[林信吾]【英、無償の医療は当然の権利】~福祉先進国の真実 2~
Japan In-depth / 2015年7月28日 23時0分
英国の戦後史は、1945年7月5日の総選挙をもって始まる、とよく言われる。ご承知のように、日本がポツダム宣言受諾を表明し、昭和天皇がラジオで世に言う玉音放送を行い、国民が敗戦の事実を知らされたのは8月15日、戦艦「ミズーリ」の艦上で降伏文書への調印がなされたのは9月2日だ。つまり、第2次世界大戦が公式に終結したのは9月2日で、欧米の歴史教科書には、そう書かれた物も多いのだが、日本人は今に至るも8月15日を終戦記念日としている。
同様に英国では、ナチス・ドイツが降伏した5月8日をVEデー=ヨーロッパ勝利の日と称しているが、祝日ではない。8月15日は一応、VJデー=対日戦勝記念日と呼ばれはするが、あまり浸透していないようだ。つまり、知らない人も結構多い。では、どうして7月5日の総選挙(伝統的に、木曜日が投票日となる。まったくもって奇妙な伝統が多い国だ)をもって、戦後史の始まりと呼ばれるのか。
この選挙だが、英国を戦勝に導いたウィンストン・チャーチル率いる保守党の圧勝が予想されていた。ところが下馬評に反して、勝利を博したのは、「過去の植民地主義は清算し、大戦で疲弊した英国を、福祉国家として再生させる」とのマニフェストを掲げた労働党であった。
日本が敗戦の結果、評価は様々であれ「平和国家」として再スタートしたように、英国の有権者はこの時、戦後のあり方として、ナチスの次はソ連の脅威に備えよ、と訴えるチャーチルではなく、福祉国家として再スタートする道を選んだわけだ。
かくして、有権者の支持を背景に、英国労働党の福祉国家路線がスタートする。
福祉国家路線というのは、どちらかと言うと後になって与えられた評価であって、当時はもっぱら社会主義路線と受け取られていた。
もう少し具体的に述べると、1946年から49年にかけて、イングランド銀行を皮切りに、鉄道、炭鉱、水道、ガス、製鉄といった基幹産業が、続々と国有化されていった。財源を確保するために、効率の累進課税と戦時中に始まった配給制度は維持され、また、「壁紙の張り替えにさえ、政府の許可が必要」とまで言われた、物資の厳しい統制も実施された。
しかしこの結果、第一次世界大戦後のドイツで見られたようなハイパー・インフレーションは回避された上、戦後の資材不足の中で、100万戸もの公営住宅が建設されたのである。そして1948年7月5日、NHS(ナショナル・ヘルス・サービス)が創設された。日本では一般に「国家医療保険制度」と訳される。ひらたく言えば、専門職として社会的地位が高く、高額所得者の多かった医師を「公務員」にしてしまうことで、医療制度を税金で維持し、国民に無償の医療を提供するシステムである。
-
- 1
- 2
この記事に関連するニュース
-
英で7月4日に総選挙 スナク首相が発表、14年ぶりに労働党政権誕生も
産経ニュース / 2024年5月23日 1時11分
-
「英国を再建」、野党・労働党が選挙公約 不法移民対策など発表
ロイター / 2024年5月17日 13時56分
-
英労働党のスターマー党首が演説、政権獲得時の第1の取り組み発表(英国)
ジェトロ・ビジネス短信 / 2024年5月17日 10時25分
-
【1940(昭和15)年5月10日】ウィンストン・チャーチルが英国首相に就任
トウシル / 2024年5月10日 7時30分
-
赤狩りと恐怖の均衡について(中) 「核のない世界」を諦めない その4
Japan In-depth / 2024年4月26日 17時0分
ランキング
-
1アイルランドなど欧州3国、パレスチナを国家承認 ハマスは歓迎
AFPBB News / 2024年5月22日 19時30分
-
2パレスチナを国家承認へ 欧州3国、イスラエル反発
共同通信 / 2024年5月22日 22時19分
-
3ロシア国防省、バルト海の領海線見直し案削除 周辺国の懸念表明後
ロイター / 2024年5月23日 0時6分
-
4ウクライナ軍、ロシアのミサイル艦「ツィクロン」撃破…全てのミサイル艦破壊と主張
読売新聞 / 2024年5月22日 22時32分
-
5イラン大統領ヘリ墜落、同行の首席補佐官「濃霧となったのは事故の2〜3時間後」
読売新聞 / 2024年5月22日 20時43分
複数ページをまたぐ記事です
記事の最終ページでミッション達成してください