ドミナント・マイノリティ(支配的少数派)に負けるな:ソクラテスの反撃/純丘曜彰 教授博士
INSIGHT NOW! / 2017年5月23日 11時36分
純丘曜彰 教授博士 / 大阪芸術大学
黒でも白と言いくるめる。いまの腐れ弁護士みたいなのが紀元前五世紀の古代ギリシアに現れた。ソフィスト(知恵者)だ。かれらは、個別案件で勝った負けたを争う弁護士より壮大。政治家たちに入れ知恵するのが仕事。当時すでに政治そのものが腐敗していた。とにかく相手を言い負かし、民衆を言いくるめてしまえば勝ち。そのとき言い勝つことだけが目的だから、その考え方を実際に実行し実現たらどうなるか、など知ったことではない。
ソフィストの代表が、プロタゴラス。人間は万物の尺度、つまり相対主義を信奉していた。つまり、ある人がAだと言っても、それはあなたにとっての真理にすぎない、と言って叩き潰す。辛いものの後は水さえも甘いように、いまたまたまみんなもAだと思ってしまうだけだ、と言って煙に巻く。
日本の戦後もそうだった。戦前のこっぴどい封建社会の後、もっともらしい「革新」ソフィストたちが湧き出てきて、国家、地域、家族、夫婦まで、なんでもかんでも相対主義でぶっ壊してしまった。なにもかもが個人の自由な契約関係。嫌ならいつ止めてもいい。いや、そもそもいつどこでも「因習」なんかに従う義務は無い、そういうものを自分に押しつけるやつらは、社会の敵だ! と。
もちろん民主主義は、ただの多数決ではなく、少数派にも配慮し、かれらを包含すべきものだが、エセ「革新」ソフィストたちは、この規定を逆手に取って、戦前の統制礼賛のキズをスネに持つ新聞などを足場に、少数派の意見を強烈にアピール。それどころか、ポルポト派よろしく、少数派以外の人々にまで、古い「偏見」に「反省」と「回心」を迫り、従わない者たちを「虐殺」していった。男の子も赤い服を着るべきだ、に始まって、結婚は不要だ、出産はムダだ、家族や社会より自分個人、PTAはいらない、自治会をぶっ壊せ、等々。
少数派がどうしようと知ったことではない。ところが、少数派は、多数派を切り崩し、結局のところ、自分たちの方が多数派になって旧多数派を壊滅しようとする。多数派に対して、自分たちの考えを認めろ、と言いながら、絶対に多数派の考えは許さない。連中は、根幹のところで自己矛盾している。「サイレント・マジョリティ(沈黙の多数派)」に対して、こういう連中を「ドミナント・マイノリティ(支配的少数派)」という。
古代のギリシアも、こういうデマゴーグ(扇動家)のデモ、ドミナント・マイノリティの詭弁に引っかき回されて、ぐちゃぐちゃになった。しかし、そんなところに、かの哲人ソクラテスが出てきた。それでほんとうにきみは納得できるのかい? 理屈はともかく自分自身の心の声(ダイモニオン)を聞いてごらんよ、と。
人は自分自身にさえ屁理屈を言って自分をごまかし、その後ろめたさに他人までむりやり同調させようとする。でも、一人になったとき、テレビも消してちょっとぼーっとしたとき、心静かにフロかトイレに入っているとき、布団に入って暗い部屋で天井を見上げるとき、ほんとうの自分の声が聞こえてくる。このままじゃダメだよな、やっぱりずっと一人ぼっちじゃさみしいよな、いまはいいけれど、この先どうなるのだろう、と。
人は理屈で生きているわけじゃない。理不尽でもなんでも、どんな人も、それぞれに育ってきた、懐かしい、自分のくつろげる環境がある。社会も、ある日突然に人工的に創られたのではなく、過去の歴史的ないきさつ、わだかまり、その中での後悔と決意があって、いまがある。理屈はどうあれ、こういうものを引きずって我々は生きている。ああすべきだ、こうすべきだ、と、もっともらしくソフィストたちに言われても、そう簡単に自分自身の生きてきた足下を切り捨てることなどできない。いや、切り捨ててしまったら、もう自分自身でいることすらできなくなってしまう。
理屈では、どんな尺度でもいいかもしれない。だが、自分が自分である限り、自分であることの証としての自分の絶対尺度がある。たとえそれで自分が犠牲になったり、損をしたりするとしても、自分が自分であるために守り通すべき尺度がある。それを自分勝手な屁理屈で、それどころか他人の自分勝手な屁理屈で曲げたりたら、そんな自分はもうほんとうの自分ではいられなくなる。
自分自身の心の中の声は、恐ろしい。なんでもお見通しだ。自分自身から自分自身を隠しごまかすことなどできないのだ。だから、うしろめたい人々は、せめて自分の心の声を聞くまいと、パチンコ屋だの、クラブだの、都会の喧噪で耳を塞ぎ、まやかしの娯楽にうつつを抜かす。もしくは、詭弁をまき散らすドミナント・マイノリティのソフィストの御講演にうなずき、そのデモに一緒に参加して、他人の作ったシュプレッヒコールを大声で連呼し、先進的な理解者を気取る。だが、それは、自分自身の心の声から耳を塞いでいるだけ。
だが、そんなことをしたって、絶対に自分自身からは逃げられない。勝ちか負けか、損か得か、多数か少数か。そんなことは、関係ない。これまできみ自身が生きてきたところ、そして、きみ、きみの家族、きみの地域に思うところ。それがどうあってほしいかを真剣に考えるとき、いま一時の屁理屈とほんとうにつながっているのか、疑わざるをえない。そして、その疑いこそが、哲学だ。
正義は損得じゃない。真理は勝ち負けじゃない。少数派の変わり者がなんと言っていようと、それはそれ。それこそ、人は人。やつらは、自分たちの権益拡大のために、きみまで洗脳しようとしているが、きみはきみの中の心の声だけを真剣に心配しよう。そして、損得勝ち負けを超えて、その自分自身の心の声にこそ正直に生きよう。それこそが、きみがきみである証なのだから。
(by Univ.-Prof.Dr. Teruaki Georges Sumioka. 大阪芸術大学芸術学部哲学教授、東京大学卒、文学修士(東京大学)、美術博士(東京藝術大学)、元テレビ朝日報道局『朝まで生テレビ!』ブレイン。専門は哲学、メディア文化論。近書に『アマテラスの黄金』などがある。)
この記事に関連するニュース
-
社会的に優位な位置にいるはずのマジョリティが、自分より不利な位置にいるマイノリティの成功を妬むのはなぜか?
集英社オンライン / 2024年4月22日 11時0分
-
與真司郎、“カミングアウト”前の苦悩明かす「ずっと孤独感を感じていた」
クランクイン! / 2024年4月21日 19時15分
-
大阪万博「玉川徹氏は禁止」…吉村府知事オラオラ発言で大炎上→詭弁屁理屈で釈明の何サマ
日刊ゲンダイDIGITAL / 2024年4月3日 9時26分
-
快楽主義者は本当か…「この生には何も恐ろしいものがない」という結論に至るエピクロスの哲学とは?
THE GOLD ONLINE(ゴールドオンライン) / 2024年4月2日 11時15分
-
トランプは「面白い」、バイデンは「失望した」…アメリカのZ世代が"トランプ推し"に変わった理由
プレジデントオンライン / 2024年3月29日 9時15分
ランキング
-
1米ファンドに日本KFC売却=三菱商事、来月にも
時事通信 / 2024年4月26日 20時17分
-
2円安、物価上昇通じて賃金に波及するリスクに警戒感=植田日銀総裁
ロイター / 2024年4月26日 18時5分
-
3突然現場に現れて「良案」を言い出す上司の弊害 「気になったら即座に直したい」欲求への抗い方
東洋経済オンライン / 2024年4月26日 9時0分
-
4円相場が一時1ドル=157円を突破 34年ぶりの円安ドル高水準を更新
日テレNEWS NNN / 2024年4月26日 23時38分
-
5KDDI、ローソンに対するTOB成立…宅配事業の強化や金融事業を展開
読売新聞 / 2024年4月26日 20時9分
記事ミッション中・・・
記事にリアクションする
記事ミッション中・・・
記事にリアクションする
エラーが発生しました
ページを再読み込みして
ください