独裁者の計算と誤算(下)「プーチンの戦争」をめぐって その2
Japan In-depth / 2022年3月23日 7時0分
林信吾(作家・ジャーナリスト)
林信吾の「西方見聞録」
【まとめ】
・ウクライナの宗教的な東西対立とは、プーチンの根拠のない大義名分に過ぎない。
・プーチンの誤算はウクライナの戦闘スキルを見誤ったことと、西側からの経済制裁を過小評価したこと。
・ロシア経済が破綻するのも時間の問題だが、その間にも犠牲が出続ける。
プーチン大統領がウクライナ侵攻を決意した背景に、同国の「東西問題」があった、と見る人も少なからずいた。
これについてはまず、前回述べたことを補足させていただくことになるが、キエフ大公国はビザンチン帝国との政略結婚を機にキリスト教を国教とした。10世紀のことである。
その後キリスト教は、ローマのカトリックとビザンチウム(後のコンスタンチノープル)の正教会とに分裂したわけだが、補足というのはさらにその後の話で、1596年にローマ法王庁からの働きかけもあって、正教会の一部がカトリックに転向することになったのである。ただ、信者数において最大なのは、正教会の宗教儀式は保ったままカトリックを名乗る「ウクライナ東方カトリック教会」だ。
わけてもウクライナ西部のガリツィア地方では、カトリックに帰依することを「ロシアのくびき」から解放される道だと考える人が増え、1772年にはオーストリア帝国の支配下に入ったという歴史まである。
こうした歴史から、現在のウクライナにおいても、カトリック教徒が多く親欧米の気風が強い西部と、正教会の信仰を保ち親ロシア派が多い、クリミア半島を含む東部との間には、もともと対立感情があった、とされてきたわけだが、色々と読んでみると、これはどうやら都市伝説に近い話のようだ。
と言うのは、ウクライナのカトリック信者はおよそ400万人、総人口の8%を占めているに過ぎない(2007年の統計による)。宗教文化の面でも前述のように、正教会に対して対立感情を抱く理由など見当たらないし、1991年のソ連邦崩壊・独立にともなって制定されたウクライナ憲法では「信教の自由」も保証されている。
さらに言えば、ギリシャから移住してきたユダヤ商人の末裔たちもウクライナの社会に根を下ろしたが、帝政ロシアの版図に組み込まれた当時は迫害を受けたりもした。これは『屋根の上のバイオリン弾き』(初演は1964年)というミュージカルのモチーフにもなったほど、欧米ではよく知られた話だが、こちらも現在のウクライナは、東方キリスト教文化圏の中でもユダヤ系住民に寛大であるとされ、今や時の人になったとさえ言えるゼレンスキー大統領もユダヤ系である。
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