣言」や他の詩も掲載されていた。
その日は後ろに用事があり、残念ながら時間が来てしまったのでラウンジのカフェは利用しなかった。夢中で展示や庭に見入ってしまった。栄戽さんに四月に行う宮脇愛子さんのピアノコンサートの話や、春の企画展についてうかがう。この美術館の中でピアノが鳴ることを想像するだけでわくわくしてくる。

美術館を後にし、駅で電車を待ちながらカスヤの森現代美術館についてもう一度調べる。あの教会のような建物の造りは、まさしく教会コミュニティのように現代美術を通して気軽に人が集まれる空間を目指してそうされたそうだ。だから何かに追われることなく、肩の力を抜いて鑑賞できたのだろうか。
次はいつにしよう、ラウンジでもゆっくりしたいし、この日あたりなら行けそうか? と電車に乗り込んでからはスケジュールアプリを眺めていた。急き立てられない場所だから、安心してもう一度行こうと思える。

カスヤの森現代美術館はこちら

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