平成22年の年賀状「明治の日本、戦後高度成長の日本」・「場所と私、人生の時の流れ、思いがけない喜び」・「紅茶と結石と年賀状」
Japan In-depth / 2023年8月16日 23時0分
聞いていて私は不思議な気がした。この、どうみても80歳を超えた老女でしかない祖母にそんな時代があったと想像できなかったからである。今は、わかる。私がそうなっているからだ。肉体は弛んでいても心は少しも変わらない、若いままなのだ。
祖母は浄土真宗の信者だった。若いころ子供を二人、火事で亡くし信仰をもつようになったと聞いていた。その後に女の子と男の子を儲けた。そのうちの男の子が私の父親である。1915年、大正3年に生まれている。
そうした経緯があってか、祖母の「お寺さん参り」は真剣で、私は子どものころ何度も祖母の手を引いてお寺に通った。父親の転勤に伴って、東京、広島とでそれぞれ決まった寺があったようだった。文字通りの「貧者の一灯」も欠かさなかった。そのためにこそ、我が子、私の父親からもらう僅かな小遣いを貯めていたのかと、今回初めて考えて見た。改めて強く思う、そうした小さな額のお金の積み重なりが、大寺院の伽藍を可能にするのだ、と。貧者の一灯こそが真実なのだと私は自らの経験で知っている。
娘、つまり私の伯母は日蓮宗だったようで、祖母は「あれは法華だもんね」と言って、それが気に入らないことを隠さなかった。伯母は伯母なりに信仰の道に入る理由があったのだろうが、それは聞いていない。子どもの私には、なにが違うのか少しも分からなかった。
父親は、総じて親孝行な息子だった。祖母の唯一の不満が、嫁の手から小遣いをもらうことだったようで、それが最終的にどう解決されたのか私は知らない。父親は父親なりに、家政は妻に全面的に任せるべきだという信念のようなものがあったのだ。
その私の両親が力と心を合わせて成し遂げようとした一大計画が、次男を東大に入れるという事業だった。次男、すなわち私は学業のデキがよく、祖母はいつも弘法大師の生まれ返りではないかと評していた。祖母の目にはそう見えたのかもしれない。
その計画は、いつ、どのように始まったのだろうか。
おそらく幼稚園に通っていたころ、私の面倒を見ていた母親がどうやら次男は学業成績がとても優れた子どもになると発見し、夫に話したのだろう。
それが本格化したのは、一家が父親の転勤に伴って広島に引っ越した後のことだった。小学校5年生だった頃の私は、それほど受験の圧力を感じていなかった。広島には東大に入る生徒の数が多い高等学校が3つあり、広島大学附属、広島学院、そして修道であり、どれも中学からの入学がふつうのこととされていた。そのために私は越境入学して市内の中心にある幟町小学校に転入した。
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