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着物の「脱恐竜化」目指す 京都の老舗「小田章」5代目が語る、120年目の事業転換

ITmedia ビジネスオンライン / 2024年10月26日 9時0分

 その後もIT部門のチームは残し、2015年にIT事業部を発足しました。そこで当社で20年以上にわたってコラボしている画家の金子國義先生の公式サイトなど、Webサイトの制作業務を請けていました。

――コラボ路線では、辻村寿三郎に加えて画家の熊谷守一(クマガイモリカズ)、X Japanのhide、美空ひばりといった国民的タレントや、ファッションデザイナーのドン小西ともコラボしました。その中でも金子國義画伯との関係は特別なものだったそうですね。

 これまで数々のコラボ商品を展開してきましたが、当社の歴史の中で最も長く続いているのが金子先生とのコラボです。金子先生とは父の代から付き合いがあったのですが、ある日、私が父の代わりに金子先生を接待することになりました。金子先生は非常にユニークな方でした。

 気に入っていただけたのか、以来、金子先生は父ではなく私と積極的に会うようになりました。当時、私はジュサブロー以外に新たなブランドを立ち上げなければと考えていました。親交を深めていくうちに、着物ではなく浴衣からコラボをする話を先生に持ちかけたんです。2000年ごろの話です。

 このコラボ浴衣は、金子先生に付きっきりで制作しました。2週間くらい先生が当社に滞在して、制作していた時もありました。先生は完全に夜型の人だったので、大変だったことを覚えています。しかしそのかいあって、2002年に発売した「金子國義のゆかた」は大ヒット。コウモリをモチーフにした浴衣は特に人気で、同業他社からも似た意匠の製品が出たほどでした。

 その後、金子國義コラボのブランドは、浴衣以外でも2006年に「金子國義のきもの」として着物でも展開し、今でも人気を博しています。常識を超えた金子先生との付き合いは、先生が2015年に亡くなって以降も続きました。息子さんであるSTUDIO KANEKOの金子修代表との親交も世代を越えて続くことになりました。実はこの金子修代表との親交からHYDEさんとの出会いにもつながっていて、今では両者共にビジネスを越えた関係になっています。

●バブル期の負債で数十億円の借り入れ

――バブル崩壊から実に30年以上がたっています。この長期間にわたる借り入れの返済は、金利だけを考えても非常に厳しいですよね。

 借金の返済においては、利益よりも、まず毎月の売り上げが立つことが大事でしたので、とにかくキャッシュフローを回すことが欠かせませんでした。これが、さまざまな事業に進出していた理由でもあります。このバブル期の負債を、ようやく2023年の4月に返し終えました。最後は四条室町にあった自社ビルを数億円で売却したことによって完済した形です。 

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