「石原さんとの私的思い出8」続:身捨つるほどの祖国はありや24
Japan In-depth / 2022年11月15日 8時45分
石原さんはネクタイを緩めていた。そしてすぐに外した。もともと、首を絞めるネクタイが嫌いな方なのだ。
ワインのボトルを掴んだ石原さんは、もうネクタイをしていなかった。
私は、食事のあいだじゅう、ネクタイをしたままでいた。
目の前にいるその人は、都知事の職にある人だった。
しかし、そんな雰囲気は少しもない。石原さんにとっては、そんなことよりも大事なことをこの場でするのだという思いがあったのだろう。
「どうだい、書いているかい?」
とたずねられた。
私の答がはかばかしくなかったせいだろう、石原さんは、私の席の後ろに回って私の両肩をそれぞれの手で掴み、
「牛島信よ、期待してるぞ」
と、力を込めてすこし揺さぶるようにしながら、声に出してくれた。
食事の内容はおぼえていない。
その間、石原さんは、小説を書くときにはちょっとした人の癖とかそんなことを入れると場面が生きるんだよといったこと、そして、なんかいも、「牛島さん、大いに期待しているんだ、がんばってくれよ」と、横の坂本さんに目をやりながら、語気を強めて私を督励してくれた。
石原さんの小説、当時書いていらした『火の島』の話は、その時は出なかった気がする。
その菊川での会食の少し前、7月4日の午後7時過ぎに、石原さんの描いている小説について電話でお話ししていた。
ゴルフ場をいくつも買い集めていた男が、自分に現金が必要になったので一つ売る、という設定での話だった。個人の金で、それを外国の銀行に入れて、金を日本で引き出すんだよ、と言われた。
ところが、買い集めていたたくさんのゴルフ場が狙われてね、と話が弾んでいく。どうすれば法的に問題がないかな、という質問が重なった。
それが、途中から石原さんの話は私のことになり、君の小説はどうなっているのかとたずねられた。
「あなたねえ、検事の供述調書のような文体もいいんじゃないか」とまで示唆してくださった。私も、なるほど、供述調書というのは独特の文体だからおもしろいものになるかもしれない、という思いがした。
「私は、腹が立っておもわず手元の包丁で相手の腹を刺しました。柳葉包丁ですから、意外なほど深く刺さり、肉の奥まで入っていく手ごたえを感じました」
などといった文章、つまり、「私は」という主語で綴られた文章だが、作者は検事なのである。
そのうち話は、石原さんの小説の話に戻って、親会社と子会社の問題、土地の交換の際の交換差益の税務上の話などを私が解説して、石原さんは神妙にいちいちうなづきながら聞いてくれた。
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