平成22年の年賀状「明治の日本、戦後高度成長の日本」・「場所と私、人生の時の流れ、思いがけない喜び」・「紅茶と結石と年賀状」
Japan In-depth / 2023年8月16日 23時0分
いや、例えばこの私が彼の書いたものを読んで考えること。そういうことが起きている。それが石原さんの人生の意味を将来形で、決める。作家は棺を覆ってもその人生は定まらない。
石原さんについて『我が師石原慎太郎』という本を書いて出したのを、旧知の東急の社長をしていらした上條清文さんが読んでくださり、わざわざ予め電話をくださって日時を約束し、私の事務所までお出かけくださった。
松竹の社外役員を同時にしていたことがあったのだ。ご発言はいつも含蓄に富んでいた。
「私は五島昇の秘書をしていましたのでね、石原さんとはご縁があったんですよ。」と87歳の上條さんは目を細めて、懐かしい昔を話してくださった。
石原さんが岡本太郎デザインの椅子について、こんな頼みをしたということだった。
「あれは、どこかにしまい込んでしまっていいものではない。多くの人々に座ってもらうのが一番だ。できれば東急の渋谷駅が新しくなっているから、そこで人のたくさん歩くところに置いてほしい。」
あの椅子だ。
5月に出した『我が師石原慎太郎』(幻冬舎)の79頁に石原さんご自身が座った写真が出ている。赤い方の椅子である。
「会場の前に、岡本太郎デザインの椅子が二脚、赤と白、が置かれている。ご自宅に置かれていた椅子で、石原さんご自身が座っている写真を見たことがある。お釈迦様が片手をすぼめて差し出したようなその手のひらに、すっぽりとお尻がはまり、右腕を椅子の親指の部分、背中をその他の四本の指の部分にゆだねるような格好をしている。」と、石原さんの写真の右頁に私は書いている。2022年6月9日の石原さんのお別れの会の時の光景だ。場所は東急の渋谷セルリアンタワーの地下2階。
「ああ、あれだ、とすぐにわかった。で、石原さんが座っていたように座ってみようかと誘惑された。どこにも、腰かけないようにという指示はない。しかし、たくさんの人がいる。私が座れば、何人もが座るかもしれない。傷つけてしまっては申し訳ないという思いが、しばし眺めるだけに留まらせた。」と、その日のセンチメンタルな思いを綴っている。
実は、石原さんはたくさんの人が座ってくれるようにと思っていたのだ。だから、私が「誘惑された」のも故なしにあらずということだろう。石原さんの心は広く、大きい。
こんなことが、本を書いていると起きることがある。生きているのは良いものだ。
▲写真 1980年代の東京・銀座(1986年頃)出典:Photo by © Viviane Moos/CORBIS/Corbis via Getty Images
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