安倍元総理の死と石原慎太郎の死 続:身捨つるほどの祖国はありや 20
Japan In-depth / 2022年7月13日 7時0分
であればこその、「どうしてだ?」という、不愉快な口調での私への反問だったのだろう。
いまにして分かる。あれは石原さんが衆議院議員を辞めて後、都知事に再度立候補するまでの、ほんの短い期間でのやり取りだった。
その短い期間については、石原さん本人が遺作の『「私」という男の生涯』(幻冬舎 2022年刊)のなかで、「永年勤続の表彰を受けて議員を辞めた後の四年間は、私の人生の中でのまさにオアシスとも言えそうな時間帯だった。」と書きしるしている。
私は信じない。そう思った瞬間もあったろうとは理解はする。しかし、私は信じない。石原さんは、いわば神に魅入られた男だったからだ。オアシスは、砂漠に点在しているからオアシスなのだ。果てしない砂漠の渇きに絶望した人間だけが知るオアシスのうるおい。そうだったのだろうと思う。
なんにしても、石原さんの中には、このままでは、どこにも死に甲斐なぞないままに死ぬことになるということへの予感が溢れていたのだろう。それで、とっさの「死にたくなったら石油を頭からかぶって死ぬよ」という答えになった。
私は、石原さんの一番弱いところを突いた質問をしてしまったのかもしれない。
「あなたは、あなたの死が意味のあるものだと信じて死ぬことができますか?」
という問いかけをしてしまったのだろう。
死に甲斐。それは、自分を頼むところの大きな人間に共通する欲望なのである。
石原さんは、衆議院議員辞任のおりの記者会見で、ディーゼル車規制を始め、都知事の仕事を一定程度積極的に評価する趣旨の発言をしている。しかし、石原さんの目指したところの政治の世界が都にあったとは、私はまったく思っていない。
国、である。国防と外交を対象として含む政治の世界である。
13歳で敗戦を迎えた、いわば最後の日本人らしい日本人として、戦前の日本の良い部分を知る者として育ち、生き、若くして時代の寵児となった男。参議院選挙への出馬はそのシンデレラのような青年がお城に着いた場面だろう。しばらくは甘美な時間が過ぎていった。1975年には都知事選挙にすら出馬した。
しかし議院内閣制のもとにある国政にはそうした石原さんの純粋な、崇高な思考とは別のロジックで動く生き物だった。自分の選挙ならば当選する。なんの心配もない。だが、総理への道は、もがけばもがくほど、その身から遠ざかってゆく。1989年、56歳のときに自民党総裁選に出馬して48票を取った。それも、なんとも寝覚めの悪い、見果てぬ夢でしかない。
石原さんの真価を日本人が知るには、もう少し時間がかかるのだろう。意外に早いかもしれない。
以前私は、ド・ゴールに触れて、「将来、日米同盟が消える日が来たら、その時になって我々はうろたえ、周囲を見回すのだ。もうどこにも政治家の石原氏はいない。我々の涙は地に吸い込まれるほかない。石原慎太郎氏とは、そういう政治家だったのである。」
と書いたことがあった。(『身捨つるほどの祖国はありや』81頁)
今もその思いは変わらない。
どうやら、確かなことは、歴史は安倍晋三元総理をもっとも記憶するだろうということである。
すると、歴史は、石原慎太郎と三島由紀夫のどちらを記憶するだろうか?
トップ写真:第90代内閣総理大臣に就任し、記者会見に臨む安倍晋三氏(2006年9月26日 首相官邸)
出典:Photo by Koichi Kamoshida/Getty Images
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