仏の難民 想像を絶する苦難

Japan In-depth / 2019年9月29日 23時0分

そんな中で聞きだしたのは、現在、フランスの大学に入るために大学付属の語学学校に通っていると言うことだ。以前は、医者として働いていたみたいだが、その資格はフランスでは通用しないため、フランスの大学に入りなおしてフランスの医者の資格を取得する予定なのだ。


この近辺には、医学部がある大学がないので、9月からは子供たちと違う土地に引っ越す予定だという。そのためにはあと3カ月で大学に入る最低限度のフランス語を身に着け、それを証明する資格であるDelfB2を取得しなければいけない。今後も予定はつまっているのでフランス語に時間をかけるのはこれで最後にしたいと言うのが希望するところだ。ものすごい熱意を持っていることを感じる。


それもそのはず。フランスに行きたいと決めてから実際にここに着くまでまでに6年の歳月を費やしたという。フランスに来られるように支援をしてくれた団体は、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)という世界の難民の保護と支援を行なう国連の機関だ。UNHCRがなければフランスに来ることも、国籍を持つこともできなかっただろう。感謝してもしきれないと彼女はいう。そしてUNHCRの中には、日本人の職員も居たそうだ。しかも一番勤勉に働いていた人こそがなんとその日本人だったと語ってくれた。



▲写真 UNHCRロゴ 出典:UNHCR


「あの勤勉さには敬意を払いたくなったわ。クリスマスには、子供たちにいつも沢山のプレゼントを持ってきてくれて、ほんとうにありがたかった。日本人の職員は本当に素晴らしかったわ。」


いがいなところで、突然日本人が出てきたことに驚いたが、日本人も世界各地で活躍していることがこういった時に感じられるものなのだ。


 


3. シリア・アレッポからの脱出


「家の窓ガラスは全部割れた。家の一部も崩壊して、もうここに住んでいることはできないと思ったの。」


そう語るのはシリア・アレッポに住んでいたナジュア(61歳)。フランスには6年前にたどり着いた。シリアでは体育などの教師をしており、一人の娘さんと二人の知的に障害がある息子さんがいる。しかし、彼ら家族は、多くのシリア人の中でも大変恵まれていたとも言えるのは、ご主人はサウジアラビア人で外交官であったことだ。そのためフランス人の知り合いも多く、何度か家族でフランスにも訪れており、フランス行き旅行ヴィザを既に持っていた。おかげで、飛行機を使用したルートでフランスに来れたのだ。


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